番外1269 境界公と遺された呪物
「剣呑な書物が多いですね」
「本当にね。後始末を考えるのが大変だ。とりあえず、フォレスタニアに戻るまではこれで守ろう」
オルディアに答え、邪法を記した魔導書を箱に詰めていく。危険物も多いのできちんと封印や運搬、管理ができるように目録も作っておこう。
「んー。目録の記録係を頼んでも良いかな?」
と、筆記用具を魔法の鞄から取り出して頼むとティアーズがこくんと頷いて、それを受け取った。木魔法で薄い板を作り、バインダー代わりにしてそれも手渡すと俺に随伴しながらマニピュレーターで一つ一つ記録してくれる。
モニター越しではあるが、ジョサイア王子も中継映像で見届けてくれているのでこれで一先ずは問題あるまい。
魔導書を収めた箱自体にはメダルゴーレムを埋め込んでおく。運搬もしやすくなるが、普通の容器よりは何かあっても対処しやすいだろう。
んー。本そのものをゴーレム化して記述部分を変形させ、一定のアルゴリズムに従って暗号化してしまう……なんてことはできるだろうか? 流石に試した事はないので後で帰ったら実験してみたいところだが。
実験器具や大鍋に関しては……問題ない品々だな。
普通に品質が良く、手入れも行き届いている。魔術師としてのガルディニスは、調合や実験を丁寧に行う性質なのだろう。
一通りチェックを終えて、実験器具や大鍋を少し移動させる。
「こっちに動かした品々は危険もないから運び込んでもらって構わないよ」
そう伝えるとティアーズと働き蜂達はこくんと頷いて、それらの品々を隠れ家から運び出してシリウス号へと積み込み始めた。
書物の類も一通り調べ終わって危険度も判定済みなので、保管庫の方に移っていこう。
保管庫を覗いて見れば、様々な物品や箱が所狭しと収納されていて一見雑然とした印象がある。分類ごとに整理はされているようだな。
……この時点で既に妙な魔力反応がちらほら見られる。
「妙な魔力反応が色々あるから、一見変哲のなさそうなものでも触れないようにね」
「わかりました」
俺の言葉に静かにオルディアが頷く。
では……一つ一つ丁寧に見て行くとしよう。
一番に気になった品々としては……この場には似つかわしくない日用品だ。手鏡、農具、剣、靴と様々な物が置かれているが、使用目的が違うのに共通した魔力波長を宿している。その魔力波長から……何となく用途が分かるというか。
承知の上でその内の一つを手に取ると身に付けていた護符が端から焦げだした。
「……間違いない。人工的な呪物だな。日用品に紛れ込ませて暗殺か脅迫する対象に送りつけたり、身の回りに紛れ込ませたりするんだろうね」
実際に使う予定があったのか、精度を上げるために作製や実験をしていたか。護符への負荷から見ると強い呪物ではないが……身の回りに置いておくのは御免被りたいな。
「封印しますか?」
「いや……。用途が用途だけに、呪物は紛失したり持ち出されるとまずい。これはこの場で無害化してしまおう」
オルディアに答えて呪物にウロボロスを翳す。呪物であるなら対呪法で対応できるはずだ。マジックサークルを展開するとガラスが砕けるような音が響いて、置かれている日用品型の呪物から光の欠片が飛び散る。
同時に、僅かに焦げていた護符の侵食も止まった。これなら問題ないな。剣を手に取って少し調べてみると、柄頭の部分が外れるようになっていて。そこに呪法の触媒らしきものが収められていた。何か焦げたような欠片。
これも念のために浄化してしまおう。こうした触媒を残しておくと、再度呪物として起動させる事も可能だと思うし、機能しなくなるように処理しておく。
「多分、魔力波長からして闇魔法系統の応用かな。ベシュメルク式の呪法ではない、と思う」
『デュオベリス教団への技術流出というわけではなさそうで……そこは安心しました』
『外部で発展した呪いの業か。基礎として共通する部分はあるが……』
と、中継映像で見たエレナとパルテニアラが言葉を交わす。
無力化した触媒は浄化処理済み、と記載した小さな箱にしまっておく。
というわけで呪物から触媒を抜き取って同様の処置を施していく。解呪した日用品にも解呪処理済みという事で紐を結んで印を付けておけば紛れる事がなくて安心である。
無力化は済んでいるが目印がついていれば分かりやすいしな。魔力が残っているかどうかでも処理済みか判別できるし。
というわけで呪物に関してはこれでいいだろう。記録係のティアーズに記載してもらいつつ、更に作業を進めていく。
貴重な素材や触媒の類も色々と見つかった。その中でも悪用される危険性の高いものは封印術を施したり、オルディアの能力で効能を宝石に封じ込めて分離したりして固定するといった処置を施していく。宝石化したものもタグを付けて分かりやすくしておけば安心だ。
封印術を施したり能力を分離されている以上、素材や触媒としての用を成さないので、この状態で保管してしまえば安全性が高まる。
武器防具、魔道具もあるな。魔力は宿っているが護符で判定して見ても負荷がかかっていないようだから、とりあえず呪物ではないようだ。
「害は無さそうだけど……保管庫で検分するのはな。他の魔道具もあるから用途の分からない物を発動させるのはやめておいた方が良さそうだ」
用途が不明なら改めてガルディニスに聞いてもいいが……一先ず害が無さそうなら封印と固定化の処理をして要検証のタグを付けて、船に運び込んでしまうというのが良いだろう。持ち帰ってから広いところで一つ一つ検分や試用を行えば事足りるはずだ。
そうして、一つ一つ目録に記載しながら作業を進めていく。処理の終わったものはシリウス号に積み込んでいく。
最後に残った机、家具類を運び出し、諸々の作業は完了だ。
『隠れ家自体は……どうなさいますか?』
と、エスナトゥーラが尋ねてくる。
「伝言と偽の隠れ家を残した以上は物品を回収したら潰すべき……というのがガルディニスの意見だね。他人の造ったものを壊すのは少し抵抗があるけれど……確かに、残しておくわけにもいかないというのは分かる」
偽の隠れ家に疑問を持たれるような証拠を残しておくわけにはいくまい。
処理としては構造強化を解いて質感を周囲と合わせてから、内部空間を土魔法で埋めればいい。そこまでやれば痕跡は残らないはずだ。入口部分の仕掛けであるとか、魔法の明かりなども残らず撤去していこう。
見逃しがないように確認をして、隠れ家の後処理を丁寧に行う。奥の部屋から埋めていく。机や椅子、棚といった品々もきちんと片付け、壁や天井に埋まった魔道具の回収、それにこの場所を見張るハイダーも撤収である。
「よし。これで大丈夫かな」
最後に入口の部分を岩で埋めて塞げば作業完了だ。
後は危険物をきちんと船倉に固定しつつ目録通りか確認をすればガルディニスの隠れ家に関しては大丈夫だな。
そうして……やがて確認も終わる。
同行者、ティアーズ、働き蜂の点呼も済ませてから艦橋で茶を飲んだりして一旦休ませてもらう。
俺の仕事としてはネシュフェルでの情報収集が残っているが、とりあえず隠れ家に絡んだ仕事は終わったからな。
「この後は近隣の街へ行って情報収集だね。まあその過程で問題が起こっても対策ができる人員の事を考えると転送はしない方が良さそうだ」
俺がそう言うとみんなも頷く。
危険物は石の箱に詰めて船倉に置いてあるし、船倉自体も余人が立ち入れないように鍵をかけた。封印もしてあるし、このままの態勢で対応してから帰る、という事もできるだろう。