番外1247 共に過ごすために
さて。魔人がいくら強靭とは言え、傷の修復にあたり……この場合ポーションでは少し回復力が足りない。
通常の治癒魔法は魔人への効力が悪く、普通の魔法を用いるのも難しい面がある。ただ、腹部の傷の状態を言うのならば、即座に致命傷になるものではなく、刺されて傷口は大きく開いたが、元々あったパーツがどこかが欠けている、というわけではない。
急場を凌ぎつつ体力と魔力を回復させつつ、対処するための方法は――既に俺の手札にある。
使う術は――ベシュメルクの変身呪法だ。自分自身の姿を鳥に変えたりといった使い道は勿論だが、もっと呪いらしく他者を蛙に変えたり等と言う使い方ができるこの呪法ではあるが――変身した後でも蛙なら蛙として生物的に正しく機能するわけだ。
そうした性質を利用すれば……例えば部分的に作用させて傷付いた組織を元通りの形に「変身」させたりする事もできるわけだ。
これで急場を凌いで変身呪法を固定。体力と魔力を回復させつつ段階的に呪法を解除して治療を進めていく事で、ポーションだけで傷の治療を間に合わせる事もできるだろうし、封印術と併用する事で治癒魔法が効力を発揮する状態にして治癒を進めていく事もできる、と。そういうわけだな。
とはいえ、長々と説明している程ルドヴィアの傷は軽いものではない。変身呪法の行使とその固定までは進めてしまって、それから説明をしていこう。
ルドヴィアはその場に腰を下ろしつつも、こちらの術を受け入れる構えで目を閉じて力を抜いている、といった印象だ。
流石に肝が据わっているというか。水晶化している間にザンドリウス達が奔走していた事や、治療について語りかけていた事も、ある程度信用される要因になっているのだとは思うが。
マジックサークルを展開。呪法を用いて傷口の部分を元の形に変身させていく。光に包まれて、傷口の輪郭が変わって行き――それが収まると綺麗に傷が塞がっていた。
「すごい、な。これは。もう、痛みもない」
ルドヴィアは傷口のあたりに触れたり、体を軽く捻ったりして具合を確かめてから頷く。
「礼を言わねばならないな」
「まあ……確かに一見では元通りになっているように感じるとは思う。今の状態は変身の術で構築した仮のもので……これを固定しつつ、体力と魔力の回復を待って段階的に治療していくつもりでいる」
急場を凌いだところで、変身呪法で急場を凌いだ事や、魔人には普通の治癒術では効果が薄い事等々を話しつつ、これからの治療方針を説明していく。
同時に、魔人との和解、共存の話もしていく。呪法を固定するならば、封印術も併用した方がより確実だからだ。呪法的なパスが構築され、変身呪法までかかっている今のルドヴィアは……言葉は悪いが俺に呪われた状態で……封印術の効果も確実なものになっている。
そんなわけで封印術を用いることで呪法を強固に固定し、ポーションや治癒魔法の効果増強が行え、更には魔人との和解に理解を深めてもらう事ができるという……こちらとしては一石三鳥のような状態になるわけだ。
その辺を説明すると、ルドヴィアは少し小首を傾げる。
「魔人の特性を封印する事で和解に理解が進む、というのはよく分からないが」
「魔人の特性を抑える事で五感や感じ方にも変化があってね。この辺は受けてみないと実感がわかないと思う。諸々説明するつもりではいるけれど、ヴァルロス達との戦いについても話す必要があるから多少は長くなる」
受けてみないと実感がわかない、と伝えたあたりで、子供達がうんうんと頷いたりしていた。ルドヴィアはそれを少し横目で見やると頷く。
「……分かった。変身の術式の効力時間もあるのだろうし、まずはそれを受けてから話を聞こう」
では――。その辺も諸々進めていこう。
というわけで封印術を施すと……ルドヴィアはザンドリウス達を見やっていたが、やがて納得したというように頷く。
「なるほど。感覚の違いとはこういうものか」
ルドヴィアは無表情に言うが……ザンドリウス達を見て変化を実感するほどには内面で感情が動いたという事なのか。
後は封印術を固定する魔道具を装備してもらい、体力と魔力の回復に努めて貰ってから治癒の続きをしていけばいいだろう。
それらの処置も終えてから結界を解除すると、ザンドリウス達もルドヴィアの周りに集まってきて、みんなも廊下から様子を見に来ていた。
「ルドヴィア……無事で良かった。その……色んなことを教えてくれたり、助けてくれてありがとう。お礼を、言いたかったんだ」
「ふ……。助けられたのは私の方だろう」
ザンドリウスがそう言うとルドヴィアは少し笑って目を細める。そうしてザスカルや子供達は治ったのを喜んでいると口々に伝えて、ルドヴィアはそれらの言葉に静かに頷いていた。ザンドリウス達は俺にも改めてお礼を言ってきて、そんな様子にみんなも表情を綻ばせている。
「テオドール様の変身呪法の使い方は素敵ですね」
「うむ。こうして良い方向に活用してもらえるのは妾としても嬉しいものだな」
エレナの言葉にパルテニアラが笑みを見せていた。そんなやり取りにカルセドネとシトリアもこくこくと首を縦に振っているが。
変身呪法の応用だからな。呪法の使い方に関しては、喜んで貰えて何よりであるが。
ルドヴィアの体調も問題無さそうなので、場所を移して魔人達との戦いの経緯と約束、それから白蛇も含めた現状に関する話をしていく。
「いきなり攻撃を仕掛けた事を、謝罪する」
白蛇はそう言って頭を下げていたが、ルドヴィア達としてはそれほど白蛇に対して思うところは無いようだ。
「私達と他種族の関係性ぐらいは理解している。何時攻撃を受けても不思議はないものと理解しているから問題はない」
と、そんな風に答えていた。
「白蛇の名前も考えないとね」
「良いのか? それほどの協力は、できてないと思うのだが」
「事前の約束通りではあったし、水晶槍からの干渉がなかったからね」
白蛇に答える。呪法に近い性質があったわけだし、白蛇の気持ちが協力する方向に向いていないとああはならない。出会い方が良いものでなかったのは事実だが、だからと言ってそれで同行する事を喜んでくれた気持ちを無碍にはしたくないしな。
「俺としては……これから仲間として一緒に過ごしていくためにも、名前を受け取って欲しいと、そう思っている」
白蛇にそう言うと、少し感じ入るように目を閉じていたが、やがて顔を上げて答える。
「分かった」
「アルハイム……っていうのはどうかな」
そう伝えると白蛇は名前を何度か呟いて語感を確かめていたようだが、やがて俺を見て少し嬉しそうに頷く。気に入ってもらえたようだ。
名前の由来としては……例によって星の名前をもじったものだな。蛇使い座の蛇の部分を構成する星の名前、だったはずだ。それを元に少し形を変えた。
景久の記憶にある雑学だが、蛇使い座はやや特殊で、黄道という太陽の通り道にありながらも十二星座には含まれない。十二支に対する猫のようなイメージがあるというか。
蛇使い座には蛇が薬草で死んだ仲間の蛇を復活させるのを見て、医者がその蛇に倣ったという逸話があり……死者の復活と言うのも、アルハイムには少し近いイメージがあるか。
ただ……医療という方向で名の意味を考えるならこれからは誰かを助ける力になって欲しいとも思うし、白蛇は東国では縁起が良いというのはあるので、名前を持つ事で色んな人達と良い関係を築いていってもらえたら嬉しいと、そんな風に思う。
同じ土属性で魔力の親和性が高いのか、コルリスやアンバーが握手を求めたりしていた。ヒタカの御前も正体は蛇で面倒見が良いので、アルハイムと仲良くしてくれそうなイメージがあるな。