番外1260 魔道具普及の為に
アルバート達、工房の面々とセオレムに向かったのは、それから数日後の事だ。
王城にも前々から話はしていたからな。最初にこれらの義肢を使ってもらう面々を選定して準備を進めていたそうで、早々に個人のデータを送って、王城に召集をかけてくれたわけだ。後はそれに合わせて魔道具を調整。王城にて試着をしてそのままモニターになってもらう、というわけだな。
というわけで開発に関わったみんなと共に王城に到着すると、そこにはジョサイア王子と婚約者のフラヴィア嬢、それにモニターになってくれる面々、義肢に関してサポートしてくれる王城お抱えの魔法技師といった面々が迎賓館で待っていた。
「来たようだね」
女官に案内されて迎賓館の広間に向かうと、ジョサイア王子とフラヴィアが笑顔を向けてくる。モニターになってくれる面々も一礼して俺達を迎えてくれた。
「これは皆様お揃いで。お待たせしました」
「いや、こっちが少し早く集まって話をしていただけだからね。では、紹介していこう」
ジョサイア王子は明るく応じると、一緒にいる面々を紹介してくれる。モニターに関してはそれぞれ退役した騎士と兵士、同じく一線を退いた冒険者、鍛冶職人という顔触れであった。
俺達も挨拶を返していく。王城お抱えの魔法技師達に関しては、これまでも何度か工房の仕事を手伝ってもらったりしているので面識がある。アルバートも世話になっている人物との事で。
「こちらとしては信用がおける人間の中から、色々な層の人達を、と考えていてね」
ジョサイア王子が選定の理由について話をしてくれる。
「なるほど。上手くいけば各界隈における情報の拡散に繋がりやすくなりますね」
「そういう事だね」
まあ、それも評判が良ければの話だ。物が物だけに半端な品を広めてしまうわけにはいかない。
「今後に向けての改良も視野に入れていますので、忌憚のない意見が聞ければ嬉しく思います」
そう前置きをしつつ、早速モニターのみんなに義肢を試してもらう事となった。ティアーズ達が運んできた箱を机の上に並べて、蓋を開けていく。
「おお……これが……」
全員が興味津々といった様子で箱に収められた義手に注目する。
「これはまた……本物と見紛うばかりですな」
「知らずに見せられたら驚いてしまいそうです」
それを見て、感想を述べる退役騎士と魔法技師。擬態の術式は皮膚の下を流れる静脈の色合いまで再現しているからな。
「確かに、親しい方には伝えておいた方が良いかも知れません」
「パペティア族のカーラ嬢が助力してくれたお陰で、見た目も真に迫るものになったかな」
俺とアルバートがそう言うとカーラが一礼し「おお……」という歓声と共にみんなの注目が集まる。
事前に聞いていたデータに合わせてあるから早速装着していこう。箱に収められた紙に誰の物なのか記してあるので、間違えることもない。
実際に付けた時のバランス。太さ、肌の色合い等々。その辺は後から微調整が可能だ。
擬態術式に関しては魔道具化したので、質感の調整は俺達が関わらずとも後から調整が可能だな。太ったり痩せたり、或いは日焼けしたり……そうした日々の変化に合わせる事ができる。腕の太さに関しては義手内部の空間を開いたり閉じたりする事で調整しているわけだ。
ゴーレムを少し変形させて、バランスや腕の太さを調整。外装の質感を擬態術式で合わせる。
「おお……」
「良いようですね」
カーラが擬態を見て頷く。関節部分の皺や静脈の浮き方。肌理の具合まで対象に合わせて再現しているな。
後はペアリングだ。これに関しては使い魔の契約に近いものだが、機能が限定される。これとは別に使い魔との契約も可能だが……まあ、元々使い魔との契約に関しては魔術師でないと難しいから、そうでない者達には影響はないだろう。
ペアリングも魔道具化する事で俺達が不在でも問題なく進める事ができる。鎮痛の術をかけてから血を一滴貰って、それをペアリングに用いる。本人から了承をとって契約を結び、治癒魔法で傷を塞げばできあがりだ。
「これで大丈夫ですよ。動かしてみてください」
「は、はい」
やや戸惑った様子で退役騎士は手を握ったり開いたりして……やがてその表情が驚きのものとなる。
「おお……。これほどに……。触れているという感覚すらある、とは……」
義手で物を持ったり本を開いてページをめくったり、羽ペンで文字を描いたり。こちらの用意した品々で使い勝手を試してもらう。
「限定的ではありますが五感リンクをしていますからね。耐熱耐水で構造も強固な方なので日常生活での使用に問題はないはずです。レビテーションを組み込んであるので、重いものも義肢への負荷や固定部分の負担なしに持つ事ができますが……その分蓄積されている魔力の消費に繋がりますし、剣を振るう等する場合には術式の使い方に習熟が必要かも知れません」
俺の説明に、退役騎士は衝撃を受けたようだった。
「また剣が振るえる、と……?」
「工夫と訓練次第で……完全に今まで通りとまでは言えませんが。その辺をレビテーション抜きでしようと思うと、固定用の装具をもっと大きく強固なものにしたりと……装着者の負担と義肢への負荷も相応に大きくなってしまいますし」
「なる、ほど……。では、そこは追々こちらで工夫してみたいと思います」
引退騎士はそう言いながらも、少しだけ目頭を押さえ、義肢に触れていた。
「その時は気付いた事とか、色んな意見を聞けると嬉しいな。僕達としてはもっと費用を安く抑えたいから、本当に必要な要点を押さえる事で価格を下げる事ができる、と思っている」
アルバートが言うと、集まった面々も真剣な表情で頷く。
「あまねく全ての人々に恩恵を、というわけですね」
フラヴィアが感じ入るように目を閉じる。
そうだな。例えば現時点でも、外装に拘らなければもっとコストを抑えられる。外装が木であっても、値段が安くあげられればそれだけ導入できる者も増えるし、機能に遜色がなければそれでいいと思う者だっているはずだ。
財政を含めて事情や考え方も人それぞれだし、騎士や兵士には福利厚生の一環として王国が負担するという方向だったとしても、コストを抑える選択肢があるならそれに越した事はない。
後から資金に余裕が出たら任意で外装素材を追加する、という事も可能ではあるからな。その場その場での選択自体は難しく考えなくていい、という方向にしたい。
というわけで、義肢の注意点について伝えていく。装着したまま魔石に魔力を充填できる方式だ。魔力が不足しそうになったら早めに義肢側が感覚で通知してくる。予告なしで魔力が切れるという事はないし、一日持たせるには十分なので就寝前に魔力補給をして眠るといった事を習慣づけられると無駄がなくて良いだろう。
ただ、魔力がかなり乏しい場合は魔石への魔力補給の手段を考える必要があるかも知れない。魔力補給を自分で続けていれば多少は鍛えられる部分もあるし、徐々に慣れていけばどうにかなる範囲とは見ているが……それまで不便もあるだろうというのは否めないからな。
「幸い、皆さんの魔力反応を見る限りでは、日常生活を送る分には問題無さそうですね」
そういった事を説明してから魔力に関して所見を述べると、集まった面々は安堵した様子で頷いていた。
さてさて。では残りの面々にも義肢を装着して調整を進めていくとしよう。装着部に負担がかからないように場所によっては微弱に調整したレビテーションを発動させていたりするからな。若干ではあるが感覚に慣れてもらう必要も出てくるので、その辺も含めて使ってみた感想を聞いてみたいところだ。