番外1273 襲撃者と秘宝
そのまま領主のところに赴いて情報収集も行ってみたが……兵士長と同じ情報を得ることで裏付けができた。
命令は王都から国王の名義で発せられているそうで。騎士団も動いているとの事だ。騎士団長は先日オーラン王子に付き添ってジャレフ山までやってきていたらしい。そうなると、俺もあの司令所で目にしているかも知れない。騎士団長も国王やオーラン王子共々評判の良い人物のようだな。
デュオベリス教団の残党に警戒しているから留意して欲しいというのも命令書の中にあったという。教団の関与を匂わせるような証拠があったのかどうかについては領主も知らなかったようだが。
「あまりその辺の事を周知していないのは……教団の残党がこちらで活動しているとなると民への不安が広がるからだ。命令書でも確定してはいないため注視して欲しい、と前置きがあった。それを受けて……王都に帰還する予定だった兵士達の一部にも待機命令が出されているな」
「それは……大変ですね」
「その代わり、そういった者達には追加の物資が運ばれてきた折に慰労が行われた、と聞いている」
領主は静かに頷いて俺の言葉を肯定しつつ、その辺の事も教えてくれた。
なるほどな。だから兵士長あたりに聞いても詳細は出てこなかった、と。
可能性があるという程度に留めているとしてもデュオベリス教団と判断した理由なり証拠なりはあるのだろうが……王都側での出来事となるとやはりそっちに足を運ぶ必要があるだろうな。
ジャレフ山近辺の警戒度が上がっているのは、ガルディニスの隠れ家が実際に見つかっているので仕方のない事だろう。時期が時期だけに、王都に戻った王子を追って襲撃事件が起こったというのも納得のいく物の見方ではある。
王都から増員された兵士を見つけて話を聞ければ王都の事件もある程度分かるのかも知れないが……どうもジャレフ山地方に元々部隊を展開していたからか、規模を減らす前に追加の物資と待機命令が来たようで。
夢の世界での聞き込みは、面識のない個人を特定して呼び出すのは少し向いていないところがあるな。
というのもあまり多くの人数に聞いて回った場合、もし夢での記憶が残っていた場合に共通する夢を見ている、というところから何かの拍子に疑念が生じたり発覚したりする恐れがあるからだ。確率は低いとは思うが、大人数に聞いて回ればそれだけリスクも高くなる。
ジャレフ山の駐屯地で領主や兵士長の話の裏付けをとったら、王都側に向かうべきだろうな。
そうして領主との話を終えて退出し……宿屋の寝台の上で目を覚ます。ホルンも俺と一緒に身を起こした。
「ん……。おはよう」
『おはようございます』
少しかぶりを振って眠気を払いつつそう言うと、ホルンとティアーズ達がこくんと頷いて、モニターの向こうでオルディアが笑みを見せる。
オルディアは能力を活用すれば結界内部に立ち入る事もできるからな。何かの事態に対応できるように仮眠をもう少し後の時間帯にしているそうだ。
「今からそっちに向かうよ。艦橋からそのまま、また夢の世界で聞き込みをして来ようと思う」
『分かりました。眠ったり起きたりは大変だと思いますから、あまり無理をなさいませんよう』
「ありがとう。まあ、その辺は魔法で補うかな」
というわけでシリウス号側に移動して聞き込みの続きと行こう。部屋にはティアーズ達を残しておいて、部屋に誰か来た場合に対応できるようにしておく、と。外から呼びかけられた場合の受け答え程度ならば、夢の世界から戻ってきて中継映像を通して返事をするぐらいで事足りるしな。
「それじゃ、留守は頼むね」
ホルンと共に転送魔法陣の上に乗ってそう言うと、ティアーズ達が頷きマニピュレーターを振ってくる。そんなティアーズ達の反応に少し笑って応じ、転送魔法を発動させる。
光が収まるとそこはシリウス号の船内――簡易竜舎だった。早速艦橋に移動してそこで待っていた面々と挨拶をしつつ野営用の寝具を敷いて情報収集に向かう準備をする。
そうして、ホルンと共に再び夢の世界へと入っていくのであった。
ジャレフ山駐屯地に関しては場所が少しガルディニスの偽装隠れ家に近い場所に移されていたが、指揮官が個人用の天幕で寝泊まりしている、という点は変わらない。だから責任者を見つけるのはそう難しい事ではなかった。
個人用の天幕で眠っている人物の意識を夢の世界に呼んで話を聞く。
「……デュオベリス教団の残党が襲撃してきた、という話については何かご存じでしょうか?」
「多少の事は聞き及んでいる。我らの秘宝を返してもらうと、そんな風に言った者がいるそうだ。だから、内通者がいるのではと、少しばかり上は神経質になっていてな。下手人を取り逃してしまったというのもある」
少しだけ夢の世界での容姿を変えつつ、補充されてきた新兵だと挨拶してから尋ねると、駐屯地の指揮官からはそんな証言を得る事ができた。
我らの秘宝、か。それは確かに……言葉通りに受け取るなら教団の残党でもおかしくはないが。バハルザードの時のように教団の悪評を利用する何者か、というのも有り得る。或いは……ネシュフェル独自の事情に絡んだ何か、という可能性もあるな。
いずれにしても教団が絡んでいたり名前を騙っている者がいるとするなら……ガルディニスから伝言を預かり後始末を頼まれた身としては見過ごせない。
一先ず各々の証言に矛盾はなく、裏付けも取れた。領主や兵士達がこういった認識でいる、というのは間違いない。
オーラン王子については――その後の動向は分からないが王都にいるのではないか、との事。
実際の襲撃の様子についてやオーラン王子の動向は分からないので、いずれにしても後は王都で情報を集めるしかなさそうだ。ただ……予想をするならこの時期にデュオベリス教団の残党が襲撃してきたと予想したのなら、バハルザードとの情報共有というわけにはいかないだろう。情報漏洩の危険等を排除してからでないと働きかけが藪蛇になる可能性があるからだ。
というわけで情報収集を一先ず切り上げ、ホルンと共に夢の世界から戻ってくる。
「どうでしたか?」
目を開いて上体を起こすと、オルディアが尋ねてくる。
「情報はいくつか集まったから、それを元に王都でも聞き込みができそうではあるね。得られた情報については明日の朝、街を出て合流して……みんなが揃ってから話をしようか」
宿屋に戻って穏当に街を出るところまでやっておかなければならないからな。そう伝えるとオルディアは静かに頷いたのであった。
「それじゃあまた明日の朝」
と、言うとオルディアとホルンが揃って頷く。ホルンはまあ、宿屋側に戻る必要がないので、このままシリウス号で待機だ。
艦橋から出る前に、ホルンが一声上げて俺に術を掛けてくれた。柔らかい光の粒が周囲に漂い薄れるように消える。良い夢が見られるように、という加護のようなものらしい。
「ん。ありがとう」
礼を言うとホルンは嬉しそうに声を上げていた。うむ。
そうして簡易竜舎から転送魔法を使って再び宿屋の一室に戻る。見張りをしてくれていたティアーズも転送魔法でシリウス号へ送り、転送魔法陣等を片付ければ今日の仕事は一先ず終わりだ。明日になったら何事もなく宿の部屋を引き払い、街を出てどこかでみんなと合流するという流れだな。
光に包まれながらマニピュレーターを振るティアーズに俺も手を振り返して見送る。これからまた睡眠をとるので、シリウス号からの中継映像は眠る前の挨拶をしてから一時的に音声を切ってくれた。
部屋の中に静寂が訪れる。では……明日に備えてもう休んでおこう。
それにしても我らの秘宝、か。それは果たしてガルディニスの隠れ家にあったものなのかどうか。
少し思索を巡らせつつ、寝具の上で横になって俺は目を閉じるのであった。