番外1256 舞い降りる星屑
「おはようございます」
「うむ。おはよう」
と、少し早めに慰霊の神殿に顔を出して、集まっているみんなと挨拶をする。アウリアや月光神殿に向かう面々はここで合流するか、フォレスタニアの居城に直接やってくる。開始時刻になったら俺達と共に月光神殿へ移動する予定になっている。
一緒に月光神殿に向かうのは、メルヴィン王とジョサイア王子、エベルバート王とアドリアーナ姫にお祖父さんを始めとした七家の面々。オーレリア女王、イグナシウスとラザロ、ハルバロニスの主だった面々といった顔触れだ。
魔人と迷宮に深く関わった歴史を持つ国々が月光神殿へ、というわけだな。
それに加えてテスディロス達……始原の精霊や四大精霊王達、テフラやフローリア、リヴェイラといった高位精霊の面々も、フォレスタニアの居城から合流して向かう事になるな。
「今日はよろしく頼む」
「うむ。我らも儀式の効果を上げるためにヨウキ帝に身を清める方法というのを聞いて試してきているのでな」
と、レアンドル王とファリード王が笑って言う。
「それは――大変だったのでは?」
清らかな水を浴びるのがヒタカ式だ。西方の諸国でも神官や巫女は同じような方法で身を清めてくるな。実際それで神官や巫女の行使する力は向上するのは確かだが……今は冬場だし、列席者までそれを望むつもりはなかったのだが。
「大したことはない。精霊の加護は我らにも及んでいる」
そう言ってにやりとした笑みを見せるファリード王である。なんというか、ありがたい話だ。全員が正装で、儀式に臨むにあたって気合を入れてきたのが分かるというか。
「ありがとうございます。皆様のお心遣いと心意気に応えたく存じます」
一礼すると、慰霊の神殿に集まった面々は笑顔で応じてくれた。
慰霊の神殿に集まった面々と言葉を交わしてからメルヴィン王達と共に居城に戻る事となった。
「では、余らはフォレスタニア城から月光神殿へと向かう。後の事は頼んだぞ」
「はっ、陛下」
メルヴィン王の言葉に、警備を担当しているミルドレッドやメルセディア達が畏まって答える。
そうして城に戻って少し待っているとティエーラ達も顕現してきた。
「良い日になりましたね。儀式の結果が良い方向に進む事を願っています」
「おはよう、テオドール!」
ティエーラが微笑み、風の精霊王ルスキニアが明るい挨拶をしてくる。
「おはよう。迷宮の外は快晴みたいだね」
俺も笑って挨拶を返すと高位精霊達も楽しそうに応じてくれる。
さてさて。では顔触れも揃ったところで準備を整えて月光神殿へと移動していこう。祭具に触媒。諸々を木の箱に納めて、ウィズやキマイラコートも儀式に向いた祭司風の衣装に変形させる。
「ふふ、立派な祭司のお姿ですね」
と、それを見た水の精霊王マールが微笑みを見せた。
正式な祭司というわけではないが、頑張らせてもらおう。
「それじゃあ移動していくわ。みんなマジックサークルの中に入ってね」
クラウディアが言うと、広間に集まったみんなも頷く。そうしてクラウディアが転移魔法のマジックサークルを展開。光に包まれて月光神殿へと飛んだ。
月光神殿では区画を守護しているカルディアが俺達の到着を待っていた。ヴィンクルも一緒にいて転移の光が収まると、お辞儀をするように俺達を迎えてくれる。
「おはよう、カルディア、ヴィンクル」
そう言うとカルディアとヴィンクルはこくんと頷いていた。そんなやり取りにみんなも少し笑って、それから興味深そうに周囲を見回す。
「ここが月光神殿……」
「確かに、月神殿のような清浄な魔力に満ちているのだな」
今日ここに来ている面々も、中継映像で月光神殿の様子は見ているが……実際に足を運んでみると明るく神聖な雰囲気の環境魔力と聳え立つ巨大な霊樹に圧倒される区画ではある。
ピラミッド型の神殿も、他の精霊殿より大きいので、間近で見ると迫力があるしな。
「神殿上部に儀式場を構築しました。上までは――あの場所に造った浮石に乗れば移動できます」
ピラミッド外壁に沿うように階段もあるが、神殿自体が大きいから登っていくのは大変だ。グレイス達も身重だし、一緒に来ているのは各国の王族。レビテーション等はあるにしても安全に移動したいというのはある。
というわけで、みんなで浮石に乗って移動していこう。全員が浮石に乗ったところで安全確認をして起動させると、縁の部分に手すりが迫り出してくる。そうして少しの間を置いてピラミッドの斜面に沿うようにゆっくりと上に向かって動き始めた。
この浮石も、人がどこかに挟まるのを防止したり手すり等々転落防止の手段を加えたり、幾つか地味に改良を加えてあったりする。
ピラミッド上層部に到着すると、そちら側に面した手すり部分が下に降りて、儀式場内部へと進める状態になる。
「いよいよですね」
「ああ」
グレイスの言葉に頷くと、アシュレイ達もみんなで俺を見て頷いてくれる。儀式場へと向かう。
奥に魔法陣と祭壇。列席者達が並ぶ席と手前に向かって続く。
「お待ちしておりました」
儀式場で俺達を迎えたのは巫女役となるフォルセトとシャルロッテだ。頷くと、列席する面々も静謐な空気を感じ取って真剣な表情になる。月光神殿の儀式場と慰霊の神殿の様子はシーカーやハイダー達があちこちと相互に中継している。
月神殿でもペネロープ以下、月女神の巫女と神官達が祈りを捧げる準備に入っているし、魔界や月面……そして冥府でもそれは同じだ。ヴァルロスやベリスティオ……それにレイス達。独房のザラディ達。ベル女王達と共に母さんも、儀式の始まりを見守ってくれている。
視線が合うと、母さんは穏やかな表情で頷いてくれた。そう。そうだな。頑張ろう。
月の石や霊樹の未熟落果といった触媒を祭壇に置き、ヴァルロスの祭具……ロシャーナクの預けてくれた指輪やベリスティオの剣も白い布に包んだままでそこに並べる。
「では――これより儀式を始めます」
そう言って祭壇に向かい合う。儀式の始まりを待っている列席者の面々、各地の皆が祈りを捧げるために居住まいを正すのが分かった。動物組や魔法生物組も同じようにそうした仕草を見せて……微笑ましいところがあるな。
これから儀式が始まるところなのに、既に皆の想いが集まっているのだろう。清らかな魔力が……たっぷりと湛えられた水のように満ちているのが分かる。
祭具を包んでいた布を解いて指輪と剣を取り出すと、ヴァルロスは静かに目を閉じ、ベリスティオはそれを見て「ああ。そう、か……」と声を漏らした。
そうだな。ヴァルロスにとっては外に向かう決意を固めた契機になったものであるし、ベリスティオにとっては彼らが一度は捨ててきたものだ。それを……蘇らせた。魔人となった時に断ち切ったはずのものを修復して、魔人との和解と共存の象徴とする。
ヴァルロスと交流のあったフォルセトや、剣を修復したエルハーム姫も、そんな2人の反応に静かに目を閉じる。
「――ここに我ら願わん。悠久の時を経て、呪われし者達に新たなる道が示される事を。陽だまりと揺らぐ火の温かさ。清らかな水のせせらぎ。頬を擽るやさしい風と大地の恵み。月と星の安息。我ら取り巻く日々の平穏が、平和への想いと共に彼の者らに示される事を望まん」
指輪を身に着け、祭具を眼前に構えて詠唱を始めるとみんなも祈る仕草を見せて、儀式場に描かれた魔法陣にも光が走った。
俺自身も目を閉じて詠唱しながらも、祈る。魔人達の事を。母さんの事を。みんなとの今までの道のりや過去の出来事を脳裏に描いて。
みんなと共に魔人達と戦った日々。ヴァルロスと約束した時の事。ラストガーディアンに向けて突っ込んで行ったベリスティオの背中。共に肩を並べ、冥府で戦った時の事。それから母さんとの思い出……。テスディロス達との記憶。穏やかに笑う、魔人の子供達。
追想と共に静かに魔力が満ちていく。どこまでも大きく力強いのに、激しさは感じない。そんな魔力を感じ、流れを束ねながら高めていく。みんなの想いと温かさが周囲に満ちて穏やかな光の帯がうねるように舞う。
東国、魔界、月、冥府――。ルーンガルドと迷宮を取り巻くあちこちで魔力が高まっているのが分かる。
「彼の者達にも安息と平穏の日々が訪れんことを願わん」
そう言って。高まった魔力を解き放つ。月光神殿から解き放たれた魔力は――タームウィルズの街を包むような温かな光の柱となって天に登っていく。
中継映像では煌めく輝きと温かな環境魔力に、住民達が驚きから笑顔になっているのが見て取れる。儀式の際に少し魔法的な現象が起きると予告していたから、住民達もパニックになったりはしないようだ。
東西南北の各国や月、魔界、冥府も共鳴して遥か上空で煌めく光となって世界中に降り注いでいく。ゆらゆらと星屑が舞い降りてくるような、幻想的な美しさがあった。