番外1264 北方の魔法構築
設定された座標を目指してシリウス号は飛んでいく。啓示による感覚は継続しているな。遠くにあるものに順調に近付いている、という事だけ伝わってくるが、モニターで見える風景はまだ海原だ。
「少し下降と上昇をしても意識を向けてさえいれば、近付いたり遠ざかったりの感覚がしっかり伝わってくるな。全体として距離が詰まってる、というのも分かる」
「便利なものですな。流石はあのお二方の啓示というべきでしょうか」
俺の言葉を受けて、お茶を飲んでいたウィンベルグが笑みを浮かべてうんうんと頷く。
そうだな。意識を向けてさえいれば結構な精度で相対的な位置関係が分かるから、これならば魔人達が迷う事もあるまい。
集合場所を目指して移動してくれる事を望んでいるが、強制はしていないから応じて貰えるかどうかが不安ではあるのだが。
とは言え、今回の現地訪問ではまだ魔人達との接触もないだろうと見ているから、俺としても気が楽だ。
みんなも茶を飲んだり本を読んだり、多少リラックスしているのが見て取れるな。ティアーズ達が常時監視していたり、アピラシアの働き蜂達が船内の事を手伝ってくれるから、こちらとしては楽をさせてもらえている。
というか、俺としても特性封印や解呪をした面々には趣味を奨励しているしな。
意識して色々な事に挑戦しているようだし、今もオルディアが楽器をいじったり、書庫から持ってきた本に目を通したり、結構な事である。
今はここにいる面々に限らず読書が流行っているようだが、これに関してはザンドリウスの影響もあるだろう。当人は歴史書や伝記を読んで一先ず今の各国の成り立ちを学んでいる途中、だそうな。
「幻影劇が面白かったから、歴史に興味が湧いた」
「ああ。書庫の蔵書を活用してもらえるのは良い事だ」
その答えにそう伝えると、ザンドリウスは少し嬉しそうに笑って頷いていたが。
そんな調子で少し和やかな雰囲気の中をシリウス号は進んでいき――やがて前方にベリオンドーラの陸地が近付いてくる。
ヴァルロスが特徴的な地形、と言ったのは――あれの事だ。氷河の侵食でできたフィヨルドである。
深く切り込んだ断崖絶壁の湾は寒い地方でないと見られないものだからな。ハルバロニスで育ったヴァルロスにとっては印象に残るものかも知れない。
啓示はあのあたり一帯を示しているな。速度と高度を落として近付きながら地形を見ていけば……切り立った断崖が目に入ってきた。突き出たような岬で、上からでも下から見ても結構突端が目立つというか。
啓示の感覚に従って現場を発見したので、モニターを通して本人に確認してもらうと『間違いない』とヴァルロスは頷いていた。
「あの突き出た部分の近くに構築していくのが良いか。アルファ、あの岬に向かってもらえるかな」
そう言うとアルファがこくんと頷き、シリウス号が少し軌道を変える。
「ふむ。確かにあの場所は遠くからでも目を引きそうだな」
テスディロスが向かっている場所を察したのか静かに頷く。
「そうだね。ただ、集合場所は広い場所がいいから、もう少し奥の――あの辺が良いと思う。念のために地形が崩れないように構造強化しておくのが安心かな」
『感知が必要なら手伝うよ』
セラフィナがモニターの向こうで笑顔を見せる。
「ありがとう。それじゃあ転送魔法で合流しようか」
『うんっ』
俺が答えるとセラフィナは両手を握って嬉しそうに答えていた。というわけで転送魔法を用いて、セラフィナにもこっちに来てもらう。
見通しは良いので周辺の生命反応等を一通り調べてから、シリウス号を岬の近くに停泊させて現場に降り立ち、状況の確認から始める。
突き出た岬から陸地側に目を向ければ広場を造れそうなスペースもあって、やはり悪くないように見える。
「どうかな?」
「んー。岬側が少し脆いみたい。下から補強した方が良いと思う」
フィヨルドは氷河の浸食でできる地形だしな。元の部分から削られて残った場所となれば岩場に見えても脆くて不安定なのも仕方ない。
魔法建築とは言っているが地面に魔法陣を仕込むし、脇から崩れないように岬部分も構造強化しておくのは確かに必要な措置だろう。
一度構築されてしまえば外からの攻撃に対しては術式が守ってくれるとは思うが、自然崩落の場合、契約魔法等の効果対象外であるため、別箇に対策しておく必要がある。
というわけで資材を船から運び出してもらっている間に、崖側に魔力を浸透させて構造強化を施していく。
巨大ゴーレムを作る時の要領だな。間隔を空けて何か所かに分けて魔力を浸透させ、海面下までしっかりと構造強化を施せば、セラフィナが頷く。
「これで安心かな」
「ん。それじゃあ、魔法建築に移ろうか」
資材の積み下ろしも終わったようだ。建設予定地の真ん中に移動し、まずは表層の氷や雪を除けていく。
露わになった地面に先程と同様魔力を浸透させてからマジックサークルを展開した。
「起きろ」
ウロボロスの石突で軽く地面を叩けば、ゴーレム達が一斉に起き上がる。
「おお……」
それを見て声を漏らすザンドリウスである。ルドヴィアやカストルム、アルハイムも甲板の縁から魔法建築の様子を見ているようだ。
建設予定地の表層部をゴーレムにして除ける事で整地し、そこに魔法陣を描いていくわけだ。角ばったゴーレム達が作業の邪魔にならない位置に移動し、体育座りで待機していく。ゴーレム達については後でそのまま建材として再利用する予定である。
ティアーズ達が魔石粉の入った樽とミスリル銀線の束を運んできてくれる。それらを使って魔法陣を描き、間違いがない事を確認して固着させていく。
中心部にアルバートが術式を書きつけてくれた魔石を敷設したら立体的にミスリル銀線を張り巡らせて更に魔法陣を構築していく。ミスリル銀線は立体型マジックサークルの代わりだ。契約魔法と呪法の底上げを行う。
準備ができたら魔法陣に被せるようにゴーレム達を変形させて被せた上で、地表に出ている部分を石畳風に加工していく。
見た目には石畳で構成された円形の広場、といった雰囲気だ。中央に噴水があれば街の広場といった雰囲気だったかも知れないな。
中心に行くに従って少しだけ傾斜をつけてあり、紋様魔法で凍結防止、水はけも良くしてあるので、肝心な時に雪を被ってしまって分からない、という事もないだろう。
それから――円形広場の中心部に柱を立て、その周囲に軽く装飾を施す。後はこれにヴァルロス、ベリスティオ両名を示すものを刻めばいいわけだ。転移門のように意匠を柱に刻めばいい、というわけだが……。
んー。そうだな……。少し考えてから、冥府で共闘した時の事を思い出す。
「二人の姿を柱に刻んでも良いかな? 冥府で駆けつけて来てくれた時の事を思い出したんだけど」
二人に関しては啓示の際に各氏族の夢で姿を見せているから、そうするのは分かりやすい、と思うのだが。
『ふむ。分かりやすくはある。あの時の事を考えてならば……テオドールもいた方がよかろう』
『そうだな。和解の意味合いにもなる』
「ええと……そうだな。分かった」
ヴァルロスとベリスティオ。それから俺自身の意匠を刻んでおくという事で話が纏まった。俺の姿を意匠として残すのは少し抵抗があるが……提案した以上は断る事もできない。迎えに行った時に分かりやすいというのはある。
柱の周囲に背中合わせになっている俺達を意匠として描くという事でいいだろう。ただ、全員の容貌については少しぼかしておこう。口元は笑みを浮かべているという感じで、互いに背中を預けているというのは伝わるだろうし、髪型と背格好だけ再現すればそれで伝達や象徴としては事足りるはずだ。