番外1268 黒骸の遺産
シリウス号をガルディニスの隠れ家の近くまで動かしていく。山中、氷河の近くの少し開けた場所だ。ガルディニスは氷河の影響を受けないような位置を選んだようではあるな。
「まずは周囲の状況を見て、誰もいないようなら動いていこうか」
みんなにそう伝えつつ上空を旋回。生命反応がないか、ティアーズ達と働き蜂が注意深くモニターを見ていたが、やがて問題ない、と伝えてくる。
というわけでシリウス号は隠れ家の入口から少し離れた場所で待機だ。石化の効果範囲にもよるが、カストルムの探知波を既に一度受け止めているので、そのデータを元に石化の影響を消し切れる距離や位置を算出したわけだ。
もし封印解除を失敗した時の余波を分解術式で消すのならば、俺の背後にいるにしても適切な距離、位置があるから、その座標で待機させておけばいいというわけだな。
「シリウス号の位置はここで良いかな。契約系の術式による石化発動らしいから、呪法による防御も併用しておく必要があるけれど」
「ふむ。皆の護符を確認しておきましょう」
俺の言葉を受けてオズグリーヴが言うと、一人一人が護符を確認して「問題ない」と伝えてくる。
ガルディニスの仕掛けた術の形式を考慮に入れると、実際の封印解除にあたる俺自身は勿論、同行している面々や船を更に対呪法……身代わりの護符で守る必要がある。分解術式と護符。この二種の防御法を組み合わせる事で、俺達の石化を防ぐ事はできるはずだ。
ただ地中……隠れ家内部からの発動なので、分解術式でも護符でも発動してしまった場合の影響を完全消去とはいかないのが面倒なところだが。
ともあれ下準備はできたな。実際に動いていくとしよう。
オズグリーヴと共に船の外――偽装された隠れ家の入口へと向かう。
「私はどのあたりに位置取れば良いでしょうか?」
「少し背後で問題ないよ。偽装しやすい位置だろうし。但し、分解術式を発動して展開する可能性があるから、作業中は動かないようにして欲しい」
「承知しました」
というわけで周囲から見えないようにオズグリーヴの煙があたりを覆い、表面の色や質感を変えることで俺達の作業風景が見えないように偽装する。
封印を解いた後もこの調子で周辺を覆っていてもらう事になるな。
さて。では始めようか。
ガルディニスに聞いた封印解放の条件に合致しているか再度確かめ、入口のある部分――岩肌に向かって手を翳す。魔力反応は……以前来た時と少し変わっているな。正規の手順であれば解除可能になっているのだろう。
ガルディニス自身であれば時期を選ばずとも隠れ家に入れるそうだが……こうしてガルディニス以外の誰かが入ることの出来る時期と、その手順を残していたのは、もし高弟としても良いような人材を得た場合に試すことができるから、という事らしい。
その点では教団の副官であった吸血鬼……ヴァージニアには更なる成長を期待していたそうだ。俺達との戦いに勝っていたらヴァージニアが隠れ家内部の物品を受け取っていた、という未来も有り得たのかも知れない。
或いは……反乱を起こしてヴァルロスに敗れたというガルディニス氏族の副官が受け継いだ可能性もあるか。
ともあれ、今の時期ならガルディニスに教えてもらった術式で封印を解放できるはずだ。
深呼吸を一つしてから十分に魔力を練り上げ、マジックサークルを展開する。
同時に分解術式、呪法防御の術式を構築して、封印失敗に備えつつ最初に展開した解除の術式を発動させた。
隠れ家入口の魔力が反応を見せる。片眼鏡で魔力の動きに注視していたが……どうやら大丈夫そうだ。
自然の岩肌に見せかけられたそこに術式が作用して溶けるようにして岩が消え、内部に立ち入るための空洞が現れる。
「よし。とりあえず解除できたかな」
そう言いつつ続けざまに次の術式を展開。封印が再度かからないよう、魔道具を完全に停止させておく必要がある。これも――きちんと術式が機能したようで、入口近くの壁に埋め込まれていた魔力反応が薄れて消えて行く。
「これで大丈夫だ。内部を見ていこう」
「順調で何よりですな。私はこのまま偽装を維持しておきましょう。この規模であれば当分は維持できるかと思いますので」
と、オズグリーヴが穏やかに笑って応じる。
「ありがとう。それじゃあ作業を進めていこうかな」
そう言うと艦橋の面々も頷く。シリウス号が現場に近付き、隠蔽フィールドの中からオルディアと共にティアーズ、アピラシアの働き蜂達が合流してくる。
では、内部を見ていこう。ガルディニスの遺した品々の見分と封印。それから回収だな。
内部に入ると自動で魔法の明かりが点灯した。内部は――書斎兼実験室といった雰囲気で少し広めに造られているようだ。
机と椅子が配置されていて、各種魔法実験に使うような器具や大鍋が置かれており、一通りの事はできるようだな。
書棚に収められた本は魔導書と資料の類。奇妙な魔力反応を宿した本はないようだ。少なくとも、魔法の罠等はないようだな。入口の罠が強烈なので内部にはわざわざ仕込んでいない、と。
机の上に手記が置いてあるがこれが本命と言って良い。ガルディニスの遺した研究成果等を纏めたものだ。
「ガルディニスの話によると、あっちの部屋は保管庫らしい。魔道具や呪物。触媒の類を保管していると言っていたから、先にこの部屋から進めていこう」
「分かりました。問題がありそうなら対応します」
俺の言葉にオルディアが頷く。魔人の隠れ家だからな。普通の生活に必要な設備はなく、書斎兼実験室、それから保管庫で完結している。
というわけでまずは書斎から。手記に関してはざっと目を通してみるが……半魔人の作製術や闇魔法系統の攻撃術式等、ガルディニスの手札として実際に見たものも記述されているな。
信徒から力を引き出す術。逆に一時的に力を与えて増強する術。それにネシュフェル王国の刺青の刻印魔術についても研究している。確か……襲撃してきたデュオベリス教団員の中には刺青を使って術を使っている者もいたな。
実戦に投入して実験していたのか活用していたのか。いずれにしてもこの手記の内容に関しては世に広めて良いものではないだろう。
これらに関してはきっちり管理させてもらおう。一先ず土魔法で箱を作り、その中に手記を封印してローズマリーから預かっている魔法の鞄の中に入れる。
次に書棚の本を一冊一冊精査していく。魔力反応はどれもないようだが、魔導書の類は内容次第では世に出せないものもあるな。
案の定というか、置かれている魔導書、資料にはガルディニスが集めただけあって邪法と呼ばれるような類が含まれている。世間には出せない物が多いな。爆発物であるとか、そういった危険はないが悪用されると拙い。
「んー。そうだな。種類ごとに分けるか」
即時的な危険がある封印が必要な最重要品、内容に問題があって悪用される危険がある取り扱い注意の品、大きな問題は見当たらないもの、ということで、大きく3つの区分に分けて船に運んで貰おう。
特に問題の無い品は適当に運んで貰って大丈夫だ。残りの2種については箱か何かに収納し、混同しないようにして船倉に運ぶ、と。
回収した物品の内、問題のあるものについては一先ずフォレスタニア城の宝物庫に入れると良いか。
危険物に関してはもっと迷宮の深いところに隠してもいい。ただ……内容は調べておくべきだろう。知識をそのまま活用する機会はないにしても、こうした術式の対抗策を練る上で原理を知っておくのは重要だからな。