番外1265 帰路について
「こんなところかな」
「おお……。冥府で再会した時の光景か」
テスディロスが柱に刻まれた意匠を見て言う。
「冥府で共闘した時の……再現ではないけれど、あの時の印象を参考にした感じかな。まあ今仕上げるから、少し待っていて欲しい」
甲板から見ている面々に答えると、オズグリーヴ達も頷く。柱部分の構造強化をしたり、近くにハイダーを配置して状況が見られるようにしたりと、準備を進める。
因みにハイダーについては柱の近くにもう一本石を立てて、そこに一体化させるように埋め込んでおく。通信機とペアリングしてあり、俺達が不在の時にどこかの氏族の者達が現れたら伝言や意志疎通ができるようにしておく、というわけだ。
さて、では諸々準備が整ったところで術式の起動だ。柱に触れて足元からマジックサークルを展開させれば、魔石が反応を示して中心から光が敷地全体に波及していく。
術式を起動させると、光が広がって――周囲一帯に拡散していた啓示による気配が、この場所に集束されてくるのが分かった。目指すべき地点が明確に定まった、というわけだな。
俺の場合は、加護と同じ方式で啓示を受けているので、その効果も時間と共に薄れていく。
啓示を受けている各地の魔人達はもっと大きな儀式によるものなので、効果はその者に対する役割を終えた時に薄れて消えて行くだろう。
ともあれ、術式の発動も完了した。
「これで一先ずできたはず。契約魔法と呪法の伝言がきちんと機能しているか確認したいんだけど、手伝ってもらえるかな?」
「では私が」
オルディアが答えて甲板から降り、集合場所の内部へと足を踏み入れる。その瞬間に何かが伝わったのか、一瞬身体を止めて目を閉じていた。
「なるほど……。こういう感じですか。集合場所で攻撃行動を行うと結界で押し出される、と。そんな風にどこからか声が伝わってきました」
「呪法だと効果を増強するために相手に呪いがかかった事を宣告する事もできるからね。その応用というか。この場所は契約魔法と結界術が中心だけれど」
呪法には敢えて相手に呪われた、と意識させる事で作用を増強させたり日常の何でもない不運をそれと誤認させたりする手法もある、という事だな。この場合はメッセージだけで無害なので、呪法対策していても声は聞こえるはずだ。
「結界術の動作確認もなさいますか?」
と、オズグリーヴが尋ねてくる。
「そうだね。俺自身で実験してからかな。一度結界で排除されても、攻撃や危害を加える意思がなければ問題ないし、結界術自体も非殺傷だから、実験そのものも問題ないはず」
その言葉に頷いて、まずはマジックサークルを展開。ソリッドハンマーを展開して床を叩くために振り上げたところで、身体ごと押されて結界の外側まで出された。ふむ。圧力はあったが全体ごと押されたという感じで……痛み等は無かったな。この辺も設定した通りだ。無理に逆らえば流石に痛みもあるだろうが、全体を押されるので逆らいにくい。
続いて、オズグリーヴの封印術を外す。
「では、伝言を聞かずに外部からの攻撃、というのを試してみましょう」
オズグリーヴはそう言って、集合場所に指を伸ばす。そこから石畳に向かって細く集束された瘴気弾が放たれた。
集合場所に到達する前に、瘴気弾が光の壁に激突して散らされる。
「おお。これは強固そうですな」
「儀式の力も乗せられているからね。結界術で押し出す時もなるべく穏便になっているのも儀式やこの場所の目的に沿った挙動になっている」
そう言ってオズグリーヴと共に再度内部に立ち入る。攻撃や破壊の意思はないので術式は動作しないな。
「問題は無さそうですな」
俺やオズグリーヴにも伝言が聞こえた。
「そうだね。動作確認としてはこのぐらいで大丈夫だと思う」
『ん。こっちでも映像と声は問題ない』
シーラが中継に関しても問題はないと教えてくれる。それからハイダーとペアリングしている通信機が小さな柱の上部に少し浮かんで『こっちも動作確認してみるわね』と、クラウディアからのメッセージが表示されていた。というわけで魔法建築と諸々の動作試験はこんなところだろうか。
そうして集合場所が出来上がった事を伝えると、テスディロス達は柱の意匠を近くで見て頷いたりしていた。
ヴァルロスとベリスティオ当人については、意匠についてはこれぐらいで良い、と二人で頷いていた。まあ、な。分かりやすさを優先するという事で許可してくれたが、やはり自分の像となると些か抵抗があるのだろう。
そうして……柱の意匠をみんなで見た後帰途についた。
シリウス号に乗り込み、ベリオンドーラを後にする。魔法建築にしてもそれほど時間はかからなかったし、移動も速度を上げているので今回は日帰りができそうだ。
「というわけで夕食の席までには帰れるかな」
そう伝えるとモニターの向こうでみんなも嬉しそうに応じてくれる。
『では、お帰りをお待ちしております』
エレナがにっこりとした笑みを見せた。
『私達も最近料理を覚えて、人に出せるぐらいの仕上がりにはなってきました』
『みんなで夕食を作ってテオドール様達のお帰りを迎えては、という話になりまして』
と、隠れ里からフォレスタニアにやってきたレドゲニオスとイグレットがそんな風に教えてくれる。
「それは――嬉しいな」
魔人達の氏族のみんなで夕飯を作って待っていてくれる、というわけだ。では、夕食前にタームウィルズに到着できるよう速度を調整して進んでいくとしよう。
アルファに伝えると、こくんと頷いてシリウス号が更に高度と速度を上げていく。最短ルートの航路なので到着まではそれほど時間もかかるまい。
そしてしばらく後……タームウィルズには日が沈む前に到着できた。荷物の積み下ろしや報告もあるので早めに戻れるようにそれなりに飛ばしてきたからな。
ベリオンドーラ以外の場所に立ち寄る予定もなかったので魔力の消費をそこまで気にしなくても良かった、というのはあるな。というわけで操船席の水晶球に触れ、十分な魔力補給をしてから下船となった。
積んでいた荷物についてはゴーレム達やティアーズ、アピラシアの働き蜂といった面々が既に降ろしてくれている。
造船所にはジョサイア王子やお祖父さん達も迎えに姿を見せてくれていた。
「ただいま戻りました。集合場所は問題なく構築できましたよ」
「大きな問題も起こらなかったようで喜ばしいことだね」
「うむ。怪我がなくて何よりだ」
と、ジョサイア王子やお祖父さんが笑顔で応じてくれる。
メルヴィン王もモニターで顔を出して挨拶をした後に『報告に関してはこれで大丈夫だろう』と言ってくれた。今日はまだ執務で少々用事があるそうで少し忙しいのだそうな。
『夕食の話も聞き及んでいるしな』
そう言ってにやっと笑うメルヴィン王である。
「ありがとうございます。では、このままフォレスタニアに戻ろうかと思います。メルヴィン陛下に置かれましては、また折に触れてご挨拶に伺います」
『ふふ、楽しみに待っていよう』
というわけで同行していた面々やお祖父さん達と共にフォレスタニアの居城へと帰る。
「お帰りなさい……!」
「無事で良かったわ」
「うん。ただいま」
城に到着するとみんなも笑顔で迎えてくれた。アルバート達、工房の面々も移動中に話をして、夕食の席に顔を出すとの事だ。
留守中、領地に問題等もなく、残った仕事としては氏族の集結を待ちつつガルディニスの隠れ家から物品を回収してくるだけとなったな。
さてさて。では、隠れ里や各氏族の面々が作った料理をみんなで楽しませてもらおう。