番外1280 ゴーレムと手紙
メダルゴーレムを派遣しつつ警戒感を抱かせない、か。どんなものが良いか。砂いじりをしながら通信機で尋ねるとイルムヒルトが首を傾げて思案しつつ言った。
『この人達が慣れ親しんでいると思う姿……とか?』
『慣れ親しんでいる姿、か。そうなると小さな精霊の類かな』
『ん。それに対する反応で出自もはっきりしそう』
シーラが俺の返答にこくんと頷いて言った。確かに。教団の残党ではなく少数民族の方ではないかと思える言語体系だが、判断材料が多いに越した事はないからな。
では――土の中だしノームに近い姿を取らせるというのが良いか。あくまで近い、だ。そのものだと偽物だと判断されて逆に警戒させてしまうかも知れないし、最初にいきなり攻撃や逃亡されない程度にしておけば良いだろう。
短い手足に丸い目と……警戒感を抱かせない事を目的とした場合はやはりこういったデフォルメされたデザインが良いのではないだろうか。
外から見えないように鞄の中で派遣するゴーレムの姿を試作すると、その姿を見たユイがにこにこした笑みを見せ、オウギやアルクス、ヴィアムスのスレイブユニットがうんうんと頷いていたりする。まあ……オウギやアルクス、ヴィアムス、それにシーカー、ハイダー達といった面々と同系列の姿ではあるな。
ゴーレムメダル複数枚を使って必要な機能を詰め込み、先程シーカーを送り込んだ時と同じように箱状の構造物で覆って鞄から取り出して地面に置く。
ゴーレムは箱の下から地面に潜るようにして地下へと進んで行った。
砂漠にもいくつか種類があって、地球では岩石や砂利のような礫で構成される、荒野のような砂漠の方が多いらしいが……ティルメノン近辺は砂で構成された砂漠だな。
そして彼らがいるのは表層の砂の下にある岩盤部分だ。隧道もしっかりと固めて安全確保もしているようではあるが、やはり床の方から侵入した方が構造上も安心だろう。
というわけで隧道に侵入させて、最深部にいる彼らに向けて気配を隠すような事なく歩みを進めさせる……と、彼らは弾かれたように振り返って身構えた。
中々良い反応をしている。こんな場所まで秘密裡に進んでくるだけの事はある。というより、そういった人材だからこそここにいるのだろう。
『なん、だ? ノームか?』
『いえ、精霊……ではない……?』
一瞬彼らはメダルゴーレムの姿を目視して戸惑いを見せる。そのタイミングでゴーレムに深々とお辞儀をさせると、身構えつつも拍子抜けと困惑が混ざったような反応を見せていた。
相手が状況を整理して行動の方針を固める前にこちらのすべき行動をしてしまう。メダルゴーレムは背中に背負った手紙を取り出して、それを彼らが見えるように掲げてから、前に出てそれを置いて、お辞儀をしてからまた下がる。
『文か。何者かの使いか……?』
『どうやって俺達の事を……いや、それよりもすぐ逃げるべきじゃないのか?』
『こちらの事を知った者が敵であるなら……こんな回りくどい事をする必要はあるまい。どうせ発覚しているなら、文には目を通しておいた方が良い』
彼らは……まあ十分に冷静だな。こういう作戦に従事するからこそ、こうした反応をしてくれるのではと予想していた部分はあるが。
そうして彼らはゴーレムの動きに注意を払いながら置かれた手紙を手に取る。文字はこっちの言語と古代語で書かれているな。彼らの言語体系が分からないので通じるかは微妙なところだが、ダメなら翻訳の術式で補う事もできる。言葉ではなく手紙という形をとったのは……まあ、メダルゴーレムの容量の問題もあったが使者として分かりやすいからだ。読んだ上で相談して決めてもらうという過程を取ってもらう事で、こっちとしても見えてくるものがあるしな。
『読める……?』
『ああ。北方の文字と……それから古代文字か。こちらの使っている文字が分からないから、同じ内容を古代文字で記した、とあるが……』
リーダー格らしき人物は手紙に目を通し、少しの間黙読していたが、やがて頷くと仲間達に内容を聞かせるために内容を訳して聞かせる。
『前置きも含めて、書かれている言葉をなるべくそのまま訳して伝えたいと思う』
そう前置きしてから男は手紙の文面を仲間達に伝えていく。
『お初にお目にかかります。いきなりの訪問で驚かせてしまって申し訳ない。あなた方に関する知識が足りないので、普段使いの文字と古代語を用いて同じ文面をこの手紙に書いています。いずれも読めない場合は、使いの者に文字の意味が通じるようにする術式を持たせています』
という前置きと挨拶から始まり、本題を伝えていく内容となっている。向こうの状況は把握できているので、俺も偽装の砂いじりを一旦切り上げ「もう少し違うところの砂も見てみる」と、門番に伝えてから人目につかない場所へ移動していく事にした。
これで相手の出方を見て、問題がなければそのまま彼らのところに向かうというわけだ。砂丘を一つ越えたあたりが良いだろうか。
『こちらが望む事としては、顔を合わせて直接話をする事です。自分はネシュフェルの人間ではありませんが、とある事情があってこの地を訪れています。あなた方の事情とは恐らく別件だとは思うのですが、ネシュフェルはその別件に関して危惧を抱いており、あなた方がその陣営に属するのではと誤解されている可能性があります。それ故にあなた方が次の行動を起こす事で、無用な混乱や怪我人等の犠牲が生じる前に、情報を共有しておきたいと思い、こうして使者と手紙を送った次第です』
本題部分としてはそういった内容だ。受けて貰えるなら、こちらから訪問しにいくし、そうでない場合はそちらの望む形での返事を認めて使者に持たせて欲しい、と文面は続いている。
彼らが教団残党であれ少数民族側であれ、作戦の成否や今後の展開に関わるかも、と思わせ、話を聞いてもらえるように、というわけだな。
いずれにせよ正体不明の第三者が知っている状態で作戦をそのまま決行するという判断は難しいだろうし、こちらの情報を探る意味でも話に乗ってくるのではないか、と思っている。どっちにしても彼らは仮面をつけていて個人の特定はできない状態だし。
『……さて。どう思う? 皆の意見を聞きたい』
リーダーは手紙の内容を最後まで伝えると仲間達に尋ねる。
『会うべき、ではないかしら。こっちの事をどこまで把握しているのか、別件や誤解の可能性というのも気になるわ』
『そうだな。少なくとも現時点で我々に敵意や害意があるわけではなさそうだ。何より……持っている情報が違い過ぎる』
『会う方法については?』
『向こうが訪問すると言っているのだ。来て貰えばよかろう。どこでどうやってこっちの事を知ったのか、正体が何も分からない以上、時間を与えるだけ更にこちらの事情を把握されたりするかも知れない』
と、そんな意見が交わされる。話の内容としても理性的ではあるかな。教団ならもう少し過激な事を言いそうなものだ。別件や誤解を気にするというのは即ち、無関係なところで混乱が起こるのは気にかけているという事ではあるし。
『確かに……。この場所は既に把握されているのだしな。それに時を置くと向こうの事情が変わって、我らと話をする必要自体が無くなってしまう、という事も有り得るか』
そんなやり取りを交わした後に俺に会いに来てもらうという事で結論も出たようだ。では……周囲に人目もないしな。隧道に移動していこう。