番外1253 魔人達への啓示に向けて
幻影劇を見たルドヴィアとザンドリウス達、カストルムとアルハイムといった面々は、上映から戻ってくると楽しそうに幻影劇の内容を語り合っていた。
「本も嫌いではないが、ああいう形での表現も楽しいな」
「話が進む時は正面を見ていればいいが、周囲を見ても色々情報があったし、中々興味深い」
ザンドリウスが言うとルドヴィアも静かに笑って頷く。
幻影劇は周辺や座席の間の通路にも色々仕込んではいるが、ストーリーを追ってもらいたい時は没入感を上げるために正面に視線誘導をしている。
まあ、アクションシーンなどで座席側に魔物の幻影が乱入してきて、そっちも戦場の一部となったり、といった事はあるけれどな。
「色々と人の暮らしや国の成り立ちが見られたのは……面白かった」
アルハイムが言うと、カストルムも音を鳴らして同意する。
「幻影劇になっているものはどれも今より前の時代の暮らしだけれど……まあ、人の暮らし方はそう大きく変わっているわけではないかな。ドラフデニア王国も隣国としてヴェルドガル王国との関係は良好だし、冒険者達はタームウィルズにも沢山いるからね」
「ほうほう……」
と、興味深そうにしているルドヴィア達である。
「それから、劇中で語られない細かい知識や経緯は本で補うのも良いね。見て面白くしたり、分かりやすくするために割愛している情報もあるから」
「なるほどな……。うん。本は良い」
ザンドリウスは俺の言葉に目を閉じてそんな風に言っていた。ドラフデニアの事に限らず、フォレスタニア城には幻影劇に絡んで調べ物をしたり、書物や資料も増えているから興味をもったならそっちも楽しんで貰えれば、というところだな。
そんな調子でテンションが上がっている面々と話をしつつ、植物園や火精温泉に行ったり、境界劇場に行って歓迎の演奏を聴いたり、タームウィルズとフォレスタニアを回りつつ賑やかに過ごさせてもらった。
植物園では花妖精達やノーブルリーフ達に歓迎されて楽しそうに握手をしたりしていた。植物園では食べられる作物や薬の原料になるものも多いから、直近の出来事で料理や治療等に関わりが多かったザンドリウス達にとっては中々興味深い見学になったようだ。
火精温泉ではどうかと言えば、アルハイムが湯に浸かるのを随分と気にいっていたりしたな。カストルムはカストルムで、流水プールにて分離させた手足と本体にザスカル達を乗せて一緒に遊んだりしていたようだが。そんな調子で新しくフォレスタニアに来た面々の色々な表情が見られたように思う。まあ、総じて楽しんでくれているようで良かったのではないだろうか。
ユスティアとドミニク、それにハーピー、セイレーンの面々も境界劇場で演奏したり歌声を披露したりと、楽しそうな様子だったしな。
そうして、新しくフォレスタニアにやってきた面々の歓迎会も無事終了したのであった。
一先ず俺達はモニュメント設置に伴う儀式の準備を進めていき、ルドヴィア達は新しい生活に慣れるのを目標に過ごしていく、といったところだ。
隠れ里の面々も人の暮らしぶりや物価、法律等といった社会の仕組みを学んで、買い物をしたり、職業訓練をしながらも文化的なものに触れたりといった生活を過ごしている。
ザンドリウス達に関して言うなら、文字と簡単な計算については氏族の方針で学んでいるそうなので、隠れ里の面々と同じように学習を進めていく事ができるだろう。
その辺の方針は氏族間によってまちまちではあるが、読み書き計算を覚えていると氏族内での伝達手段も増えるし傭兵稼業等もしやすくなる、という事らしい。
いずれにしても隠れ里の面々が少し先行しているからかルドヴィア氏族の面々が学びやすいように色々協力してくれているようだ。
エスナトゥーラ氏族の面々は第一世代も多いからな。その辺については他の氏族程学習に苦労はないようだが、過去と現在の空白を埋めるために歴史の勉強や技術発展関連等の勉強はやはり必要だったりする。
そんなわけで魔人達は解呪後の暮らしに慣れるために色々勉強中ではある。座学だけでなく訓練もしているがそんな中でフィオレットとルドヴィアは割と性格や話題が合うのか、仲良く話をしているのが見受けられた。
「なるほどな。私も防御面が得意だからな。魔人らしくない特性で悩んだこともある」
「しかし、フィオレット殿の技は見事なものだ。私も食事関係の事情が無くなった以上は己の得意分野で一芸を突き詰めるべきかもしれないな」
「おお。それは良いのではないかな。個人的にも応援している」
といった具合に、訓練に関する話であったりするが。まあ、交流を深めてくれるというのは良い事だ。
フォレスタニアにいる各氏族達の動向に関しては安心して見ていられる状況ではあるかな。過ごしやすい気温と湿度で衛生的だからか、小さな子供達の体調も安定しているしな。
儀式の準備に関してはどうかと言えば――こちらも順調だ。
祭具や触媒の準備もできたし、儀式場の選定に関しては慰霊の神殿、月の採掘場や浮遊城ベリオンドーラ、ハルバロニスと……いくつかの候補が考えられていたが、これについてはフォレスタニア城の通信室で話し合いをして、ヴァルロスとベリスティオの二人ともに縁がある月光神殿が良いのでは、という事になった。
ベリスティオの肉体が封印されていたし、ヴァルロスが目標として攻め込んできた場所でもある。四大精霊王が門を守り、迷宮の性質によって月女神の力も蓄積されているので、そういう意味でも和解の為の力を放つ場所としては適当だと思われる。精霊王達とも親和性があるから儀式の力をより拡散させやすくなるしな。
月光神殿を守っているカルディアとしては――和解と共存に際して再び重要な役目を担えるのは嬉しい、との事だ。
七賢者にも縁のある場所という事で、カストルムも興味を示しているな。
「神殿の上階を少し改装しようかと思ってるんだ。専用の儀式場を設ける事で、更に儀式の効果を増強させられるかなと思うし」
そう伝えると、カルディアは翻訳の魔道具を通して問題ない、と同意してくれた。
「ありがとう。カルディアからは何か要望は?」
月光神殿の重要性も減ったとはいえ、カルディアにとって守護する区画だからな。
そう尋ねてみると、霊樹の巨木は割と居心地が良いので、それがそのままなら他はそんなにこだわりはない、との返答があった。
「ん。了解。それじゃあ、早速迷宮核で作業をしてこようかな」
『こっちで何かしておく事はあるかな?』
と、工房からの中継でアルバートが尋ねてくる。
「今のところは――儀式関連では新しい事はない、かな? 月光神殿も封印のために作られた区画だから、構造が複雑化していなくて改装しやすいっていうのはあるし」
『なるほどね』
アルバートもモニターの向こうで頷く。というわけで動いていくことにしよう。
「いってらっしゃい、テオ」
「ん。いってくる」
みんなとも少し手を振り合って、迷宮核へと飛ぶ。
迷宮核での作業は神殿に手を加える事になるが、それほど大がかりなものでもない。月光神殿については七賢者が当時の管理者である月女神――クラウディアに魔法を通して働きかけ、こういった区画が欲しいという要望を送るような形で許可を貰い、それで組み上げられたものだからだ。
神殿の構造そのものも迷宮核の制御下にあるので、構造物の改装そのものは簡単なものだ。ピラミッド状の神殿上層部に祭壇を配置したり魔法陣を描くためにスペースを設けたりする事で、改装作業はみんなに伝えていた通りにすぐに終わるのであった。