番外1282 三つ目の一族
「場所を変えて話をする、というのはどうだろうか。事情を話す事に否やはないが、流石に込み入った内容はこの場所では憚られる」
彼らは相談した後でそんな風に伝えてきた。そう、だな。それはこちらとしても望むところだ。
「分かりました。では、こちらとしても同行者を紹介しておきます。出てきていいよ」
敢えて名を呼ばずにそう言うと、隧道の少し離れた場所にコルリスが顔を出した。
挨拶するように右の前足も床から出してくるコルリスである。彼らもつられるように片手を上げて挨拶を返しつつ、少し困惑したように言う。
「土の魔物を使役しているのか……」
「巨大な土竜……知らない魔物だな……」
「北方ではベリルモールと呼ばれている魔物です。他にも離れた場所に仲間はいますが、彼らの紹介は顔を合わせた時にしましょうか」
ベリルモールは彼らの住んでいる場所には分布していない魔物、という事になるわけだ。土竜、というのは通じるから通常の土竜はいるのだろうが。
「仲間……国の仲間、という事か」
「そうですね。今のところネシュフェルに対しては国交もないので、僕達は中立的な立場ではありますが」
というわけで、隧道を通って最深部から出口まで移動していく。
隧道内部はコルリスが立ち入るには少し狭いが、床部分から顔を出して泳ぐように移動できるので特に問題ない。ベリルモールの術なのか、通った後の強度は寧ろ上がっているようだな。
彼らは興味深そうにそんなコルリスを見やっていた。
そうしてしばらく移動して、やがて出口が見えてくる。
俺達が出た場所は岩石の露出した地帯だった。風化した大きな岩があちこちにあって……人目を避けるには丁度良い場所だろうか。入口は岩陰になっていて、人目に付きにくい位置に自然洞窟に見せかけた形で作られている。
彼らは周囲を注意深く探りながら人払いの術式や防音の術式、陽光対策の闇魔法等をそれぞれ使っていた。独特のマジックサークルだな。
やがて周囲に誰もいないと確認できたのか、こちらに向き直りそれぞれ仮面を外して顔を見せてくる。
男女問わず、全員額に目があるな。リーダー格の人物だけというわけではなく、やはり種族的な特徴なのだろう。
衣服は……ネシュフェルの物に合わせているようだ。ネシュフェルの民も昼間は薄着だが、夜間は防寒用に着込んだりする者も多いようだからな。夜間行動の際は第三の目を隠せば溶け込める、かも知れない。
「名を名乗っておきましょう。テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと言います。北方のヴェルドガル王国から来ました。こっちはベリルモールのコルリスです」
コルリスも地面から浮上してきて、全身を見せてから挨拶する。鞄をコルリスから受け取ると、彼らも「ああ。先程の子供か」と、納得したように声を上げていた。そういう事だな。
「南方より来た。ギメル族のラプシェムという」
「エンメルだ」
「レシュタムよ」
俺が自己紹介すると、彼らもそれぞれ独特の礼を取りつつ名乗ってくれた。リーダー格の人物がラプシェムという事らしい。
ギメル族か。BFOでも舞台となっていたのはヴェルドガルの近隣国だったし、全く予備知識のない一族ではあるが。
自己紹介が終わると、彼らはまた同じように仮面を被ってしまった。ラプシェムはそのまま仮面を外しているが。
「ヴェルドガル王国か。あまり北方の国々には詳しくないが平和で豊かな国だとは伝えられている」
と、ラプシェムが言う。ギメル族も外の世情にはあまり明るくない様子だな。ヴェルドガルも歴史が長い上に国は安定しているから、そうした話は伝わっているようではあるが、口ぶりからすると新しい情報を知っているという印象ではない。
まあ、こちらの事を説明する時は世情からだな。
「事情の説明、か。簡単に言ってしまうなら、ネシュフェルの者達に我らの秘宝を持ち出されたので取り返しにきた、という事になる。聖地の封印が破られた前後にネシュフェル人の目撃証言があってな。精霊の力を借りて一行を追った。その過程で彼らの身に着けていたものが王国兵の装備と同じだったという事や、王都に入った、と言うところまで確認が取れている」
ラプシェムは第三の目だけを開けた状態で額のあたりに右手をやって言う。空に向けた左手には小さな風の渦が巻いていた。掌の上にシルフが顕現してきて、俺に笑みを向けてくる。
風の精霊を使役……いや、使い魔ではないが、何かしら魔力的な繋がりがあるか。精霊と個別の契約を交わすような術式を使っているのだろう。
「それは精霊達からの情報ですか」
「ああ。我らには精霊達と一時的に同調する術がある。小さな精霊達は記憶を長くは留めたりしないものだが、同調すればこちらの性質にも一時的な影響を与えるからな。忘れるまでの時間を伸ばし、見た物、感じた物……記憶を共有する事も可能だ」
精霊との同調か。中々興味深い技術を持っているが……確かにそれなら追跡や相手の装備の特定等も簡単か。
その後で警告を行い、ネシュフェル側の出方を見ながら奪還のための準備を進めていた、というわけだ。ラプシェム達の視点に立ってみれば、南方に兵を増強していたあたりは返す気がない、と判断するのに十分な行動ではあるか。
だがまあ、その判断はやや早計だ。彼らはギメル族が動いている可能性に気付きつつも、教団残党への対応を考えなければいけない立場だからな。国王達にその点でしか襲撃を受けるような心当たりがないのだとしたら尚更だろう。
とは言え、ラプシェム達は俺の話したネシュフェルの事情について、ある程度信じてくれたから、名前や顔も明かしてくれたし、事情を話してくれたのだろう。ならば……俺もある程度腹を割って話す必要がある、と思う。
「では、僕の方も事情をお話します。もう少し涼しくて落ち着ける場所で話をしましょうか」
「ふむ。そんな場所があるのか?」
ラプシェム達は首を傾げる。
「ええ。すぐ近くです」
というわけで岩場を出て少し歩く。シリウス号もすぐ近くまで来ていて、迷彩フィールド内部に入ると、彼らは驚きの声を上げた。
「なんだ、あれは?」
「光や風の術で見えなくしていましたが、僕達がヴェルドガルから乗ってきた船ですね。シリウス号と言います」
タラップは降りているので、そのまま乗り込んで艦橋まで案内しよう。ギメル族は魔人との関わりもあまりなさそうな印象だし、魔人崇拝の教団と聞いてもそれほどピンと来ない様子に見えたから……世間の受け止め方等から説明しなければならないな。
というわけでシリウス号内部に案内し、同行している面々やフォレスタニアの通信室にいるみんなを紹介していく。
ラプシェム達は最初こそ戸惑っていたようだが、やがて慣れてきたのかそれとも開き直ったのか、普通に挨拶を返してくれた。
「意外に恐れられたりはしないものね。実際に見るのと聞くのとでは大違いだわ」
「昔、仲間に似た特徴の者がいた。ギメル族とは出自が違い、後天的に額の目を持つに至った人物だが」
と、テスディロスが落ち着いた口調でレシュタムに答える。ザラディの事、だな。
「それに、見た目が違うというだけで無意味に恐れる必要もないと思うわ」
「そうですな。私達は実際に種族として恐れられる特性を持っていたわけですから……」
オルディアの言葉に、ウィンベルグが苦笑する。
「魔人、か。我らは昔話や噂程度でしか聞いた事がないが……精霊達はあなた方を怖がったりはしていないな」
「人との共存と和解の道を選んだというのもありますが、種族的な特性を封印するなどしていますからな。世間で言われている魔人達は危険というのに違いはありますまい」
オズグリーヴが静かに応じた。
「なるほど……。教団の遺産と言っていたが、やはりそれはこうした人脈からか?」
「そうとも言えます。話すと長くなるのでこうしてシリウス号で落ち着いて話をしようと思ったわけですね」
まあ、順を追って話をしていこう。精霊達の反応もあって信じて貰えているのだし、こっちもきちんと説明しないとな。