番外1281 隧道での対面
周囲に人目がない事を確認し、それから転送魔法陣を敷いてコルリスに来て貰う。
「悪いね。アンバーと一緒のところを」
そう言うとコルリスは前足の親指を立てるようにして応えてくれた。
『ふふ。テオドールも私達と離れたところで頑張ってるから。だから手伝えて嬉しいと言っていたわ』
と、俺に答えてくれるステファニアである。
そんなコルリスの反応に少し笑って「ありがとう」と言うとまたこくこくと頷いていた。うん。
では転送魔法陣を片付けたら行動開始だ。火魔法で耐熱の術式を用い、コルリスが砂漠の暑さにも対応できるようにしておく。加護があるから大丈夫とは思うが念のためだ。
それからコルリスの背に担いでもらうようにして地面に潜っていく。地表の砂に残った痕跡も綺麗に消して、変装の姿も変えておこう。
術や地面の潜航は何度か経験しているが……中々に不思議な感覚だな。コルリスの術の場合はゼリーの中に沈み込むような、水よりもやや固形の抵抗感があるが、土臭さや息苦しさなどの不快感はないし、重さのようなものも感じない。一度潜航してしまえば浮遊感や温かさがあって、ベリルモールが地中にいる時はこうした快適さを感じているというのが分かるな。
循環錬気でコルリスと感覚を合わせ、隧道のある座標の下側へ回り込む。
隧道内部に突入する前に、コルリスに作戦を伝えておく。
「それじゃあ……近くで待機していてほしい。何かあったら特定の波長で魔力を放出するから、その時は手伝いを頼むね。この波長はこのまま戦闘。これは一緒に離脱。これがコルリス単独で緊急避難。交渉成功の場合は声をかけるから、その時は姿を見せて良いよ」
そう言いつつ魔力波長を変えて伝えると、コルリスは鼻をひくひくと動かした後にこくんと頷いた。波長を変えた魔力をそれぞれ嗅ぎ分けられるので、事前に決めておけば声や動きにせずとも感知してもらう事で連携できる、というわけだな。
隧道の中にいる者達は理性的な印象があるが、だからと言って備えを怠って良いわけではないからな。
ウィズとキマイラコートはまた形を変えて普通の衣服と帽子のように変化している。後は……手荷物で特定されないように鞄をコルリスに預かってもらおう。
その後で隧道の内部へ進んで単身姿を見せる。俺が姿を見せると彼らも布を巻いた顔や仮面越しにこちらに視線を向けた。
派遣したゴーレムがちょこちょこと走って俺のところまでやってくる。抱き上げると、彼らも確信したようだが、緊張というか困惑しているようにも見えるな。
「そのゴーレムの主、か……。身に纏った気が尋常ではないな……」
「相当な……名のある精霊からの加護を受けた御仁とお見受けする」
と、戸惑いつつも居住まいを正している。やはり、言語体系は俺達と違うな。まあ、翻訳の魔道具があるので意志疎通に特に問題はないが。
しかし……なるほど。ティエーラや精霊王の加護を感知したわけだ。となると、やはり南方に住む少数民族という事で間違いないのかな。
全員が全員、かなりの魔力を有している。そういう一族、という事になるのか。
「初めまして。先程ゴーレムを使いに出して手紙を渡した者です」
そう言って一礼すると、向こうも自分の左肩あたりに右手を置くような、独特な礼を以って返してくる。
「最初に誤解がないか確認しておきたいのですが、その仮面――精霊との交信手段をネシュフェルに伝えた方々で間違いありませんか?」
「……ああ。その認識で合っている」
目配せして頷きあってからそう答えてきた。そのあたりは肯定しても問題ない、という事だろう。それならば、俺からも情報を明かせる部分が出てくるな。
「では――ネシュフェル王国側が警戒している事についてお伝えしておきます。今現在、ネシュフェル王国ではデュオベリス教団という、魔人崇拝の教団の残党に対して最大限の警戒をしている状態にあります」
「魔人崇拝……」
俺の言葉にリーダー格の人物は腕組みして思案している様子だ。
「そうなっている理由は……丁度、同時期に彼らの教祖の遺産に関する情報を王国が得て、それの回収を行っていたからです。こうした時期にあなた方が秘宝を返すようにという警告を行ったので、それが教団残党からのものなのか、南方に住まうあなた方からのものなのか、王国には分からなくなってしまった」
「……なるほどな」
「あなた方と王国の関係や経緯を知らないから言える事なのかも知れませんが、少なくとも王国とて一枚岩というわけではありません。あなた方の秘宝に関しては王国に属する誰かの行いなのかも知れませんが、為政者達は知らないという可能性もあると考えています」
そう伝えるとリーダー格の人物はしばらく思案していたようだが、やがて顔を上げて言う。
「つまり、我々が見てきた王国の対応も、それを下地にして考えた方が良い、と?」
「そう、ですね。誤解を受けたまま状況を前に進めると、王国側が教団残党という誤解を深めて、対応もそれに応じた物になる可能性があります」
先程、彼らは警戒の厚くなっているところに秘宝があるのではないか、という話もしていたからな。その場所にガルディニスの伝言が保管されていたら目もあてられないというか。
「分からない事がある。如何なる理由があってこんな忠告を?」
「僕自身は教団の関係者ではありませんが、教祖の遺産に関してその一部の後始末を引き受けたからです。これはあなた方との利害の一致とかそういう話ではなく、そちらについてはもう終わらせた話ではあります。ただ……それが今の状況と地続きになっている以上、見て見ぬふりをするのは不義理かと思いましたから」
そう答えると、リーダーはしばらく仮面越しに俺を見ていたようだが、やがて静かに頷く。
「……その言葉、信じよう」
そう言って自身の仮面に手をかける。信じてくれたのは……精霊の反応を感知できるから、だろうか?
仮面を外すと、精悍な印象のある若い男の顔が現れた。但し――額の部分に第三の目がある。そういう部族、という事か。
「それが、顔を隠したり仮面を被る理由ですか?」
「そうだ。あまり……驚かないのだな。外の者達はこれだけで邪精霊でも見たかのように恐れる者もいると伝え聞いていたのだが」
ネシュフェルの習俗もあるから手足も隠しているが、手足については大差ないという事らしい。
「色々な他種族と知り合う機会が多いので、慣れているというのもありますね」
「なるほど……。外の者達は知見に富んでいるのだな」
俺の返答に男は納得したというように頷いた。
ともあれ、男が顔を見せてくれたのはこっちを信頼したからこそでもあると思う。
「仮面を取って姿を見せてくれたわけですし、僕も変身を解いて本当の姿を見せておきます」
そう伝えて変身呪法を解くと、男達は少し身を乗り出すようにして驚きの反応を見せてきた。習俗は違っても、驚いた時だとか咄嗟の反応は大きく違うものではないな。
「……これからの話ですが。差し支えなければあなた方の事情を聞かせては貰えませんか? 僕から聞いて納得のできる話であれば、何かの形で手伝う事も可能だと思います」
オーラン王子が話の分かる人物というのは今までの事で分かっているからな。もし彼らの秘宝がネシュフェルの手元にあるのが国王や王子の本意ではないなら、外交ルートでの解決というのもなくはないだろう。
俺の言葉に彼らは少し仲間達と相談させて欲しいと答えてきた。そうだな。それに関しては俺も問題ない。頷いて待機する。
彼らの返答を待って、それから対応して動いていきたいな。