番外1288 胸像の正体は
ギメル族を引き合わせる前に胸像を見てもらうという事になった。それで知っている顔がいれば今後の対応を考えやすくなる。
木箱に入れて空飛ぶ絨毯に乗せ、荷物として持ってきているので、許可を貰って部屋の中に持ち込む。
魔法の鞄に入れて持ってきても良かったのだが、あれはあれで初めて訪れるネシュフェルの王城内で使うには問題があるからな。何でも持ち込めてしまうので別の意図があると受け取られてしまうと困る。
「では――」
固唾を飲んで見守っているという印象の2人を前に箱から胸像を出していく。
「精霊の記憶に残った姿を幻影にし、それを見て僕が胸像にしたので、もしかすると細部よりも全体的な印象や個々人の特徴が重要かも知れませんね」
「ふむ。では、それを前提に見ていこうと思うが――」
セルケフト王とオーラン王子は胸像を手に取ってそれらを色々な角度からつぶさに見て行く。やや表情は硬いというか、真剣とも曇っているとも見て取れるものであったが、
「この人物は――」
オーラン王子が顎に手をやって眉根を寄せる。
「……そなたも知っている顔がいたか。余もな、この人物は見かけたことがある」
セルケフト王が胸像の内一つを手に取って言った。その言葉に、エルハーム姫も少し目を見開き、シリウス号や通信室にいる面々も『おお』と声を上げたり、モニターを覗きこんだりと、セルケフト王とオーラン王子の言葉に反応を見せていた。
「どういった人物なのですか?」
俺の言葉を受け、セルケフト王はオーラン王子に視線を向けて先に聞かせて欲しいと促す。
「……この男は見かけた事のある顔触れです。この首あたりの刻印術式と顔つきに見覚えが。ですが……普段は王都や王宮で見かけないので、別の部署に配属されている可能性がありますね」
「そう、か。余が知っているのはこの男だ」
オーラン王子の言葉を聞いてセルケフト王はやや険しい表情を浮かべていたが、手に取っていた胸像を俺達に見やすいようにこちらに向けて置いてから言った。
「応接室から出てくるのを見たことがある。面会していた相手は……弟だな」
「叔父上……」
……情報収集の時に何度か名前の出ている王弟、か。面会していたからといって、それで即王弟が黒幕、とはならないだろうが……。
「王弟殿下はどういった御仁なのですか?」
「余から見てだが、やや気難しい印象があるな。規律や序列、伝統を重んじると言えばそうなのだろうが……。上の立場にある者としてはやや寛容さが足らないと、言い聞かせているのだが、な」
セルケフト王が答えてくれた。セルケフト王が視線を向けて意見を求めると、王子は目を閉じて答える。
「見解を、という話ならば……私も叔父上に対しては、同じ印象を持ってはいます。王宮の者を叱責している場面を見かけ、間に入ってとりなした事もありました」
オーラン王子は……比較的冷静に話をしている、という印象があるな。
2人の話を聞いた印象では……王弟の主張や行動に正当性がないわけではないがやり過ぎているきらいがあって、それを王が自制するように言っているがあまり変化はない、というところだろうか。
俺の身の回りで伝統を重んじる価値観を持つ人物と言えばデボニス大公もそうだったが……。大公の場合はあまり感情に任せて人を叱責するというようなイメージはないな。
『ともあれ、胸像の中にいると思われる人物が、王都の軍関係施設や王宮に出入りしていた、という事になるのね』
ステファニアが少し眉根を寄せて言う。そういう事になるな。セルケフト王とオーラン王子にとって顔と名前が一致する程親しい人物ではないようだが。
「今、弟は不在だからすぐさま直接事情を聞くというわけにもいかない、か」
「そうなのですか?」
「うむ……。少し前から静養をしたいと王都を離れている……が、弟の周辺でこうした動きがあるのならば、調査を進めなければなるまい」
セルケフト王は眉根を寄せていたが、やがて自身の両頬をぴしゃりと叩いて表情を真剣なものに切り替えて立ち上がると、部屋で待機している護衛の騎士達に指示を出す。
「主だった者達を集めよ。この胸像の者達の顔と名前を知る者がいないか、情報を集め、調査しなければならん」
信用の置ける者達を集めて情報収集か。胸像を見せる際、個別に部屋に通すようにとセルケフト王は指示を出していた。証言の信憑性を高めると共に、口裏を合わせられないようにするためだろう。
その際、セルケフト王も立ち会うという話だ。
まあ……王弟がこの一件に秘密裡に関与しているとなったら秘宝の性質的にも謀反を目論んでいるのではというところまで視野に入ってくる。
国の内情が乱れているならまだしも、ネシュフェルは平和が続いているから、そもそも他の民族と諍いを起こしてまでそんな技術開発を行う必要がない。ましてや独断でともなれば。だから……セルケフト王の反応は過剰なものでは決してないだろう。今すぐ引っ立てろとならない分冷静ではあるが。
同時に、ギメル族にも来て貰って話を聞きたいとの事で。まあ……そうだな。この胸像に関する情報もギメル族から齎されたものなので、話を聞きたいというのは当然だろう。
『我らとしては問題ない』
と、ラプシェムが言って、ギメル族の面々も同意するように頷く。それならばシリウス号に姿を隠してもらって、こっちに来て貰おう。
「分かりました。後方に控えていると言っても、合流するのに然程の時間は必要としません。ギメル族の皆さんとしては、自分達の特徴が外では怖がられるのではと考えているので、その辺の通達だけはお願いできますか?」
「承知した。余は彼らと顔を合わせた後に、重鎮達の聞き取りに立ち会う故、ギメル族にはオーラン、そなたに応対をしてもらいたい」
「分かりました。ただ……今危惧している事としては、不審な動きを見せていた者達が王宮に出入りしていたとなっては、発覚を察知した時に短絡的な行動を起こす者が出る可能性があります。重々お気をつけ下さい」
「確かに……それは一理あるな」
オーラン王子の言葉に頷くセルケフト王。短絡的な行動、というのは発覚を恐れていきなり斬りかかったり魔法を撃ったりといった事態か。
秘宝を持ち出した者達の行動理由は不明だが、仮に謀反だとすれば……発覚した時に死なば諸共というところまで行ってしまうというのは考えられるし、確かに注意は必要だろう。
「防御用の護符の用意ならあります。隣室であればもしもの事態に割って入る事もできますが……」
と、俺が言うと、セルケフト王は「それは心強いな」と笑って応じてくれた。護符なら咄嗟の行動に対しても防壁を展開できるからな。あるだけで不意打ちに対してかなり強くなる。
「では、助力をお願いできるだろうか?」
「勿論です」
というわけでまずは護符の受け渡しと使い方の説明からだな。護符と一口に言っても作り方によって効果や発動する条件は色々だが、今回の場合は攻撃に対する自動防御という事になる。
マジックシールドを自動展開する装飾品型魔導具というのはグレイス達も身に付けているが……その護符版といったところだ。何度も防げるわけではないが、複数枚用意しているし、最初の数回を凌げれば確実に割って入ることができるし、護衛も間に合うだろう。
というわけで護符の使い方と効果を俺自身で実演し、それから各々動いていく事となった。セルケフト王は聞き込み。俺達はその隣室でギメル族を迎えて話をする、というわけだな。