番外1257 儀式の後で
儀式の列席者や中継映像に映っているみんなも空を見上げて舞い落ちてくる光の粒に見とれていたようだ。しばらくの間、そのまま名残を惜しむかのようにみんな光の粒を手で受け止めたりしていた。
少しの間を置き、頃合いを見てベリスティオの剣を鞘に納め、指輪も外して祭壇に捧げて、儀式の終了を告げる。
「儀式へのお力添え助かりました。儀式は滞りなく完了しました」
そう伝えると、みんなから拍手が起こる。俺も改めて一礼してそれに応じる。
「良いものね……。魔界にまで共鳴していたわ」
「そうですね。私達にとっては心地良く感じるものでした」
「うん。魔人にも、届くといいね」
ジオグランタとティエーラが微笑み、コルティエーラも真剣な表情で言う。
『手応えは感じた』
『そうだな。神格が力を発揮したというのなら、恐らくはそうなのだろう』
ヴァルロスとベリスティオもモニターの向こうで目を閉じて頷いたり、少し思案しながら言う。
そうだな。月に魔界、冥府に共鳴してと……規模が大きくなることは想定していたが、相当なものだ。大規模な儀式ではあるのだが、迷宮核の試算では仮に制御に失敗してもそう悪い方向に転がったりはしないだろうという結果が出ていたが。
精霊達にとっては一時的に活性化するぐらいで、魔力嵐のような災害には結びつかないような力の方向性というか。
儀式自体も最後まできちんと制御できている。ティエーラ達にとっても心地の良いものだというのなら一先ずは安心だな。
「後は啓示が力を発揮して、それを受け取った彼らが対応するのを待つという事になるか」
「そうですね。術式の記述から言うと、具体的には魔人達が夢で伝言を受け取る、という形になるわけですが」
ジョサイア王子の言葉に答えると、オズグリーヴも頷いた。
「私の時と同じですな」
オズグリーヴの時は――ベリスティオが所謂夢枕に立ったという話だな。
というより今回の儀式はそれと同じことをもっと広い範囲でできないか、というのが元になっている。
啓示の内容としては解呪による和解と共存を呼びかけて、連絡手段の方法を伝えるというものではあるが……ベリスティオと面識のあったオズグリーヴの時とは違い、第二世代以降の魔人達にはそれだけでは説得の材料としては足りないだろう。
魔人の特性や呪いの影響等が自身の感性に影響を及ぼしているという事や魔人でなければ世界がどう見えるのか、というのも理解してもらう必要がある。
夢でならば、そうした感覚的なところも伝えられる。知る事で変わる事もあるとウィンベルグ達も言っていたが……それで個人や氏族として考えを巡らせてくれる契機になる。
その事をみんなにも伝えると、パルテニアラが頷く。
「そうさな。祖となるベリスティオが現世を去った事で、種族的な呪いの意味自体も薄れている。それに……これほどの力が降り注いだのだ。此度の啓示に呼応しない魔人がいたとしても、儀式の副次的な効果で将来的に呪いが薄れていく契機になるやも知れん」
「呪法は――そうですね。生き方や考え方の変化といったもので解呪される場合もありますから」
エレナも真剣な表情で頷く。パルテニアラやエレナの見立てでは、そうなるか。
呪法は確かに、そういう特性があるな。因果応報というか、呪法を用いる事の正当性のようなものがないと効力が弱まるというか。ザナエルクは更にその歪みを悪用していたけれど、あれも呪いの特性を熟知した上での利用方法ではあったのだろう。
ともあれ、魔人達については呼応してくれない者がいたとしても将来的に希望が持てる、というのは明るい情報ではあるかな。
「そうだとしても俺の代でできるだけの事はしたいかな」
『心意気は受け取っておこう。ただ、俺達との約束があるからと言って、お前が背負いすぎる必要はない』
ヴァルロスが目を閉じて言う。そう、か。ヴァルロスとしては自身の生前も踏まえての発言ではあるのだろうが……こちらとしてはそういう風に言ってくれるからこそという部分はある。
力を入れすぎるというのも確かに問題があるから、背負い過ぎるというか、気負い過ぎないようにしつつ、これからも色々手を考えていきたいところだ。
「これからの事はありますが……今日はゆっくり休んでくださいね」
「そうね。安全な儀式とはいえ、意義は大きなものだったし、気疲れもしたでしょう」
『お勤めご苦労様です』
グレイスやステファニアがそう言って、母さんも笑う。
そう、だな。とりあえずは一段落といったところなので、この後は少しのんびりさせてもらおう。
そうして儀式が終わって月光神殿から戻ってくると、小さな精霊達が薄らと顕現していて、何やら随分賑やかなことになっていた。
小さな蜥蜴のようなサラマンダーが小走りに集まってきたりしているな。中継映像で街中を見てみると親子連れとシルフが手を振り合ったりして、中々微笑ましい光景になっている。これもまあ……副作用として儀式の中心地では起こり得ると推測されている事ではあったが。
「私達も儀式に列席したからか、タームウィルズやフォレスタニアでは精霊達が活性化しているようですね。小さな子達にも姿が見えるのは一時的なもので、時間と共に薄れていくとは思います」
「精霊と親和性の高い者は、今後精霊の存在を感知したりできるようになるかも知れんのう。精霊の姿を認識する事で以後も存在を何となく感じられるようになる、というわけじゃ」
ティエーラの言葉を受けて、アウリアが補足するように言った。精霊術を修めるところまで昇華するには精霊との親和性を保ったままでの勉強と修業が必要、との事ではあるらしいが。
「精霊に対して敬いを持つ者が増えるかも知れんな。悪い事ではあるまい」
エベルバート王がにやっと笑う。
確かに……それは悪い事ではないな。精霊に親和性が無ければ今まで通りというだけではあるし。
コルリスやアンバー、アルハイムといった面々は背中や頭にノームを乗せていたりするな。ティールも水や氷の精霊達を背中に乗せているし。そんな調子で精霊達は居心地のいい場に集まっているようだ。
高位精霊の面々も一緒なので尚の事、というのはあるのだろうが、いずれにしても小さな精霊達はちょこまかと動いていて、居心地のいい場所で楽しそうにしているので見ていて和むものがある。
「ふむ。この雰囲気であれば、このまま祝いとして通達してしまうのも良さそうに思える。皆が歓迎して祝福すれば儀式の力もより効果を高めるかも知れん」
街中の様子を受けてメルヴィン王が笑う。
それはある、かも知れないな。顕現している小さな精霊達も喜ぶのではないだろうか。
ジョサイア王子もそれに同意し、こういった祝いの常として住民に酒を振る舞うという事で話が纏まっていた。
儀式の効果は経過を見ている段階ではあるが……手応えとしては成功だったしな。モニュメント設置から儀式まで、一連の作戦の成功を祝してという事で、このままフォレスタニアの居城でもお祝いをしていくというのは良いのではないだろうか。
慰霊の神殿に列席していた面々も儀式が終われば居城にやってくるから、どちらにしろ来客の歓迎をするつもりで準備していたしな。
そうしていると国内外の面々が移動してきて――居城の中も更に賑やかな事になっていく。
「城内もだが、街中も精霊達が活性化していて、中々愉快な事になっていたようじゃな。ホウ国やヒタカの地精等と性格や性質が違うのが興味深い」
ゲンライがそんな風に言って笑うと、東国の面々も頷いていた。
リン王女の肩にシルフが座って二胡を弾いて欲しいというように身振り手振りでせがんだりしているな。ユイやリヴェイラも一緒に演奏しようという話になって盛り上がっているようだ。