番外1272 夢の街にて
やがてシリウス号側も食事が終わる。
転送魔法を使う前に扉に鍵をかけ、防音の魔法を用いる。魔法の光が窓から漏れるのも困るので、そちらも闇魔法のフィールドで覆う。
暑い地方なので外の景色を見るための窓というよりは、明かりを確保するための採光窓だ。外から覗かれる心配はないので一先ずはこれで大丈夫だろう。
ホルンを迎える準備ができたところで転送魔法を用いてこちらに来てもらう。
第二船倉は使っているので、シリウス号の転送陣は今、船内の簡易竜舎内に描いてある。リンドブルムやコルリスが寝泊まりできる設備として造ったものだが、最近は艦橋でのんびりしていたりするし、リンドブルム達が竜舎を使っても尚スペース自体が余っているからな。
というわけで竜舎内に描いた魔法陣にホルンが到着したところで、魔法を発動させる。
魔法陣が光の柱を放ち、そうしてホルンが宿屋の客室にやってきた。嬉しそうに前足を上げるホルンとハイタッチをする。ティアーズも一緒にこっちにやってきて、それに倣うようにマニピュレーターでハイタッチをした。
ティアーズは俺とホルンが寝ている間の護衛をしてくれるというわけだ。
まあ、ホルンによれば何かあれば察知してすぐに目を覚ます事ができるとの事であるが。
『ホルン達も無事に到着したようですな』
「ああ。このまま夜が更けたら作戦を始めようと思う」
『わかりました。私達は順番に仮眠を取って夜に備えようと思います』
オズグリーヴとそんなやり取りをする。シリウス号側に残った面々は、ホルンの夢による情報収集中に現実世界の監視等、俺のフォローをする形で手伝ってくれるわけだ。
『シリウス号は予定通り、このままジャレフ山の駐留地の近くに移動しておきましょう』
ウィンベルグの言葉に、こくんと頷くアルファである。転送魔法陣によってジャレフ山側にも情報収集に行けるように準備をしておく手筈だ。
あまり離れ過ぎるとホルンの能力も届かなくなるからな。宿屋とシリウス号を行き来して情報収集を行えばスムーズだ。
それまでは色んな状況を想定して作戦等を打ち合わせておこう。
『もし宿の方で何かあれば、カストルムや働き蜂達は即座に向かえますし、ジャレフ山から街までもそこまで時間はかからないかなと』
『私の能力を併用しても結界は越えられますから、戦力が足りない場合はそうした手もあるかと』
オズグリーヴとオルディアが言う。
「そうだね。ティアーズにも護衛として来て貰ったけど、人手が足りなくなる状況も有り得ない話じゃないし」
俺自身の身なら守れるし、大事になって注目を受けるような事態は避けたいが……例えば俺達ではなく住民に危害が及ぶような状況ではみんなの助けも必要だ。今のところそうした非常事態への対応が必要な状況というわけではないが、いざという時の方針は決めておいた方が良い。
『襲撃者らしき連中を発見した場合は?』
「余程の確信が持てない限りは追跡調査かな? ベシュメルクの時のスティーヴンみたいに何か事情があってのことかも知れない。勿論、人命に関わる場合は割って入るとか、状況によっては介入を考えるけれど」
『見極めるまではなるべく穏当に、というわけだな』
俺の返答にテスディロスは静かに頷き、カストルムも目の部分を明滅させて了解したというように音を鳴らす。
「割って入って戦闘を終息させる程度に留めておけば、事情がどうであれ対応の見直しができるからね」
基本的な方針としてはこんなところか。
『襲撃者の正体についても話し合いたいところだけれど……流石に現時点では情報が足りていないわね』
「デュオベリス教団の残党、というのも考えられなくはないけれどね。そう言える情報もないからな」
ローズマリーの言葉に答える。
ともあれシリウス号側のみんなも風呂に入ったり仮眠をとる順番を決めて動き出した。俺も眠る前に浄化魔法を使って身支度ぐらいは整えておこう。
宿に風呂はないが湯桶等は貸してもらえるという話だったが、生活魔法が使えるので大丈夫と断っているしな。
そうして諸々眠りにつく前の準備を終えて、隣に寝そべったホルンを軽く撫でつつみんなと相談を続けたり、雑談をしたり、イルムヒルトの演奏を聴いたりしながら時間が過ぎて行ったのであった。
――目を開ける。靄に包まれたようなネシュフェル王国の街は、ホルンの能力と街に住まう人達の意識が作り出した産物だ。
隣にはホルンがいて、俺を見上げて一声上げる。
「ああ。それじゃあ始めようか」
ウィズとネメア、カペラといった面々は俺の護衛で夢の世界の外で警戒しつつ待機してくれているな。ティアーズもいるしみんなも中継映像で状況を見てくれているから、諸々安心して行動できる。
聞き込みをする相手については、多少目星もつけている。兵士達の詰め所の場所も分かっているし、領主の名前や住んでいる場所も把握済みだ。後は夢の世界でその近辺に向かい、関係者らしき意識を見繕って話を聞いていけばいい。
聞き込みする内容としては……襲撃に関するもっと詳しい部分と、オーラン王子のその後や国王からの指示について、だな。駐留部隊共々空振りだったら王都に向かうしかないが。
靄に包まれた街並みは――どこか輝いているようにも見える。静かで温かな雰囲気はホルンの能力だからこそだ。悪夢を食らい、吉夢を見せるのが獏の本領だから、こういう安心するような雰囲気がある。
ホルンに手伝ってもらうにあたってこの部分は重要だ。可能な限り獏の能力に沿うように行動を心がけないとな。
というわけで、街を歩いてまずは兵士の詰め所へ。多数の意識から作り出しているものなので基本構造に関しては本物と同じはずだ。
到着したら少し詰め所内部の構造を見せて貰って、同時に眠っている意識の位置を把握。なるべく身分の高そうな人物を見繕って夢の中に引き込む。
俺も相手から受け入れられやすいようにネシュフェル兵の格好をさせてもらう。ホルンは……見えないように靄の中に姿を隠したようだ。
「挨拶に参りました」
「ん……。おお、そうか」
夢の中に引き込まれてぼんやりと佇んでいた兵士達の上役らしい人物に声をかけると、こちらに振り向いて応じる。
夢の中で意識レベルが低めなので、仮眠室に何故いるとか、そういう細かい事は気にならない。少し体裁を取り繕ってやれば怪しまれないというのは楽でいいな。
「王都より命令を受けて参りました。現地でオーラン殿下に親しい方に指示を受ける様にと仰せつかったのですが……オーラン殿下や先の襲撃事件に関して何かご存じでしょうか?」
と、そんな風に尋ねると兵士の上役は少しぼんやりした様子で額に手を当てて思案していたようだが、やがて話をしてくれる。
「私はオーラン殿下について詳しくはないが……ジャレフ山に駐留している者達に尋ねるのが良いのではないかな……。襲撃事件に関しては……そうだな。デュオベリス教団の関与を疑っているので警戒を強めるようにという……お達しが来ている。それ以上の詳しい事は……特に耳にしていない」
そんな風に答えてくれる。
「ありがとうございます」
礼を言って退出する。あまり色々同じ人物から情報を聞き出していると印象が強くなってしまい、夢から目覚めた時に記憶に残っている可能性が出てしまうからな。情報の提供元は他にもいるので、分散して裏付けをとりつつ進めた方が良い。少ししてホルンも部屋から出てきた。
情報収集のお礼に吉夢を見られるようにしてきた、との事だ。
まあ、そうなると俺と夢の中で会ったという記憶も他の夢に流されて、目覚める頃には忘れてしまうというのもあるだろうが。
とりあえずこのまま他の面々にも話を聞いて情報を集めていこう。デュオベリス教団の関与を疑っているというのは分かったが、その根拠に関しても聞いてみたいところだな。