番外1274 王都ティルメノン
『おはようございます』
『おはよう、テオドール』
目を開けるとモニターの向こうから朝の挨拶をしてくるアシュレイやシーラの姿が見える。中継映像を通して朝の挨拶をしてくれたわけだ。一時的に音声は切っていたが、俺が起きたのを見て取って繋げてくれたのだろう。
「ん……。おはよう」
『ええ。こっちは良い天気だわ』
『ふふ。おはようございます、テオ』
俺が少し笑って答えると、ステファニアやグレイスも微笑みを見せた。
そうしてフォレスタニアやシリウス号のみんなと朝の挨拶を交わして寝具から抜け出し、出発のための準備を進める。生活魔法を使って身支度を簡単に整えてから、忘れ物がないようにきっちり部屋の中を片付けておく。
こちらの映像と音声は届いているし、シリウス号の様子はカドケウスとバロールで把握できているので、水晶板を片付けても問題ない。
「急いで出ていって注目されてもなんだし、食事を済ませてから合流しよう」
その後で街を出て王都へ向かう、というのが良いだろう。ジャレフ山の状況は偽の隠れ家に配置したハイダーで把握している。王都を訪問している間にこっちで何かあったら駆けつける事ができるように、街にもシーカーを残して潜入させておこう。
『わかりました』
『では、昼食は我々が作ろう』
ウィンベルグが答えるとテスディロスもそんな風に言った。ああ。それは楽しみだな。
そんなわけで忘れ物がないかしっかりと確認してから部屋を出て一階の食堂へと向かう。宿の面々が挨拶をしてきて。俺も挨拶を返しつつ朝食を頼んだのであった。
朝食を済ませて、街を出る。その際路地にシーカーを配置した。転送系の術式でシーカーを呼び寄せる事が可能になったので、前より利便性は上がっているな。
街を出る際、昨日話をした門番とも顔を合わせたが、ガラス細工の売れ行きが良かったのでこれから帰るところ、と伝えると「そいつは良かった」と笑って応じてくれた。
「近頃の騒動の事もあるからな。帰り道は気を付けるんだぞ」
「ありがとうございます」
門番にお礼を言って別れる。少し街道を歩いて進み、人の目線が切れる場所で迷彩フィールドを纏ってから空へと飛び立つ。そうして上空に待機しているシリウス号へと戻ったのであった。
「ただいま」
「何事もなくて良かった」
アルハイムが頷き、カストルムが目を明滅させて音を鳴らす。みんなも無事に戻ってきた事を喜んでくれた。
「ん。ありがとう」
では王都に向かいつつ、昨日の情報収集で分かった事を伝えていこう。その上でみんなと今後の対策を練っていきたい。
操船席について王都の座標を入力。シリウス号がゆっくりと動き出す。安定飛行に入ったところでアピラシアの働き蜂がお茶を淹れて持ってきてくれた。
腰を落ち着け、聞き込みの結果を艦橋とフォレスタニアのみんなに伝えていく。昨日に引き続きエルハーム姫もやって来ていて、ネシュフェルの情勢に真剣な表情で耳を傾けている様子であった。
「……というわけで我らの秘宝を返してもらうと襲撃者が言ったらしい。ネシュフェル王国側は……恐らくそれを受けて、ガルディニスの伝言の取り扱いに慎重になっているんじゃないかと思う」
「それは……ありそうですな。内通者も疑ってしまう」
そうだな。タイミング的にその辺を疑うのは当然だし、情報流出があったと仮定した上でその経路を特定しないまま伝言の内容をバハルザードに知らせに行くと、使者や書状を狙って動くという事も有り得るだろう。
「俺としては、襲撃者の正体について可能性を幾つかに絞って考えたけれど、みんなの意見も聞きたいな」
俺が想定した可能性としては……まず本当に教団残党である可能性。次にそう見せかけたい何者かの策謀。それから時期が合っただけで、まだ把握していない何かの勢力が動いている、という三つのケースだ。
それを伝えると、みんなも思案を巡らせる。
「少なくともネシュフェル王国は教団残党への疑いを持って動いている、というのは間違いなさそうですが……まだ決め手になる情報がありませんな」
『把握していない何かの勢力だった場合は……そうね。秘宝というものがネシュフェル王国関係者の手元にある、という事にもなるわ』
オズグリーヴとローズマリーが言う。
『その場合、秘宝への関与をネシュフェル王家が関知しているかどうかもまだ不明ね』
クラウディアが目を閉じて言う。確かに。王家は知らずとも王国の関係者が勝手にやったとか、知らずにそうなったという誤解に基づくケースも想定できる。あまり先入観を持たずに動くべきだろう。
「秘宝がガルディニスの遺した品々で実際に残党が動いていた場合については?」
「その時は俺が対応する。ガルディニスからの伝言については彼らにも受け取って考える権利があると思うから。ただ……教団に身を投じた動機と今までの行動、本人の考え方や行動を見てこっちも対応の仕方を決める必要がある」
ガルディニスが悪政に対する民衆の不満を利用していたのだとしても、それで教団のやった事が正当化されたり帳消しになったりするわけではない。
魔人崇拝の教団として邪法に近い儀式や略奪や誘拐、破壊工作等をしているのだし、そういった作戦を考えたり主導したりした者に関して捨て置く事はできまい。
末端であるとか幹部であるとか、それぞれの立場において違うのだろうが……まあそこは実際のところを見てから考えるしかない。
『ネシュフェル王国内の策謀である場合はどうするのですか?』
『その場合は……信用のできる人物に接触を図って解決を目指すのが良いのではないでしょうか』
エスナトゥーラが言うと、エレナが考えを口にする。
「そうだね。この場合だとオーラン殿下が候補になるかな」
少なくともオーラン王子は前回見た限りだと信用できそうな言動をしていたからな。国内の人物の人となりも知っているだろうし、協力を仰ぐ相手としては間違いない、とは思う。
そんな調子で色々なケースについて話し合いながら王都を目指してシリウス号は進んでいく。ネシュフェル国内の様子を見ておきたいので、高度は低くして速度もあまり上げてはいないが……まあ、街や街道を往来している人達の様子を見る限りでは国内情勢はまともに見えるな。
街道と言ってもネシュフェルの場合は砂漠の国なので他の国とは様子が少し違っていたりする。砂漠に間隔を置いて柱が打ち込まれていて、ある程度どちらに向かえばいいのかわかるようになっているな。柱にも刻印術式が施されていて、砂に埋もれたり倒れたりしないように作られているようだ。
護衛を連れた商人達もラクダに乗っていたりして、異国情緒のある風景だと言えよう。
そうしてシリウス号が進んでいくと、やがて砂漠の彼方に大きな都市部が見えてくる。
オアシスを都市内部に有し、その近くに大きな宮殿がある。水路も整備されているのか、街中にもあちこち緑が見られるという……中々に壮麗な印象のある都市部だ。
『あれが……ネシュフェル王国の王都、ティルメノンです。私も実際に見るのは初めてですが、使者に聞いた通りではありますね』
エルハーム姫が教えてくれた。
王都ティルメノン、か。
「それじゃあ、少し変装を変えて潜入調査から、かな。襲撃事件にしても、王都ならもっと具体的な噂になっているだろうから、一般の人達からも何か聞けるかも知れないね」
そう言うとみんなも頷く。オーラン王子の動向にしても王都であれば色々情報も得られるだろう。