番外1283 ギメル族の秘宝
ギメル族の面々に飲み物や焼き菓子を出しつつ、魔人と俺との経緯について説明する事にした。魔人との和解と共存が契機となってネシュフェルを訪れる事になったから、説明するならそこからが必須というか。
ともあれ、仮面を被ったり脱いだりとやや忙しいが、ラプシェム達はお礼を言ってお茶や炭酸飲料を飲んだり、焼き菓子を口にして笑顔を見せていた。炭酸に関しては驚いている印象ではあったが。
さて。マルレーンからランタンを借りてきているので、幻影を交えて説明できるな。
母さんやグレイスと過ごした幼少期の事。タームウィルズに出て誘拐事件からリネットに出会った事。
それからの戦いの日々とその中で分かった魔人達との因縁。その中で教団の教祖をしていたガルディニスと戦った事も触れておく。
「――ヴァルロスとの決着が付いたところで……死睡の王が現れました。正確には分体を操っていた本体……イシュトルムが、ミュストラと名乗ってヴァルロス達の中に紛れていたのですね」
イシュトルムが現れてからの出来事を話していく。
「何と……母君の仇であり最古の魔人、とは」
「勝負に水を差すなどと……」
ラプシェム達は結構話に入り込んでいるようだ。イシュトルムの行動や動機について話をすると、拳を握ったりと感情移入しているのが見て取れた。
何というか、ラプシェム達の性格が窺い知れるような気がする。ギメル族全体の気風なのかまでは分からないが、価値観としてはそれほどかけ離れたものではないような気がするからだ。
月光神殿ごと貫くような閃光に飲み込まれる寸前に、転移による移動で助かった事やその後のヴァルロスとの会話について話をしていく。
「だからテスディロスやウィンベルグ達と今一緒にいるのです。オルディアやオズグリーヴ。それにフォレスタニアにいるエスナトゥーラやルドヴィア、ザンドリウス達と合流し、各地に散らばって生きる魔人達との和解と共存を目指して動いています」
その過程でガルディニスの遺した危険物がネシュフェルにあると知った事。それを回収するためにこの地を訪れていたという話をすると、ラプシェムは納得したというような反応を見せていた。
「それについては先程もう済んだ、と言っていたけれど……」
「そうですね。そちらの用件は終わっていますからもう危険はありません。ただ……もし仮に教団残党が教祖の遺産の情報を掴んで動いていた場合、僕としても無関係という顔はできませんから。情報収集をして襲撃事件が起こったという話を耳にしたので、関連を疑って調査を進めていたのです」
「そうして私達を発見した、という事ね」
俺の返答に目を閉じて頷くレシュタムである。
「北方の文化や習俗に関しては不慣れでもあるかと思いますので、何か質問があればお答えできる事はお答えします」
「疑問が無いわけではないが……本筋ではないな。いずれ聞かせて貰えればいい」
「かつての魔人達や、教団の行いについては……何となくではあるものの、理解したつもりだ」
ラプシェムとエンメルは俺を見ながら言った。そうか。それならば話を前に進めるとしよう。
「では……そうですね。これからの話をしましょうか。ギメル族の秘宝についてお聞きしたいのですが……何か悪人の手に渡った時に拙い事態が想定されるような事は?」
そう尋ねると、ラプシェムは腕組みをして思案した後で答えてくれる。
「あれは俺が知っている限りでは一族の葬儀の際に使われるものだ。葬儀の後には祭司達の秘儀が行われるが……我らにも詳しいところまでは分からない。だが、祭司達はそうした危険性については我らの出発前には口にしていなかったな」
『……盗み出した者達に何かしら目的があったとしても、祭司の方々にも想定外という可能性はありますね』
モニターの向こうでエレナが言う。
「そうだね。それは確かに」
葬儀に絡む秘宝となれば冥府を経由して情報を集める手もあるとは思うが、ギメル族の面々は北方の国々と文化的に繋がっていないからな。冥府は死生観が影響を及ぼす精霊界だから、地続きではなく分離している可能性がある。魂が還る根源の渦まで行ってしまえば根っこのところでは繋がっているのだろうけれど。
「秘宝の見た目は……美しいものだと感じたわ。確信を持っては言えないけれど……外の価値観でもそう、なのではないかしら。もっと何か、悪い事態を考えておく方が重要かも知れないけれど」
レシュタムが秘宝について別の観点から説明してくれた。
金銭的な価値や美術的な価値があると思って、本当の役割を知らずに盗み出した可能性か。それならそれで、取り戻せばいいだけの事だからこちらとしても対処しやすいが、その点は留意しておきたいな。
マルレーンが俺の手元にあるランタンを差してこくこくと頷く。
「差し支えなければ、これを使って秘宝の見た目を教えてはいただけませんか?」
ランタンを使って見た目を教えて貰えないかと聞いてみる。ラプシェム達はお互いの顔を見て頷き合うと、ランタンを手に取って幻影を映し出してくれた。
それは何というか……青く透き通る卵といった風情だ。瑠璃やモルフォ蝶のような鮮やかな青。琥珀のように艶やかな表面と、透き通った質感。やや楕円系で、ガラスの卵とでも言えば良いのか。ぼんやりと発光しているようだ。
「確かに……これなら宝物としての価値もあるかな。不心得者が財宝扱いで持ち出してもおかしくはないと思う」
ただ先程レシュタムが言っていた通り、儀式に使われる品なのだから、そう単純な動機と考えておくのは良くないのは確かか。
ギメル族の秘宝をどう利用するつもりなのか、という点についてはまだ情報が足りないが、一先ずはこのまま彼らに協力する事に関しては問題無さそうだな。
その事をフォレスタニアの通信室から中継を通して確認を取ると、メルヴィン王を始め、同盟各国の面々からも賛同を得られる。
『では、ネシュフェル王国への書状を認めよう』
『こちらからもエルハームを経由して書状を預けておく』
メルヴィン王やファリード王が言ってくれた。
角が立たないように色々案も練る形だ。ギメル族の者達が盗まれた秘宝を探している。助力する事にしたのでネシュフェル王国にも協力をお願いしたいという事で文面を揃えるわけだ。
これならば……例えば王弟の独断だった場合に機能するだろうな。国交があまり無くても軽んじられるような事はないだろうし、国王や王子の反応を見る事でどのぐらい関わり合いになっているかも知る事ができる。
王弟以外の……例えば騎士や兵士の出来心等による盗難だった場合は尚更解決しやすい。
「それは助かります」
「一族を代表して感謝を申し上げる」
俺が言うと、ラプシェムも彼らの礼儀作法に則って改まった印象の一礼をしていた。他の面々もそれに続く。
『俺としても南方の平穏を考えての事だ。礼には及ばない』
笑って応じるファリード王である。
さて。では書状を受け取るまでの間に、それを前提とした善後策を練りたいと思う。相談してこれからの方針を決めようと伝えると、シリウス号の面々と中継映像で繋がっている面々が同意してくれる。
「ギメル族の祭司や長老に秘宝について質問したいところではあるのですが……この場合はネシュフェルへの呼び掛けを急いだ方が良いかも知れませんね」
『確かに……。何かの術式に使う目途があるのだとしても、盗品として売り払うにしても時間を与えない方が良い、とは思うわね』
ローズマリーが顎に手をやって言う。それは……確かに。壊されたりしては目もあてられないからな。
先に国王やオーラン王子に話をつけて、それから対応を考える、というのが良さそうに思える。まあ、その際の起こり得る色々な事態を想定して作戦を練っておくとしよう。
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