番外1290 聞き取り調査の開始
「一体何事なのです? 陛下がお呼びであるとしか聞かされておらぬのですが。何やら国外から客人も来ていらっしゃるようですが……」
「それにも絡んだことでな。まあ、まずは何も聞かず、この者達の中に知っている顔触れがないか見てはくれぬか。時間が足りぬ故、事情については後で説明しよう」
隣室を訪れてきたネシュフェル王国の重鎮を前に、セルケフト王はそんな風に言った。部屋に置かれた胸像はテーブルの上――部屋の入口からは後ろ向きに置かれているので、回り込まなければ見えない。
そこで胸像の顔を見た時の家臣達の表情や反応等をつぶさに観察すれば……何か心当たりがある場合、動揺や嘘が表情に出る……かも知れない。その辺も同時に調べているのだろう。
セルケフト王は隣室には敢えて護衛を配置しないようにしているらしい。護符の効果を信用してくれてのものなのだろうが……隣の部屋で待機しているネシュフェルの騎士達はオーラン王子と共に心配そうに隣室の様子を窺っているようだ。
一目で分かる監視の目を置かないというのは……黒幕に繋がる者がいた場合に暴発しやすくするためではあるのだろうが……それにしたって自分が囮になるような物なので剛毅な事だ。一応護符の効果は実演して見せてはいるが、当人も武芸の心得はあるようで。
術式によって光を屈折させる事で、窓から覗いたような視覚情報を映し出す事で隣室の様子を直接第三者にも見られるようにしている。
同時に風魔法を用いて隣室でのやり取りを聞き取りやすくもしている、というわけだ。護衛の騎士達は真剣な表情で王達の行動を見て、いつでも隣室に駆けつけられるように準備している雰囲気があった。
さて、そんな隣室の様子はと言えば……呼ばれた重鎮はしばらく胸像を真剣な表情で眺めていたが、やがて首を横に振る。
「残念ながら……知っている顔ではありませんな。陛下のお役に立てず申し訳ない」
「いや、それならばそれで良い。ただ、この部屋で見たものについては、しばしの間他言無用で頼む。事情については隣室でオーランに聞いてほしい」
「承知しました」
と重鎮は答え、部屋を退出した。そうして、俺達のいる部屋の方へとやってくる。セルケフト王としては普段の様子や反応を見た上で信用できると思えばこちらに誘導するというわけだ。
ネシュフェルの中枢にいる重鎮であるからこそ、手を貸してもらった方が色々と今後の動きもしやすくなるしな。
というわけで俺達も軽く自己紹介をしていく。オーラン王子と共にネシュフェルの武官達が今の状況等を説明すると、彼も流石に驚いたようだ。
「――なるほど。そういう事でしたか」
「現時点では情報が足りていない。ともかく安全に動ける足場固めをしたいというのもあってね。父上は聞き取り役を買って出てくれているが、一人一人に説明する時間が足りないというのもあって、事情を話すのが後回しになってしまっている」
それでも一人一人呼んでいるのは、王だけでなく国の中枢の重要人物の安全を守る為でもある。王は護符を身に付けているからある程度安全が保障されているが、もし複数人呼んで聞き取りをし、その中に黒幕に繋がる者がいた場合、王以外の重要人物に危害が及んでしまう可能性があるからだ。
オーラン王子がその辺の事も伝えると、重鎮も納得したように頷いていた。
王弟やその派閥から政治的に離れていて、かつ重要な立場の者達から来て貰い、それから情報共有して動ける人材を増やしていこうというわけだ。
「では――」
「そうだね。色々作戦も練っているから、力を貸してほしい」
オーラン王子がそう言うと、重鎮は深々と頷いて笑みを見せていた。
「ずっと陛下に聞き取り役をしていただくというのも大変でしょう。頃合いを見て交代するというのは如何ですかな? やり取りがこの部屋からも見えているなら、安心していただけると思います」
そんな重鎮の言葉にオーラン王子も同意する。確かに……重鎮達にこうして事情も説明せずに聞き取りをできるのはセルケフト王やオーラン王子ぐらいしかその立場にある者がいないというのはあるからな。その点上役達からの聞き取りが終われば、今度はその者達がその下の立場の者達の聞き取り役になる事はできるので、交代もできるだろう。
「護符の予備はありますからそれも可能ですね」
そう言うと重鎮は頷いていた。そんな調子で聞き取り調査は進められていく。
そんな中で文官から武官へと聞き取り対象が移ると、胸像の人物に見覚えがある、という者も出てきた。
「この人物は……一度会っていますな。確か、南方の都市に赴いた時の事です」
そんな武官の言葉にオーラン王子と顔を見合わせる。セルケフト王が更に詳しく話を聞くと、詳細は分からないが、どうも南方都市の武官であるらしいという事が分かった。
「その都市については……叔父上が今静養に赴いている場所ですね。保養地でもあるので、叔父上が静養のために別荘を持っている土地でもあります。南方に増強された兵力は撤収する前にそれ以外の都市を経由して、という方向で命令を出していますが……」
オーラン王子がそう言うと、みんなの視線が集まる。
「南方、か。気になるな」
ラプシェムが思案しながら言う。それは――確かに。
『ギメル族が過去暮らしていたのも南方だものね』
「砂漠が広がったから、ギメル族は更に南下してしまったけれど、そうなるとネシュフェル国内に含まれているギメル族縁の地もありそうだ」
目を閉じて言うクラウディアのその言葉に、俺もそう答える。だからギメル族にまつわる情報を得る事ができたし、それで秘宝を必要とした者がいた、と考えたとしても、不思議ではないというか……辻褄が合う。
「では……地図を用意しましょう」
オーラン王子が真剣な表情で言うと護衛の1人が頷いて、早速地図を持ってきてくれた。情報漏洩しないようにしているので、女官に頼むというわけにもいかないからな。セルケフト王やオーラン王子の護りや雑用にと、護衛達の仕事が多岐になっていて大変そうではあるが。
軍事的な話ではあるが、専門家の意見は参考になるという事でメルセディアやエギール達も交えて話を進める。
「ここが王都。そしてこの場所が……現在叔父上の訪れている保養地ですね。過去にギメル族が暮らしていた場所であるとか……そういった事は?」
オーラン王子が地図にコインを置いて王都と南方の都市の位置を示す。
「……道標が置かれているのがこの小さな点、そしてこれが都市部か。……だが、すまない。過去のギメル族が暮らしていた場所までは分からない」
「我らがここに到着したのも、精霊達から情報を得ただけだからな」
「ネシュフェル国内に土地勘がある、というわけではないものね……」
ラプシェム達はやや申し訳なさそうに言う。
「それは仕方がない事でしょう。お気になさらず」
オーラン王子は問題ない、と穏やかに応じる。ギメル族は外部と隔絶された環境で生きてきたわけだし、ネシュフェルに出てきたのもイレギュラーな事態に対処するためだからな。過去のギメル族の暮らしていた場所とネシュフェル国内の地理を地図上だけで照らし合わせるというのも中々難しいだろう。
ともあれ既に南方に展開した人員を動かすようと指示は出されているが、セルケフト王とオーラン王子は王弟が滞在している都市からは少し離れた都市部を経由するようにという指示を出している。
いざとなれば包囲に動かす事もできるし、王弟に察知もされにくいはずだ。精霊や魔法絡みの事件になる可能性もあるから、この場合の危機管理や対応としては正しいものだろう。