番外1271 オーラン王子の動向は
「オーラン殿下なら確かにこの街にも視察においでになられた。噂に違わず、聡明そうな御仁だと評判になっていたよ。この国の未来も明るいな」
露店を広げて、行商のついでにオーラン王子についても話題に出してみるとそんな答えが返ってきた。時期としてはやはり前回俺達がジャレフ山で隠れ家に関するあれこれをしていった時のようだ。
何人かに話題を振ってみたがオーラン王子がこの街の視察をしていった事を喜んでいるように見えるな。王都から出向してきた兵士達も駐留しているが練度が高いのか規律正しいという話だ。実際街の人達も歓迎しているように見えるな。
そんなわけでオーラン王子の評判は良いようだ。ただ、王都に戻った後の事となると王宮にいるのではないか、という返答があったぐらいで、ガルディニスの伝言を回収後、具体的に王宮でどうしている等といった情報は出てこなかった。
まあ、移動速度や情報伝達の速度を考えればそれも仕方ないところではある。駐留部隊の司令所あたりにはオーラン王子かネシュフェル国王からの命令が来ているかも知れないが、実際王都に足を運んでみないと今どうしているのか、ガルディニスの伝言を受けて次に何か行動を起こすのか、といった点については現場では分からないかも知れない。
「とりあえず……街中での情報収集はこんなところかな」
『ガラス細工の売り上げも上々でしたね』
エルハーム姫が少し笑って言う。
そうだな。情報収集ついでに販売していた品だったが、結構売れ行きが良い。
前回来た時に少しばかり相場も把握しているからな。装飾品なので値段設定も少し高めに設定していた。少し高めといっても手が出ない程の値段でもないしな。
「客が来た時に少し考えてもらうついでに話題を振れる、って考えてたんだけど、結構売れたね」
結構人目を引いたというか。まとめて買っていった者もいたのでネシュフェルの通貨もそれなりに得る事が出来た。これなら色々と行動の自由も増えるだろう。
『中継映像を見る限りでは作りも精巧で見た目も綺麗だったものね』
『そうね。売れ行きが良いのも分かるわ』
クラウディアとローズマリーが言う。ネシュフェルは暑い地域なので涼しげな色合いのものをという事でオアシスをイメージした色合いの置物を作ってみた。
水辺と椰子の木、ラクダといったもののガラス細工だな。土台部分の裏側にロゴマーク風に構造強化の刻印術式を入れてある。これにより細かい装飾のガラス細工でありながら結構壊れにくくなっている、というわけだな。
「帰ったら部屋に飾れるガラス細工の置物を作ろうか」
『ふふ、楽しみにしているわね』
イルムヒルトが微笑み、みんなも表情を綻ばせる。うむ。
ガラス細工であっても構造強化してあれば子供達が生まれてきても安全だしな。
みんなと少し話をしながらも更に情報収集を続けて、並べたガラス細工がもう一個売れたところで露店を畳んだ。そろそろ日も暮れるしな。良い頃合いなのではないかと思う。
この後は宿をとって転送魔法でホルンと合流。夜中に街中やジャレフ山の駐留部隊に絡んで夢の世界での情報収集をする予定だ。
評判のいい宿については情報収集してあるので、まあ、そこに向かうのが良いだろう。
シリウス号側のみんなの夕食はどうしようかという話も出たが、今日の夕食や明日の朝食についてはテスディロス達がみんなで料理する、との事だ。
『では、私達も夕食の準備をしてきましょう。多少は解呪後の生活にも慣れてきましたからな。自分達で料理するというのも楽しいものです』
『私は元の暮らしでも多少炊事をしてきましたので、今回はお役に立てるかと思います』
ウィンベルグが言うとオルディアも笑みを見せていた。
「食糧庫の食材はどれも自由に使ってもらって構わないよ。いざとなれば転送魔法もあるし」
『ふむ。皆で作る夕食というのも楽しそうだな』
と、顎に手をやって言うテスディロスにオズグリーヴも目を閉じつつ笑みを浮かべていた。アルハイムも「手伝う」とやる気を見せているな。シリウス号側は楽しそうで結構な事だ。
俺も大通りを進んで教えられた宿屋に向かう。一階部分、入ってすぐのところが食堂になっている造りの宿で、結構賑わっている印象があった。
軒先を潜るとすぐに給仕が声を掛けてくる。
「食事を頼めますか? 宿泊もしたいのですが」
と、伝えると笑顔で愛想良く応じてくれる。部屋にも運べると言われたが……部屋でする事があるので食器の片付けを待ったりしなければならなくなる。一階で食事を済ませてしまう、というのが良いだろう。
建築様式もだが客層も料理も異国情緒があるしな。こうした中で食事をするというのも悪くない。
料理は何が良いのか分からなかったので、おすすめの物を何品か、と頼んで、宿代と共に先払いしておいた。
そうしている間もシリウス号ではテスディロス達がそれぞれ真剣な表情だったり穏やかな表情であれこれと相談しながら料理を進めていたりして。
フォレスタニアでも夕食の準備が進んでいるようだ。周囲の賑やかさも相まって、俺としても中々に楽しい時間だな。
ネシュフェルは……結構豊かな国という印象がある。ジャレフ山が水源になっているのでこの街は水資源が比較的潤沢というのもそうだが、刻印術式は農業や食料の備蓄等にも活かされているという話だから、ネシュフェル全体の魔法技術が高い部類なのだろう。
魔力溜まりの砂漠地帯があるから交通の利便が悪くて交流が少ないのが惜しまれる話ではあるな。
やがて料理が何品か運ばれてくる。パン。豆料理にトマトスープ、蒸し魚等々……豆料理は円やかな味わいだし、スープや蒸し魚は酸味が効いていたりスパイシーな味付けで堪能させてもらった。信用のできるおすすめの宿という事で教えてもらった店であるが、情報を集めておいたのは正解だったな。
やがて食事も終わり、2階の客室に通してもらう。
しっかりとした個室だな。靴を脱いで絨毯の上で過ごす、というのはバハルザードと同じ様式のようだ。
旅で疲れているから明日の朝までゆっくり眠らせて欲しいと伝えると宿の給仕は「わかりました」と応じてくれた。とりあえずは部屋に篭って、朝までは自由に行動できそうだ。
さてさて。荷物の中から中継用の水晶板や魔法陣を描いた布を取り出す。
布については二重構造になっていて、木魔法で端を縫ってある木綿糸を抜いてやらないと魔法陣部分を広げられない構造だ。
糸を抜いて布を広げると内側に魔石の粉を固着させた転送魔法陣が描かれている。
これと召喚用魔道具、フォレスタニアやシリウス号側の魔法陣と合わせる事で、どこでも転送魔法をお手軽に使える様にしよう、というわけだ。魔道具や転送対象もないと単体では役に立たないものではあるがセキュリティを高める事には繋がっているかも知れない。
こっちの準備が終わった頃にフォレスタニアやシリウス号側も料理が終わったようで、サロンや艦橋に食事を運んで夕食の時間となっていた。俺と合流する予定のホルンも食事の時間だな。
「とりあえずこっちの準備はできたけど、食事は気にせずゆっくりでいいよ。動く予定もみんなが寝静まった頃合いの話だし」
そう伝えるとホルンはこくんと頷いて嬉しそうに声を上げる。
俺も茶を飲みながらみんなの食事風景を眺めてゆっくりさせてもらうか。
テスディロス達は米を炊きつつ唐揚げを作ったようで、口に運んで「良い出来だ」と満足そうに頷いていた。アルハイムも唐揚げを食べると「おお……」と目を丸くしている。
各氏族の面々もそうだが、テスディロス達も楽しそうに料理をしていて何よりだな。