番外1279 仮面と隧道
「ん……おはよう」
『ふふ、おはようございます』
『おはよう、テオドール』
寝具から身体を起こして、みんなと笑顔を向け合って朝の挨拶をする。モニター越しにこうして朝のやり取りをするのも少し慣れてきたような印象があるかな。
というわけで昨日見た物をフォレスタニアとシリウス号のみんなにも話をしながら朝の身支度を整える。変装は維持されているので顔を洗ったり衣服を整えたりすれば完了だ。一緒にいたホルンやティアーズには転送魔法でシリウス号側に戻ってもらい、荷物も片付け、忘れ物がないか確認したら行動開始だ。
まずは宿屋にて朝食をとる。バロールの視点ではフォレスタニアとシリウス号のみんなもタイミングを合わせて朝食にしてくれているようだな。話題に関しては自然と夢の世界で判明した事になる。
『地中に人……。どの陣営の者達なのかしらね』
『穏便にお話が進められればいいのですが』
クラウディアとアシュレイがそう言うとマルレーンも少し心配そうな面持ちでこくんと首を縦に振る。
『教団残党か、それとも南方の少数民族か。気になるところではあるけれど、後者の方が交渉もしやすそうかな』
食堂には他の人もいるので、通信機からみんなの会話にそう返答をする。
『相手は地中だし、必要ならコルリスも手伝うと言っているわ』
と、ステファニアが言うと、コルリスがこっくりと頷いて、任せて欲しいというように自分の胸のあたりに手をやる。
『それは――心強いな。もしもの時は頼むかも知れない』
転送術式もあるしな。例えば逃亡された場合は地下追跡等を行う必要があるが、それは魔力感知できる嗅覚を備えたコルリスの独擅場だろうしな。戦いになっても地中が舞台ならコルリスがいれば心強い。
まあ、戦いになると決まったわけではないから、転送術式で対応するというのも選択肢に入れつつ動いていくという事になるか。
やがて腹ごしらえも終わったところで亭主や給仕に礼を言って代金を支払い、そうして宿屋を後にした。
目指すは南側の門だ。朝の街中を歩いて向かい、外へ出る前にまず門番に話をしておく。作業途中で不審に思って声を掛けられても困るしな。事前に何をしているか伝えておけば、不審者扱いされる事もあるまい。
鞄からサンドアートを取り出し、それを見せて説明する。昨日とは違う門なので門番の顔触れも違う。興味深そうにサンドアートを覗き込んでいた。
「――というわけで、王都近辺の砂を見て、こうした物に使うのに適しているか調べたいと思っているのです。少しその辺の地面を弄りたいので、屈み込んだりしていて変に思われるかも知れませんが、刻印もこの通りですし、気にせずにいてもらえると助かります」
刻印術式もあるので熱中症の心配はないと事前に伝えておく。
「熱心な事だなあ。随分良く出来ているように見えるが、まだ研究が必要なのかい」
「土地の砂の質によって色の乗り方が変わってきますので……。変化が細かなものなので集中して調べないといけませんが」
「そいつは大変だな。刻印があっても、街の中より暑いし、日差しも強くなるから無理をするんじゃないぞ」
「ありがとうございます」
一礼して応じると門番も笑って応じてくれた。では――始めるとしよう。
夢の世界で感知した場所まで移動すると、シリウス号側で監視しているモニターに俺の姿が映り込んでくる。位置はここであっているが……向こうが地上の状況を感知できる可能性を考慮して少しズレた場所まで移動する。
鞄を置いてしゃがみ込んで、地面に触れる。
砂嵐を起こして逃げたという事やライフディテクションに対策をしている事も加味して考えると相手は間違いなく魔法を使えるだろう。
なので、こちらからの探知も慎重に行う必要がある。地面に突き立てたウロボロスの、オリハルコンを通して魔力波長を環境魔力に偽装して、探知の網を地面にゆっくりと浸透させて地下の状況を調べていく。
……触れた。細かく薄く広げた魔力が僅かに波長の違う魔力を感知する。外郭に沿って探知網を動かしていくことで、地下にあるスペースがどんな規模でどんな形をしているかを把握していき、ウィズに立体図を構築してもらう。
『なるほど。隧道になっているね。どこからか穴を掘ってきたんだな。南の方に続いているみたいだけど』
声には出さない。砂を手に取って吟味しているふりをしつつ通信機で状況をみんなに知らせる。
このまま穴を掘って王都内部に侵入するのか、それとも王都近辺で動向を探るための前線基地という事でここまで来ているのか。
目的は不明だが、一応地下にいながらにして地上の情報も得られる、という前提で行動していく。
「割と良い砂だな。これなら色を乗せた時も良さそうだ」
と、口に出しつつ、鞄の中で土魔法を使って四角い石を構築。シーカーと一体化させて道具のように取り出し……それから地面に置いてからシーカーのみを地下へと送り込んだ。魔力の糸を繋いでおいて、シーカーを直接制御する。
そう、だな。彼らの場合、上に注意を払っていると思うので、壁や天井よりも隧道の下側に回り込ませようか。人がいそうな隧道の最深部よりは……少し後方にずれた位置の方が良いだろう。
慎重にシーカーを制御し、隧道の床側から地形に合わせる形で僅かに顔を出させる。隧道の最深部に魔力の明かりが灯っていて、そこに人影があるのが見えるな。
シーカーには気付いていないようだ。ゆっくりと最深部へ移動させ、会話が聞こえる位置まで間合いを詰める。
彼らは――隧道で他者の目がないというのにも関わらず、精霊祭の仮面に似た物をつけて壁に背中を預けて座っていた。どうやら……話にあった襲撃者に間違いないようだ。
仲間内しかいないのに仮面をつけて手足を隠しているのは、作戦行動中だからか。何時何があっても顔を見せずに逃走できる。
或いは――装束自体に魔術的な意味があるのかもな。
『あの……子供? 何かしら。動かないわね』
『門番との会話も聞こえていたが、砂を使って何か売り物を作るのだとか』
そんな話をしている仮面の者達の姿がシリウス号にある水晶板に映し出されている。
――言語体系がネシュフェルやバハルザードのそれとは違うな。翻訳の魔道具で聞き取れはするが。
となると……少数民族側と見て間違いなさそうだが。
それに、やはり地上の状況を感知する手段があるわけだ。俺の位置も捕捉されているようではあるが。
『一先ずあの子供の動きには注視しておこう。それより、もうすぐ外壁の結界まで到達するようだが、準備はできているのか?』
『ああ。結界に関しては通過できるはずだ。とは言え、壁と結界を乗り越えた後が本番だからな……』
『秘宝の保管場所を探す、か……。普通なら宝物庫や警備の厚そうなところが本命なのでしょうけど』
隧道を延長してきて、都市内部への侵入を試みているところというわけか。秘宝について意識させる事で相手が反応を起こすのを狙った、とするなら納得はいく。
元々ネシュフェルと少数民族の関係は悪いものではなかったわけだし、警告する事で自発的に返してもらう事を期待した、というのも有り得るが……ともあれ、現在は潜入目前というところまで来ている、というのは間違いない。
隧道は結構大がかりなので、逃走経路も兼ねているのかも知れないな。襲撃の有った時からここまでの期間を考えれば、結界を越える準備といい、かなり迅速に動いているのではないだろうか。
もう少し話を聞いて接触できそうなら……そうだな。まずメダルゴーレムを用い、警戒感を抱かせない姿にして送り込んで、先触れとして話を聞いてもらうか。その後で俺自身で赴いて話をしてみよう。