番外1249 カストルムとの約束を
呪法を治癒の方法に活かすというのは今の段階では構想ではあるな。
「テオドールとアルバートが魔道具化するならば安全性の確保もされるであろう。ただ……いっそ専用施設の中核として組み込んでしまった方が大がかりな悪用対策も練る事ができて良いのかも知れん」
パルテニアラの意見としてはそういうものらしい。確かに……本気で悪用を防ぐつもりならば持ち出せないとか解析そのものが難しい形にしてあるとか、そういった形の方が良いのだろう。悪用防止でなく安全性の向上にも繋がるし。
施設化するなら他の技術等々も組み込んで諸々の治癒術が行えるような……そんな方向になるのかも知れない。
そうすると結果的には病院のような施設という事になるか? 軽々しく進められるものでもないな。
五感リンクを用いた義肢を作る計画も進んでいるし、メルヴィン王やジョサイア王子とも相談しつつ、色々考えておこう。
さて。儀式を行って魔人達に啓示を示すまでは良い。
その後どうやって魔人達と接触するのか、という問題がある。いきなりどこかの拠点に呼び込むといった形では住民も不安がるだろうし、人との衝突も考えなければならない。
そこで……オズグリーヴが行ったように俺宛てに書状を送ってもらう。啓示を見たことが分かるようにメッセージを添えて、どこかで顔を合わせられるようにする、というわけだ。
『彼らが集まる際は――私にも同席させて下さい』
工房で仕事をしている折に中継映像でそう言ってきたのはオーレリア女王だ。月の民の長として魔人達と顔を合わせて和解に関する話をしておきたい、というのがあるのだろう。
魔人達に関して言うならば……特に古参はクラウディアに対して好意的だったしな。
「分かりました。面会の場では互いの攻撃行動に魔法的な制約をかけるつもりでいますから安全を確保しつつ話し合いができる、と考えています」
『それは――皆も安心するでしょう』
俺の言葉にオーレリア女王が表情を綻ばせた。それからモニターに映るカストルムに目をやって笑顔を見せる。
『それから貴方がカストルムね。初めまして。オーレリア=シュアストラスです』
そう言って微笑みを向けると、カストルムも目を激しく明滅させ、嬉しそうな音を鳴らして応じていた。歌うように流れる音からすると、かなりテンションが上がっているようだ。
カストルムにとっては造り主である七賢者の肉親という事になるからな。会う事ができて喜んでいるのが傍目にも見て取れる。
「ふふ、あんなに喜んでいるのを見るとこっちも嬉しくなってきますね」
「うむうむ。全く」
アシュレイの言葉に、マクスウェルがそう答え、アルクスやヴィアムスと揃って核を明滅させてスレイブユニットを頷かせていた。
魔法生物同士、カストルムにとってもいい友達になってくれそうで何よりである。
友達と言うのなら……アルハイムに関してはザンドリウス達とは勿論の事、コルリス、アンバーとも仲がいい印象だ。今も工房の窓辺でコルリス達と一緒に日向ぼっこしていたりして。土魔法に特化している魔力から親和性が高いのだろう。お互い一緒にいて落ち着くのかも知れない。土の精霊も一緒に寛いでいたりして微笑ましい光景だ。
さて。今日の工房での仕事については、カストルムに関する物だ。
カストルムが造られた目的は元々ベリスティオの本拠点だった砂漠の廃墟の監視であるが、その必要もなくなり……解析を進めてそれらの制約になっている部分も外す、とカストルムとは約束しているからな。
より正確には外すのではなく監視する任務を受けていた、というように過去形の記述とする更新作業と言うべきか。それで制御術式の容量が増えたりするわけではないが、自由意思が芽生えたカストルムから、過去の記述を消去してしまうのはどうかと思うし。
これも約束ではあったのだが「ルドヴィアの治療を優先して欲しい」というカストルム本人からの意向であったから、帰ってきてすぐに更新作業を行う事が出来なかったのだが……待たせてしまった分、しっかりと作業を進めていきたいところだな。
「先約があるのに優先してもらうのは……何だろうか。申し訳ない気がする、と言えば良いのか?」
ルドヴィアもルドヴィアで、そんな風に言っていたが……それに対するカストルムの返答は「人命優先で」というものだった。
対魔人用として造られたカストルムが、ルドヴィアに対してそういう認識でいてくれるのは中々感慨深いものがある。七賢者の構築した術式の価値基準が人格の元になっているのだろう。七賢者の人柄なのだろうし、カストルムはそうした想いを引き継いでくれたと言える。
そんなやり取りもあって、カストルムにはザンドリウス達も好印象を抱いているらしい。村の子供達にも人気だったが、カストルムは結構子供達の感性に沿うものなのかも知れないな。
作業に関して言うならば――カストルムの制御術式については解析も済んでおり、どこをどう更新していけばいいか、というのは把握済みだ。
とは言え内部の制御術式に触れるのだ。そこは丁寧に進めたいという気持ちもあるので魔法生物との対話用の魔法陣を描いて、その仮想空間内でカストルムと対話しながらゆっくり作業を進めていこうという事で動いている。
そんなわけで作業を進めている最中であるが……部屋の中に魔法陣が収まるように身体を小さく収納して鎮座しているカストルムである。
「それじゃあ、作業を始めていこうか」
「危険はないみたいだけど……うん。頑張って、カストルム」
俺の言葉を受け、中庭の窓から顔を覗かせてそんな風に言う子供達である。カストルムはこくんと頷いて応じていた。
というわけで、カストルムと向かい合うように魔法陣の中で胡坐をかいて座り、ウロボロスを肩に担ぐようにして、掌を翳して目を閉じる。
マジックサークルを展開。魔法陣が反応して意識がカストルムとの対話モードに移っていく。
暗闇の中に潜っていくような感覚。星空のように煌めくのがカストルムを構成している術式だ。一番大きな輝きがカストルムの意識で――俺がやってきたのを察知すると明滅して歓迎してくれているようだった。
カストルムの歓迎ぶりに少し笑って、仮想空間内部でも向かい合うように位置取り、腰を落ち着けるようなイメージを思い描く。
(少し待たせたね。それじゃ始めよう)
思い描いて伝えるとカストルムからも了解したというような反応が返ってくる。
更新が必要な術式はそう多いわけではない。星空に手を差し伸べるようにイメージをすれば、それが光の粒となって俺達の周りを回る。
必要な術式を手に取るようにして、カストルムと共に内容を確認。元の記述の形を残したままで、もう継続する必要のなくなった任務については文言を過去形にして追記する事で、カストルムの自由意志に干渉しないように更新作業を行っていく。
そうやって更新作業をしていると、カストルムが嬉しいと伝えてくる。それに比して意識自体も輝きを増しているように感じられた。
かつての任務であったものは記憶となり……それが矜持や絆になったという事だろうか。カストルムにとっても誇りに思えるものとなっていくのなら、それは良い事だと、そう思う。
そうしてそのまま――暫く対話を続けて、古代文字だけではなく現代文字や東国の言語等々をカストルムに伝えたり、日常や戦闘に役立ちそうな知識、術式等を伝えたりしていく。やがて対話を終えて目を開くと、窓枠や戸口で見守っているルドヴィアやザンドリウス達の姿が目に入った。
「無事に終わったよ」
と、そう伝えると、子供達は顔を見合わせて喜び合い、ルドヴィアは静かに頷いてカストルムも嬉しそうに音を鳴らすのであった。