番外1248 治癒術を志す者達は
さて……。ガルディニスの隠れ家の封印が解放される時期を待つ事になってはいるが、現時点でのモニュメント設置に関する仕事は一段落したと言って良いだろう。
俺達の作戦が発覚する事もなく、魔人側との衝突も起こらなかった。エスナトゥーラ達やザンドリウス達、カストルムやアルハイムといった面々も迎えられて、結論として言うなら大成功だったと言って良いと思う。
ガルディニスの隠れ家とネシュフェルの動向に関しては、ここからも注視しつつ封印解放の時期を待つ。
モニュメントに関しては本来の目的――魔人達にメッセージを送る儀式のためのものであるので、今度はそちらを実行に移していく必要がある。
というわけで中継映像を交えつつ儀式のための話し合いの時間を設ける事となった。
『――そうか。俺達はあまり現世の事に干渉しないようにしているが、上手く事が運んだのだな』
『各国を跨いだ作戦だったというのに迅速だな。飛行船がある事もそうだが、各国との関係性も良いものだったから、というのはあるのだろうが』
と、モニターの向こうで言うのはヴァルロスとベリスティオである。ザンドリウス達は二人とは初対面だな。ベリスティオとエスナトゥーラを含めた何人かは元々同じ時代のハルバロニス出身者なので面識もあるそうだが。
「ご無沙汰しております」
『子供達と共に無事に目を覚ましたようで何よりだ。ウォルドムも喜ぶだろう。私に関して言うなら、もう盟主というわけではないからそれほど畏まる必要もない』
エスナトゥーラ達がモニターに向かって会釈をすれば、ベリスティオはそんな風に返していた。
そうしてやりとりする横でヴァルロスと、ルドヴィアやザンドリウス達も言葉を交わす。
『お前達には苦労を掛けてしまったようだな』
「いや。魔人達の現状が衰退に向かっていたのも事実。結集に応じたのは氏族全体の選択だ。気に病む必要はあるまい。その後でアルハイムに敗れたのは、私が未熟故」
ヴァルロスの言葉に、ルドヴィアが静かに答える。そんなルドヴィアの言葉にヴァルロスも少し表情を柔らかいものにしていた。
ルドヴィアは表面上淡々としているが、ザンドリウス達をさりげなく気遣ったりしている様子が見て取れて……封印術を受けている現状では元々の冷静さと相まって思慮深いという印象がある。ザンドリウスはそんなルドヴィアの冷静なところに憧れがあるのか、同じように冷静で慎重であろうとしているようで。
保護者というよりは師弟関係と言った方が近いようにも思えるが……まあ、ザンドリウス達にも慕われるわけだな。
そんなルドヴィアはフィオレットと気質が似ているから気が合うようで。
今度共に訓練をしようと話をしていた。エスナトゥーラもザンドリウス達の事は他人事に思えないから気にかけているようだし、良い関係を築いてくれているようで何よりである。
解呪を受ける事については――ルドヴィアも同意してくれた。
解呪が早い方が順応も早いし、自分がそうする事でザンドリウス達と訓練ができるだろうという事だ。ルドヴィアに関しては決断が早い事である。
とりあえずルドヴィアの解呪については治療が終わってからになるだろう。ザンドリウス達もタイミングを合わせて解呪をする、と言ってくれた。
とまあ、俺達と合流している魔人達に関しては一先ず心配いらなそうだ。
「――後は儀式を行う日程か。良い日はあるかな」
そう俺が言うと、ヴァルロスが思案を巡らせる。
『ふむ。俺達の神格に共鳴させるという話だったな。何かの節目に合わせるというのが良さそうだが』
『例えばだが……候補としては私達がハルバロニスを出奔した日。七賢者に敗れた日。ヴァルロスが出奔した日や氏族達が結集した日。それにテオドールとヴァルロスが約束を交わした日。私がお前達と月で言葉を交わした日。冥府での再会……。そんなところか』
ベリスティオが幾つか候補を挙げる。基本的には始まりの時か終わりの時、という印象だな。
「魔人達の変化の兆しになぞらえて儀式を行う日とする、というわけね」
「象徴や寓意という意味を込めているわけだね」
ローズマリーの言葉に頷く。
『記念日という柄でもない。それらの中から直近の物で、テオドールにとって都合の良さそうな日がよいのではないだろうか』
『確かに。象徴になりそうなものを挙げはしたが、私としても拘りのようなものはないしな』
ヴァルロスがそう言うとベリスティオも同意する。
「それじゃあ、暦の上で寓意を込められそうな日を見ていこうか」
というわけで、それぞれの日付を確かめていく。幸いというか、ベリスティオ達がハルバロニスを出奔した日が最も近かったので、その日に儀式を行おうという話になった。多少の準備期間も挟めるので、こちらとしても動きやすい。
それに祭具を儀式まで秘密にしている関係で口には出していないが……その日はベリスティオが決別という意味で自らの剣を瘴気で断ち切った日だからな。
そこからの再度の変化という意味でも寓意が符合してきて良いのではないだろうか。
さて。儀式の日についても無事に纏まり、日常が戻ってきた傍らで、それに向けての準備や会合場所やガルディニスの隠れ家関係の監視を続けていく事となった。
領地に関してはそれほどモニュメント設置のために離れていた期間が長かったわけでもなく、文官のみんなもきっちり補佐をしてくれているので、俺としても留守の間にたまった書類を処理するのにそれほどの苦労はなかった。
みんなの体調に関してはと言えば――。
「というわけで、母子共に健康で安心ね」
フォレスタニア城のサロンにて往診に来てくれたロゼッタが、その結果に関する報告をしてくれる。一緒に往診にきたルシールも頷く。
「境界公が戻っておいでということは循環錬気も再開しているのでしょうし。オフィーリア様やカミラ様も体調が良くて結構な事です」
「そうですね。循環錬気に関してはお二人も含めて再開しています」
俺が帰って来たので循環錬気での生命力増強や魔力の整調等は進めている。オフィーリアとカミラに関しても体調は良いとの事で、俺としては安心しているが。
アルバートとエリオットも交えているので二人とも体調がよく、魔法技師や領主の仕事が捗る、とは言っていたが。
「ルドヴィアさんだったかしら。彼女に関しては治療法も含めて経過が色々気になるところね」
「やはり、治癒の術を追究する者の端くれとしては確かに気になりますね」
ロゼッタが言うとルシールも頷く。まあ、それは確かに。二人としては他の場面で応用が利くのか、コストやメリットデメリット等々、気になる点は多いだろう。
「一先ず、方針通りに治療の継続をしていますが、循環錬気で見る限りでは今のところ問題は起きていませんね。変身呪法の治療への応用という事になりますが……」
ルドヴィアの治療の経過についても二人に伝えておく。
体力と魔力の回復を図り、頃合いを見てアシュレイの治癒魔法やポーションを用いて変身呪法がかかっている範囲を次第に減らしていく、一応これについては目論見通りに推移しているな。
「現時点では上手くいっています。但し、欠損した部位に何か別の物を変身させて穴埋めしたり、といった方向で補うのは……恐らく無理だと思います。変身しても当人は当人なので、魔力資質なり含有している魔力の波長が離れすぎていると適合しないと言いますか。切断された部位を変身呪法で繋いだり……というのは可能だと思います」
そう伝えるとロゼッタとルシール、それに話を聞いていたアシュレイも興味深そうに耳を傾けていた。
魔力資質が離れていると拒絶反応のようなものが起こる、というのは迷宮核のシミュレーション上で分かっているからな。魔力資質が近くて移植にも適合するならば……血液型等々の条件も恐らく似通ったものになってくるのではないだろうか。
魔力波長を揃える事自体はオリハルコンで可能だが……まあそれを一般化するにはコストというか資源的に難しい。
それと……呪法をそうした医療に応用する場合、少しだけ気を付けなければいけない事がある。
例えば接合のために呪法を使ったとしても、その状態を固定して維持するために相手の魔力の一部を強制的に占有して維持する、という事はできる。それが呪いの本領だからだ。
では相手の魔力が一時的に枯渇すれば呪法が解けてしまうのかと言えばそんな事はない。魔力が尽きても維持されるように生命力、精気を削ってでも呪法を維持するという事になる。枯渇によって接合部が分離してしまうというような事態は起こらない反面、消耗した時のリスクが増えてしまう。
その辺の事を説明していくと、エレナも頷いて補足説明を交えてくれる。
「相手の魔力の一部を占有して術式を維持するという事は、多少ではありますが相手の魔力にも制限がかかってしまう、という事でもありますね。攻撃的な使い方ならばそれも問題にはならないのでしょうが」
「魔力枯渇を起こさせないように安静にさせていれば、という事ね……。一般化するには少し呪法が高度だし、悪用された時の危険も大きくて難しいかしら」
ロゼッタがそんな風に言う。まあ、そうだな。だがまあ、悪用できないように対策をした上で、ある程度適用できるケースに対応できるように魔道具化、というのは悪い発想ではないのかも知れない。変身呪法は悪用されたくないものの一つなので、その辺は慎重に考える必要はあるけれど。