番外1255 西方の海の現状は
セオレムの練兵場で楽しそうにそうそうたる顔ぶれが組み手をしていたりして、遠巻きに騎士、兵士達もそれを見学させてもらっているようだ。
最初に訓練しようと言い出していたイグナード王とレイメイは勿論の事だが、ファリード王やレアンドル王も加わり、ヴェルドガルの騎士団長ミルドレッド、魔王国騎士団長ロギ、シルヴァトリア魔法騎士団エギール、ヴェルドガル騎士団教導役ラザロ、次代獣王最有力候補のイングウェイといった面々がすぐに集まってきて、あれこれと話し合いをしながら武技の掛け合いや組手に近い事を始めて、あっという間に騎士と兵士達の人だかりができた、というわけだ。
あくまで訓練ではあるが、ハイレベルな武技が当たり前のように飛び交い、武器や四肢に闘気を纏って加速したり受け止めたり……。相当なものだな。
騎士と兵士達は訓練場の周りで遠巻きに見ているが、迎賓館側から見通しが良いように、そちらは空けてくれているからな。そこから見物もできる、というわけだ。
「素晴らしいな……。この研ぎ澄まされた技と闘気!」
「獣王陛下の格闘術に連動させた闘気の変化……。これは驚かされる」
と、イグナード王とラザロは互いに技を見せ合って、そんな風に驚きとも喜びともつかない声を漏らしたりしていた。
「やはり武芸を志す身同士、気が合うのだろうな」
「ふふ。レイメイ殿も楽しそうな事だ」
ヨウキ帝とシュンカイ帝がそれを楽しそうに眺めて頷き合っていたりするが。
俺は今回、明日の儀式に備えている立場なので訓練参加は自重するが、各国の面々の関係も良好そうに見えて喜ばしい。そんな調子で訓練風景を眺めつつ、各国の面々とも話をしたりした。
デメトリオ王やコンスタンザ女王と話をするとグロウフォニカ王国やガステルム王国、それに旧フォルガロ公国の現状について教えてくれる。
「旧フォルガロは今のところは安定していますね。監視の目を置いてある程度注視しなければならないところがありますが、かつての公国での主だった者達が呪法を受けた経緯がありますから」
「あれが薬になっているのだろうな。グロウフォニカの者達も旧公国に置いているが、不穏な動きは見当たらない」
コンスタンザ女王とデメトリオ王が言う。
「まあ……実働部隊も呪法を受けていましたからね。あれはどこにいても悪目立ちするので、思っていた以上に効いたように見えました」
「そうですね。発動した時の条件も当人にしてみればよく分からないという印象だったと思いますし……再度呪法を受けたらどうしようもないですからね」
と、コンスタンザ女王が苦笑する。
矢印の呪法は服で隠せるとかそういう位置関係でもないからな。また悪事をしたら頭の上にあれが浮かぶ可能性があると考えたら……おいそれと動けなくなるというのは分かる。
一度目は温情のある措置を取って貰えても、二度目はどうなるか分からないのだし。
どういう経緯で呪法が発動したのか、彼らにもよく分かっていない以上、何か画策した時点で呪法が発動してしまった、等となったら目もあてられないだろうからな。
まあ、旧フォルガロ公国領が安定しているというのなら、こちらとしても安心だ。
「ヴィアムスさんも喜んでくれているようですね」
水晶板を見てアシュレイがにこにことした笑みを浮かべる。うむ。
と……そうやって話をしているとイスタニア王国のギデオン王もやってきた。
イスタニアも同盟に名前を連ねるので、メルヴィン王やエベルバート王、オーレリア女王と、それに絡んで少し話をしてきたそうな。
ギデオン王も迎えて先程までのフォルガロについての話を伝えると、屈託のない笑みを見せる。
「海が平穏なのは喜ばしい事です」
「うむ。それは確かに」
その言葉に頷くのはエルドレーネ女王である。ネレイド族の族長モルガン、深みの魚人族の長老レンフォスといった海の民の面々も揃っている。
イスタニア王国があるのは少し寒い海域なので南の海の民としてはやや暮らしにくいとの事ではあるが、そうであっても海の民としても良好な関係を築いておきたいという事で、ギデオン王と楽しそうに話をしていた。
海の平穏と言えば、というところから今回のモニュメント設置についても聞きたいと話が膨らみ、海底洞窟探索の話であるとか、ベシュメルクやベリオンドーラでの戦いであるとか、旅の道中についての話をしてたりして、各国の面々との話は盛り上がったのであった。
さて。そうやって国内外の知り合いと交流を深めたり、火精温泉で過ごして体調を整え、早めにみんなと一緒に床に就くこととなった。
「いよいよ啓示のための儀式ですね」
寝台で手を繋ぎながら循環錬気をしていると、グレイスが柔らかい笑みをこちらに向けて言う。
「ん。そうだね。各地の魔人にきちんと想いが伝わると良いんだけど」
魔人達にとって儀式で伝えられるメッセージがその後の生き方を変える程のものになるのかどうか。氏族として今の暮らしを変えて、俺達の事を信じてくれる契機になるのかどうか。色々と蓋を開けてみなければ分からないところはあるけれど。
それでも……魔人の事は前に進めなければならない。
今は魔人全体の勢力が大きく削がれた状態だから、暫くの間は平穏が続くだろう。それでもこのままの状態で時が経てば、また新しい高位魔人がどこかに現れるだろうし、力の弱い魔人達は人目を憚って辺境で暮らすのだろう。
それでは、前までの繰り返しだ。どこかでまた現状を変えようと動く魔人も出てくるかも知れない。ヴァルロスが、そうしたように。
だからこそ、現状を変えたいと……そう思う。
「大丈夫。きっとテオドール君なら」
「そうね。沢山の人達が同じ気持ちで……力を貸してくれるもの。勿論、私達も」
「テオドール様は、迷宮村や他の種族の間を繋いで……ベシュメルクを覆っていた闇も払ってくれました」
そう言ってイルムヒルトとクラウディア、エレナが微笑んでくれる。
「ベシュメルクの事……魔界の事……思えば色々ありましたね。きっと魔人の方々にも届くと信じています」
グレイスが俺の顔を見て頷く。
そうしたみんなの気持ちは魔力にも表れるのか、それとも俺自身の感情によるものか。胸の内に温かなものが宿るような感覚があって、それが心地良かった。
「ん……ありがとう。明日は気合を入れていかないとな」
「ん。一緒に頑張る」
と、シーラはそう言って頬に軽く口づけしたりして。マルレーンもにこにこしながら頷いて、それに続く。
「そうね。私達も気合を入れて儀式に臨むわ」
「ん……。まあ、それでも足りなければ更なる策を考えるだけの話だわ」
そう言ってステファニアがはにかんだように笑って続き、ローズマリーも咳払いしつつおずおずと頬に口づけしてくる。
ん。そうだな。儀式だけで足りなければ次の手を、というのは正しい。明日の儀式で全てが決まるというわけでもない。肩の力を抜くべきところは抜いて、万全の状態で臨むとしよう。
そんな風にして、みんなとの穏やかな時間が過ぎていくのであった。
そして……一夜が明ける。朝早くから起き出して身支度を整えて身を清め、儀式に向けた準備を諸々終えて、始まりを待つ。
そうしている内に国内外から集まっている面々もフォレスタニアの居城にやってくる。儀式の始まりの時刻に合わせて慰霊の神殿へ移動するためだな。
俺達と一緒に月光神殿に向かう者達は城から転移魔法で移動することになるが。
というわけでフォレスタニアの居城でみんなと顔を合わせ、朝の挨拶を交わすのであった。
体調は万全。魔力の調子も良い。儀式にも気合を入れて臨むとしよう。
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