番外1270 ネシュフェル王国の事件
シリウス号をジャレフ山近隣の街に移動させつつ、その間に潜入捜査の準備を始める。キマイラコートとウィズを変形させ、フード付のマント風にするわけだ。
それから変身呪法で目立たないようにネシュフェルの人々に溶け込めるように姿を変える。
ネシュフェルの人達の間では刻印術式を刺青にして生活の中で役立てるのが一般的なものとして根付いているようだからな。その辺も再現しておいた方が溶け込みやすいはずだ。
というわけで、前に情報収集した時に覚えておいた強い日差しからの防御の刺青を変身呪法で再現しておく。
刻印術式を顎から首のあたりにかけて見えるように配置する。本物の刺青ではないので変身を解けばこれも消えるが。ウロボロスは例によって表面を木で覆って偽装する。
「一先ずこんなもんかな。どこかおかしいところとかないかな? 顔も……もっと元から遠ざけた方が良いかも知れないけれど」
みんなに見てもらって自分では気付かないボロが出ていないか確認をする。
『ネシュフェルの事は映像でしか見ていないけれど……わたくしから見ておかしなところは見当たらないわ』
『精悍そうな印象があるわね』
『テオドール様は鍛えていらっしゃいますからね』
ローズマリーが羽扇で口元を隠しつつそう言うと、クラウディアとアシュレイが同意する。
『ふふ。そうですね。そのお姿も格好いいです』
『ん。似合ってる』
グレイスが表情を綻ばせ、シーラがそんな風に言うと、マルレーンもこくこくと首を縦に振る。
「んん……ありがとう」
少し気恥ずかしくなって頬を掻きながらそう答えると、イルムヒルトが楽しそうにくすくすと笑う。
『とりあえず問題はなさそうね』
「そうだね。ただ念のため……体型ももう少し目立たないようにするかな」
ネシュフェルの人達はどうも肉体美を誇る文化があるようで比較的露出が多めだ。日差しの強い地域でありながら刻印術式で対策ができるからな。
身体に残った傷痕は人目をひくので変身呪法で見えなくしているが、体型というか筋肉回りも少し目立たないようにしたい。かといって細身過ぎると、それはそれでネシュフェルの人達の中では逆に目立ってしまうというのはある。
変身術式は身体能力にも影響があるので、見た目を目立たない程度に誤魔化しつつ普段通りに動けるようにしておく。
『んー。そのぐらいなら大丈夫……かしら?』
『加減が難しそうですね』
ステファニアが顎に手をやりながら首を傾げつつ見解を口にすると、エレナも苦笑しつつ首肯していた。
「ふむ。見た目は傭兵を志した新入り、ぐらいだろうか」
というのはテスディロスの見解である。そのぐらいならとりあえず問題はなさそうだ。
では、この格好で街に潜入してみるとしよう。今回は情報収集も最初から視野に入れていたので、そのための準備もしてきている。
ガラス細工……土魔法で作った装飾品を収めた箱を入れて背負う。荷物の中に紛れ込ませる形でハイダーにも同行してもらって中継をする、と。
「気になる事が出てきたらホルンに手伝ってもらえると助かるよ」
そう言うとホルンもこくんと頷いて任せて欲しいというように声を上げていた。
何か気になる情報が出たら夢の世界で情報収集する、というわけだ。夢を活用した情報収集の場合、相手の意識が曖昧な部分があるので、最初から聞くべき事を決めておかないと効率が悪くなってしまうからな。
それに、まだ日中なので獏であるホルンが本領を発揮するには早い時間帯だ。
バロールとシリウス号にしっかり魔力補給をし、隠蔽フィールドを持続できるようにしてから俺自身もマジックポーションを飲み干す。
「それじゃあ行ってくる」
『お気をつけて』
ネシュフェルに潜入するという事で、風習にある程度知識のあるエルハーム姫も中継映像を通して見てくれているな。
「留守は任せて下さい」
というウィンベルグの言葉に頷いて甲板に移動。そこから隠蔽フィールドを纏って降下する。街道から少し離れた――岩場の日陰に着地。
日陰で少し休んでいた、という体を装って街道に合流して、そこから歩いて街へと向かう。
見慣れない顔という事で門番に呼び止められたがそこは「行商に来た」と伝える。
「必要であれば荷物もお見せします」
「そうか。では、念のために確認しておこう。最近少し物騒でな」
「何かあったのですか?」
荷物を広げてガラス細工を見せながら尋ねる。
「おお。こりゃ見事なもんだ……。もうしまっていいぞ」
と、そんな風に言われたので頷いてガラス細工を片付ける。
「物騒ってのは……兵士が正体不明の集団に襲撃を受けたって報告があってな。少し警戒を強めてるんだ。お前さんも何か怪しげな連中を目撃したり気付いた事があれば俺達に教えてくれ」
「分かりました」
所属不明の集団……。俺達がモニュメント関連の仕事をしている間に何かあったか。
ジャレフ山の偽隠れ家付近は兵士達が常駐していて警備態勢は元々厚い。ハイダーによって観測している範囲では変化や異常はないようだが、駐屯地の司令部ではその辺の話が出ているかも知れないな。後でホルンに手伝ってもらう時、ジャレフ山に常駐している部隊も情報収集の対象にしてみる、というのが良いだろう。
ともあれ、その辺の情報収集の効率化の為にもう少し街中で聞き込みをしてみるか。俺も行商を装っているので護衛を考えないといけないとか、色々話題に出すための名目は立つ。
そんなわけで外壁の内部へと進み……まずは活気があるか等、街中の様子から見て行く。
印象としては前に来た時とそれほど変わらない……かな? 前回の時点で既にジャレフ山の探索任務があったからあの時は兵士が多かった理由もはっきりしている。オーラン王子達としては隠れ家を見つけた後に駐留する兵士の規模を下げる予定だった。
だから兵士が減っているように感じられない、というのは事件が関係しているからというのはある。要するに、襲撃した連中とガルディニスの隠れ家に関連性があるかも、と疑っているからこの街の兵士を増強している、というわけだ。
ここから聞き込みをしつつ裏付けを取っていくとしよう。こういうガラス細工を買い取ってくれそうな店もリサーチ済みではあるが、俺は初めてここに来たという設定で変装をしているので、露店を開いて情報収集したりしつつ向かうというのが良さそうだ。
街を警備する兵士達に露店を開きたいという旨を伝えて注意点を聞いたりしつつ、最近の治安について尋ねてそれとなく情報収集をする。
「あまり懐に余裕があるわけではないのですが、やはり旅をするときは冒険者を雇ったりした方がいいのでしょうか」
「そうかも知れんな。最近王都近辺でも何やら事件があったと聞いている。俺は末端だから詳しい事は聞いてないが、見慣れない連中には注意するように言われてるからな。坊主は……そういう雰囲気じゃないが、気を付けろよ」
と、兵士はそんな風に教えてくれた。俺に対する印象については職業柄怪しいところがないと踏んだか、わざわざ不審な連中が顔を晒して話しかけて目撃証言を残すわけはないと判断したか。年齢やぱっと見で1人である事もそういう結論に繋がっているのかも知れない。
ともあれ……なるほどな。礼を言って兵士と別れる。
『王都近辺であった事件、と』
「そうだね。ガルディニスの事もあるし、その辺は調べておいた方が良いな。オーラン王子とその後の対応も含めて情報を集めておこう」
オーラン王子については少し前までこっちに来ていたからな。王子についての話題をそれとなく振るのもそう難しい事ではないだろう。