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番外1261 商会店主の過去は

「本当に見えるようになる、とは。しかも、思うように動く」

「ああ……。これは素晴らしいわね……」


 ゴーレム式の義肢に付け替えた2人は感嘆の声を上げていた。引退兵士と引退冒険者の二人だ。それぞれ義眼と義足を身に着けたわけだな。

 義眼にはレビテーションを組み込む必要がないので、代わりに衛生面を重視して発酵魔法の応用による抗菌、除菌と、生活魔法の浄化を組み込んである。


 身に着けるものなので免疫系の反応も心配であったが、迷宮核のシミュレーションによると契約によるペアリングがそうした肉体の防御反応も抑制してくれるだろう、との事である。


 機能面では限定された五感リンクによって、残った目と上下左右の動きを連動。視覚を本人と共有して調整する事で、本人の視界同様に立体感を持って物を見る事ができる。


 特別なものを見る機能は組み込んでいないが、人間の可視光線と同じ領域を見るだけの力はあるから色も感知できる、というわけだな。

 闇魔法のフィルタ、暗視の魔法を調整する事で明るい場所、暗い場所への対応もできるので、夜目は以前より効くかも知れない。


 後は擬態術式で個々人の特徴に合わせ、ペアリングする事で能力を発揮する。義眼を入れ替えた引退兵士は鏡を見て、顔に手を当てて、感じ入っている様子であった。


 義足を身に着けた引退冒険者の方はと言えば……こちらも軽く跳躍して具合を確かめている。義足に関してはレビテーションを用いて装着部の負荷を軽減している。

 素材の比重やゴーレム側の感覚も調整する事、迷宮核内部の仮想空間で仮想体を構築して幾度もシミュレーションをし、自然な感覚で歩くことができるように目指したつもりだ。これについては実際の肉体で試してみるという事が難しかったからな。きちんと感想を聞いておきたい。


「どうでしょうか。動くのに違和感はありませんか?」

「いえ……。驚くほどに動きやすいというか……馴染みますね。もう少し派手に動いてみたいのですが、大丈夫でしょうか?」


 と、引退冒険者の女性が尋ねてくる。


「それでは外で見てみましょうか」


 ミリアムが笑顔でそう言って、みんなで外に移動して試してみる、という事になった。


 早速義足を試すという事で短い距離を走ったり、騎士団から武器を借りて振るってみたりと動きを色々試していた。流石は元冒険者ということか。バク転や側転といった曲芸じみた動きまで見せてくれたが、少し息が上がっている。


「これは……鍛え直さないといけません、ね。明らかに、体力が落ちているようです」


 呼吸を整えつつ言う。それでも嬉しそうに笑って「ですが、本当に動きやすいです。あれだけ振り回して外れる気配もありませんし」と、そう付け足した。


「それは、何よりです。ただ、脱落防止の機能が発動すると少し魔石の魔力を消費するので注意して下さい」


 激しい動きをしても外れないように、というのは、小さなマジックシールドを展開して抑える事で可能だな。多少ズレてもゴーレム側で補正してくれるというのもある。細かい説明をすると、一同は真剣な表情で頷いていた。


 一先ずは、義眼、義肢共に問題ないという印象だな。少しの間継続して使ってもらい、意見を反映させるという方向で進めていきたいところだ。


「ミリアム殿は――いや、それぞれ事情というものがありますか」


 引退騎士が工房関係者として列席しているミリアムに尋ねようとしたが、言葉を訂正する。


「確かに。こうした技術が出てくると、それを扱っている工房関係者の私も、というのはありますね」


 ミリアムは気にした様子もなく眼帯に触れた。


「ですが、私の場合は少し事情が違いまして。生まれ育った場所の事情と言いますか。これは恩を返した結果なのです」


 ミリアムが少し笑って言う。その様子はどこか誇らしげで。アルバートは事情を知っているので、静かに目を閉じて頷いていた。俺も……多少ミリアムの事情は聞いているので、そのままで問題はないと思っている。


「ふむ。気になるお話だね」

「では――お耳汚しかも知れませんが」


 ジョサイア王子の言葉にミリアムはそう応じ……そうしてみんなでまた迎賓館の中に移動して話を聞くこととなったのであった。


 部屋に移動し、茶を飲みながらみんなでミリアムの話を聞く。全員にお茶と菓子が行き届いたのを見届けると、ミリアムは静かに頷いて話をし出す。


「昔……私の父も行商を営んでおりました。母とは――父が冒険者を護衛として雇ったのがきっかけだったという話です」


 ミリアムの父もミリアムと同様、冒険者と共に珍しい品を探してあちこち旅をして行商を行うという……まあ、冒険者と商人の半々といった人物であったらしい。言い換えるならトレジャーハンターというのか。


 ちなみにミリアムの鞭捌きも父親から教わったという。

 そんなミリアムの両親が……ヴェルドガル、ドラフデニア、エインフェウスの間に跨る山岳地帯……国境付近に向かった時の話だ。

 母の故郷であったそうな。その頃には二人は既に結婚しており帰郷の途中だったという。


 ところが、その道中、森で魔物の群れと遭遇。それらに追われて窮地に陥ったところを、別の魔物に助けてもらったのだという。


「それは巨狼――。一帯の森の守り神とも地元民には言われています。人語を理解し、地元の人達の窮地を度々救っていると私は聞いています」

「エインフェウスは……霊獣の類が多く見受けられますね。そういう環境魔力を湛えた土地柄なのかも知れません」


 初代獣王の話も、そうした一帯の森の主との話だった。俺の言葉に、ミリアムは静かに頷いて話を続ける。

 狼自身が小さな頃に村人に助けられたらしく、それから付かず離れずの関係を構築していたそうだ。狼が森で迷子になった子供を助けた事もあるし、村人も恩返しに獲物や収穫物を狼に分けたりもして、少しの距離感を保ちつつも良好な関係だったという。


「ですから、私が今ここにいるのも狼が両親を助けてくれたから、でもありますね。そして私が生まれてからも……一度助けられています」


 ミリアムは微笑んで、話を続ける。だからミリアムもミリアムの両親も、狼に感謝を示したという。森で獲れた獲物の一部を狼に捧げたりして、静かに暮らしていたそうだ。


「そんなある日――。村が火事になったのです。強風に煽られてあっという間に燃え広がり、私の生家にも延焼しました。父は行商で不在。母と私は逃げ遅れて……煙に巻かれてしまいました。そこに、あの狼が飛び込んできたのです」


 その時の事は、今でもはっきり思い出せると、ミリアムは語る。ミリアムと母親を背中にしがみ付かせると、燃え落ちる家を出口に向かって飛ぶように走ったという。


 その脱出間際に。崩れてきた燃え落ちる建材をも、頭突きで突き崩して、外に飛び出し更に他の村人達も救ったという。しかし――狼は両の目に怪我を負ってしまった。片目は炎に焼かれ、片目は瓦礫の破片で。


 奇跡的に村人に死者は出ず。視力を失った狼は村人達が治療して面倒を見たが……それでも巨狼の巨体を賄える程の食事は用意できなかったのか。それとも森を駆け巡る事ができなくなったからか。狼は、少しずつ痩せ衰えていった。

 だから――そんな狼を見ているのが辛くて、ミリアムは祈ったのだそうだ。


「私が生まれてきたのも、狼のお陰なのだから。二度も命を救われているのだから。私の目で良ければ、狼に捧げますと。そう祈ったのです」


 そう言って、ミリアムは微笑む。


「誰が――祈りに応えてくれたのかは分かりません。狼が霊獣や守り神と呼ばれるような存在だったからなのか、精霊だったからなのか。それとも他の神格を持つ何者かが私に応えてくれたのか。結果として狼の右目は治り、私は右目の視力を失いました。ですから……これは私の望んだ結果です。後悔はしていませんし、このままにしておくのが私の誇りなのです」


 その代わり以前よりも五感が鋭く、運動神経も良くなったそうで。得た物の方が大きいとミリアムは語る。


「本当は両目とも捧げるつもりで祈ったのです。その上で片方は残した上でお返しまでもらえて……あの狼は律儀なのでしょうね」


 だから――それをミリアムは感謝している、と言って笑った。

 巨狼に関しては、今も両親と村の者達共々田舎で元気にしているそうだ。村人との良い関係も続いているという手紙を先日受け取った、との事である。


「私も、私の憧れた父のように生きたい。旅をして珍しい物を見たり商人としてそれを扱ったりしたい、と……そう思い、迷宮商会に落ち着く前は旅商人となりました。今も――珍しい物を色々と見る事ができて幸せですね」


 そう言って俺やアルバートを見て笑うミリアムの言葉に……みんなも感じ入るように目を閉じていた。


「なるほど……。話を聞けて良かった」


 ジョサイア王子は静かに言って、集まっている面々もしみじみと同意するのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  フェンリルくらいしか思い浮かばぬ残念知力よ・・・。
[一言] >闇魔法のフィルタ、暗視の魔法を調整する事で明るい場所、暗い場所への対応もできるので、夜目は以前より効くかも知れない義眼 暗殺人が欲しくなるモノだ・・・(汗) 防止のために作って欲しいなと…
[一言] 怪我や病気によるものではなかった訳ですね。 一種の契約でしょうか。
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