番外1293 南方の静養地
「――そうして、エスナトゥーラとその氏族とは北西の海底洞窟、ルドヴィアやザンドリウス達とは北方で出会ったというわけです。旅の途中でカストルムやアルハイムにも出会っていますね」
といった調子で……食後の席にて、今現在シリウス号にいない魔人達についてもオーラン王子達に紹介しつつ、これまでの旅について話をしていく。
俺の言葉に合わせて、エスナトゥーラ達がモニターの向こうでお辞儀をしていた。
……今回の旅はガルディニスの一件も絡んでいるから、ネシュフェル訪問の契機になった理由でもある。魔人の氏族との和解や残した物の後始末に関する話でもあるので理解を深めてもらう意味においても紹介がてら触れたわけだ。
中継映像でネシュフェルの王宮とも繋がっているしな。オーラン王子だけでなく、セルケフト王やネシュフェルの宰相といった面々にも理解を深めてもらえる。
『なるほどな……。ネシュフェルとしては応援したいところだ。魔人達の特性封印で変化があるのなら、後世の者達が脅威に怯える事も減るだろう』
「そういう方向に進めていければ言う事はありませんね。それだけで世の問題がなくなるというわけではないのですが、心配の種は少ない方が良いですし」
「確かに。ギメル族の秘宝に関しても野心故か物欲故かは分かりませんが魔人とは関係のなさそうな話ですからね」
セルケフト王の言葉に答えると、オーラン王子も目を閉じて首肯する。
世の問題というと普通の犯罪や社会問題等に加えて……大きなところでは魔法や呪法、精霊の力の悪用であるとかな。あちこち見てみても野心を抱いて大きな力を利用しようとする者は多いし。
『今ネシュフェルで動いている問題にしてもそういった可能性が大きいものね』
『ん。魔法や精霊の悪用』
ステファニアが眉根を寄せてモニターの向こうで言うと、シーラもこくんと頷く。
そうだな。他には邪精霊や魔力溜まりによって凶暴化する魔物といった問題もあるが、それらはどちらかというと自然の脅威と分類されるだろうか。
魔力溜まりは避ける事ができる。魔物も……環境次第と考えればゴブリンやオーク等の敵対的種族と違って退治すれば良いというものでもないだろう。
邪精霊は――生じる前に場の浄化で予防措置も可能だ。そもそも世情が乱れなければ邪精霊とて生じにくいというのはあるから、そっちの方が良いだろうけれど。
となると……悪政が行われにくくなるよう後進にきちんとした教育を施し、邪精霊……災害対策として祭事や地鎮を行い、インフラ整備に力を入れるといったような結論になるのか。魔法、呪法に凶暴化した魔物や邪精霊といったものの対策としては、実に真っ当な為政者としての仕事という感じだな。
そういった考えを口にすると、エルハーム姫やセルケフト王、オーラン王子も思うところがあるのか、真剣な表情で目を閉じて首肯したりと同意を示していた。
「私達の果たすべき役割というのは大きい、という事か……」
「ですが、そうした正道を歩む事が一番の対策であるというのなら、頑張っていけますね」
オーラン王子の言葉にエルハーム姫が笑みを見せた。
『私も領主として頑張ります……!』
アシュレイが気合の入った表情で言うとみんなもモニターの向こうでそんなアシュレイに微笑みを見せていた。ローズマリーも後ろの方で静かに頷いていたりするが、羽扇で口元を隠しているので表情は分からない。機嫌は良いように見えるが。
少し和やかな空気ではあるが、魔法や精霊の悪用という話題も出たので、そのままネシュフェル王国国内で今起こっている問題の話にシフトしていく。
「到着したら変装し、実際に都市内部に潜入して様子を見てこようと考えています」
「変装……テオドール殿は姿を変える事ができるのだったな」
ラプシェムが言う。
「ええ。そういった術式があります」
そう言って髪や瞳の色を変化させると、オーラン王子達が目を見張る。
「なるほど。その術式で情報収集を」
「そうですね。ネシュフェルの方々に近い姿になれば街の空気等を肌で感じ取れますから」
「ギメル族の方々との間を取り持って下さったのは、陛下と殿下の人徳によるもの、というわけですな」
護衛の武官がそう言って笑みを見せる。
「ええ。街の様子を見たから、というのが少なからずあります。他にも情報収集の方法はありますが、それは追々という事で」
そう答えると、ホルンもこくこくと首を縦に振って反応していた。うむ。
変装術式を解いて話を続ける。黒幕については王弟ラネブであった場合や胸像の人物の中の誰かであった場合。ギメル族に恨みを持つ何者かである可能性等……割と忌憚なく色々なケースを想定して話し合いが行われた。ラネブは王族なので話題にしにくい者もいるだろうが、セルケフト王やオーラン王子が率先してその場合を想定して議論してくれたからだ。
「潜入調査の結果として、仮に叔父上が領主との結託、軍部の掌握やそれなりの規模の私兵の編成等……何かしらの勢力を持っていると判断した場合は正式に兵を派遣するという事も視野に入れる。だが……それでは秘宝の事を考えた場合、時間を与えすぎてしまう。テオドール公の力添えがあれば秘宝の所在を探り、奪還する作戦を立てる事もできるだろう」
「シリウス号と同様に姿を隠す事ができるというのなら、作戦も立てやすいですな」
オーラン王子の分析に、護衛の武官達が同意する。
秘宝を使っての研究、実験、儀式等が行われる可能性があるから、時間的な猶予をできるだけ与えたくない、というのはある。
『秘宝を奪還すれば、或いは計画の根幹を崩す事が出来るかも知れないわね』
と、クラウディアが言う。
「それもあるね。兵力を動かすとやっぱり民衆にも負担がかかってしまうし、戦いが起これば犠牲者も出る。そういう事態にはならないよう上手く今回の事件を終息させたいところだけれど」
戦力という話をするなら今現在シリウス号に乗っている面々を考えれば、相当なものだ。
通常戦力相手なら地方都市の制圧も簡単なものだろうが……秘宝の力や敵戦力が未知数というのはあるし、人と魔人の和解と共存を目指している現状、他国のいざこざで民衆の眼前で力を振るうような状況をそもそも作りたくないというのはある。
だからまあ……もしも多数の兵力を力技で制圧、という状況になったとしたら、その場合はテスディロス達には後方に控えていてもらう事になるな。その代わり俺が前に出ればいい。怪我や死者の少ない方法で無力化する方法だってあるだろう。
そうやって話し合いながら進んでいくと、やがて件の南方の都市の明かりが遠くに見えてくる。
「あの街ですか」
「ええ。温泉が湧いている街なのです」
オーラン王子が教えてくれた。砂漠の温泉地か。オアシスの一種なのだろうけれど。
事件がなければ観光で訪れたい場所だったな。ラネブも静養というか保養というか、そういった名目で訪れているようだし。
「上空から街を見て、どこに何の施設があるのか教えてもらう事はできますか?」
「勿論です。全てを網羅しているわけではありませんが、領主の館や武官関連といった公的な施設、叔父上の別荘の位置といった建物の場所なら答えることもできます」
なるほど。一番重要な部分が最初から分かっているというのは有難い話だな。では……オーラン王子に街の情報を貰ってから潜入調査を始めるとしよう。
というわけで土魔法を用いて見たまま都市部の模型を構築し、それからあれこれとオーラン王子や護衛の武官達が知っている事を教えてもらうのであった。