番外1259 工房とパペティア族
「うむ。滞在中は楽しませてもらった」
「また折に触れて足を運ばせてもらおう」
転移港にて、御前とエルドレーネ女王が言う。
「こちらこそ。滞在中は賑やかで楽しかったです」
「ふっふ。執務の息抜きにはよい。移動に時間を取られないお陰で予定も立てやすいし、何かあった時も中継のお陰で対応ができるからな」
俺の返答にエルドレーネ女王はそう答えて満足そうに笑った。エルドレーネ女王や御前……それにアウリア、テフラ、オリエ、メギアストラ女王やルベレンシアといった面々は性格的に気が合うようで。仲良く話をしたり観光や買い物に出かけたりしていたな。フォレスタニアの滞在も、かなり満喫してもらえたのではないだろうか。
「では、私達も一旦帰ろうかと思います」
そう挨拶をしてくるのはクェンティン達、ベシュメルクの面々だ。
「マタ遊ビニ来ル。ソノ時ハヨロシク」
そんなロジャーの言葉にみんなも表情を綻ばせる。
コートニー夫人の腕に抱かれて、こちらに向かって笑って手を伸ばしてくれるデイヴィッド王子の髪を撫でたり指を握ってもらったりした。
コートニー夫人としては、フォレスタニアにルクレインを始めとして小さな子供が増えたので将来的にデイヴィッドの交友関係になってくれたら嬉しいと言っていた。
そうだな。俺達の子供も含めて、同年代という事になるから。そうした話は嬉しい事だ。
「先々の事が楽しみになりますね」
「そうね。子供達同士でも仲良くしてくれると嬉しいわ」
グレイスが言うとステファニアも明るい表情で微笑み合う。
そうして別れの挨拶を交わし、名残を惜しみつつ王族、領主の面々は転移の光と共に国元へ帰って行った。
国内外からの列席者は各々の予定に合わせて一日、二日と滞在していった事になるな。
移動時間が短縮できるとは言え、やはり領主や王族の面々だからな。あまり長くは国元を空けられないというのもあるのだろう。それでもタームウィルズやフォレスタニアの観光を楽しんで良い息抜きになっていたようで、そのあたりは何よりといったところだ。
フォレスタニアや温泉街に関しては、来るたびに少しずつ発展しているので飽きが来ないと、そんな風にイグナード王は言っていたな。
火精温泉に関しては施設周辺にも民間のお店が入って、段々と温泉街らしくなっている印象がある。ヴェルドガル地方の名物料理を出したり、特産品を集めて扱っているお店があって、その辺も結構人気がある。
フォレスタニアに関しても、民間の出店が増えているな。こちらは迷宮内部にあるので冒険者と観光客を意識した店が多い。
冒険者向けは割安で実用的な傾向がある。酒場と食堂、宿が一体となった冒険者用の酒場、といった店が何軒かあるが、どこも盛況なようだ。
夜桜横丁で手に入った武器防具をメンテナンスしたり……買い取ってから整備して販売するという店もある。東国式の武器防具という事で物珍しさと性能面から冒険者の間では評判になっているようだ。
一方で観光客向けとしては普通の旅人から大店の関係者、貴族といった顔触れも訪れるので、比較的格式の高い宿もあるが……まあそういった層に向けての店も宿と食事、魔道具関係に限られる印象があるかな。
それ以外の店はタームウィルズにも揃っているし、魔道具関係は迷宮商会の二号店も含まれている。
いずれにしても今のところ、どこの通りも警備が行き届いているので全体的な治安は良い方だと言えよう。フォレスタニア領内に関してはこの調子で発展させていきたいところだ。
モニュメント設置や儀式も一段落し、各国からの面々も帰って日常が帰ってきた。
資材が集まり次第、またベリオンドーラの南部に赴いて魔人達との話し合いの場を設けてくる予定ではあるが、そうした準備が終わるまでは今まで通りといったところだ。
ガルディニスの遺産関係は時期が来てから。ネシュフェル王国の動向に関しては何かあればそちらも対応していくつもりではあるが、現時点では状況に大きな変化もないな。
さて。そんなわけで日常の仕事に戻ったわけだが、魔道具研究開発が大分形になってきたという事で工房に話し合いのために少し顔を出している。
「どうでしょうか。中々良い感じに仕上がったかなと思います」
と、パペティア族のカーラが見せてくれたのは表面の外装処理を終えた義手、義足だな。木魔法で生成、調整した柔軟性のある樹脂素材で作られている。構造強化と刻印術式で劣化防止、耐水耐熱と色々組み込む事で耐久性能を上げている。
五感リンクを使ったゴーレム式義肢は性能などを色々向上させる研究の途中であったのだが、カーラが造形回りで協力を申し出てくれたのである。肌理等の質感の造形は流石の一言だ。
「肌の色味に関しては……かつて魔界のとある種族からパペティア族が習った擬態の術があるので、それを利用しています。染料無しで色味を変える事ができますね」
「それは――便利ね」
カーラの言葉に、ローズマリーが感心したように頷く。
とある種族というのはミミックスライムというスライム系の魔物らしい。擬態術式によって相手の種族に化ける事で争いを避ける草食スライムという話だ。知性があって対話が可能な程度に温和。魔王国の臣民扱いとのことである。
ともあれ、擬態術があれば個々人の特徴に合わせた調整が楽になるのは勿論、日常の作業等による損耗や摩耗、劣化の修復も簡単になる。
ゴーレムの一部なので、ある程度なら制御術式のみで修復できるし、それで賄えないならば素材から補う事も可能だろう。擬態術式を活用しているので染料を使っていないというのも、素材を後から充填しても色合いが変わったりムラが出たりしない、というメリットがある。
その辺を魔道具化して専用店舗でメンテナンス、といった方式なら比較的コストも安く抑えられるだろう。
冒険者や騎士、兵士といった荒事を生業とするならば外装、内部素材共々強固なものにした方が喜ばれそうというのはあるな。義肢の上から鎧を纏ったりといった事も可能なので、基本が出来上がっていればそういった要望にも対応は可能だが。
外装もできたところで動作テストもしておこう。ゴーレムを使い魔のようにペアリングする事で、限定的に五感リンクで繋いで本人の意志に応じて自由に動かす事ができるが、テストモードならペアリングされていない状態に限り一時的なリンクを繋いで動作テストができる、というわけだ。
あまり意識を向けずともこちらの手の動きに連動して義手が動きを見せる。物を掴んだり道具を使ったり……日常に必要になりそうな事柄も問題なくこなす事ができた。
魔力供給をする必要はあるが、魔力消費は節約されている。軽いし頑丈さも十分。これならば十分に実用に耐えるのではないだろうか。
「良い感じじゃないかな」
「うん。王城に連絡をして、実地試験の準備をしてもらおうか」
「そうだね。後は実際試してもらって意見を反映させていく段階だと思うし」
相好を崩すアルバートに頷く。後は王城から渡りをつけてもらい、怪我をして現役を退いた騎士、兵士、冒険者達といった顔触れに声をかけ、実際にこうした品々を装着して試してもらう、というわけだな。
実用化の目途が立ったら実地試験、という事でメルヴィン王とも話がついているのである。
「それじゃあ、王城に連絡をとってくるね」
と、アルバートはそう言って、水晶板モニターが置かれている部屋に向かうのであった。