番外1246 治療のために
ルドヴィアの変質と体内魔力、水晶化が解除された場合の怪我の度合い。
それから水晶槍の構造と魔力の動き。白蛇の戦闘中とその後の魔力といった、諸々のデータを迷宮核に入力していく。
その上で、組み上げた治癒術式を迷宮核の内部で疑似的に行使して治療の手順や安全性を確立する、というわけだ。
「……なるほどな」
水晶化の解除がなされた時に、怪我の治療にどう動くのが最適か。
まずは止血と痛み止めだろうか。その上でルドヴィアを説得したいところだ。ルドヴィアにどこまで外部の情報が伝わっているかは分からないが、もし意識レベルが薄い状態で水晶化しているならば、彼女の主観では白蛇との戦闘から離脱する途中でいきなり意識が戻ったら治療されている状態だった、となって、混乱を招くかもしれない。
ルドヴィア自身は魔人なので、脇腹を撃ち抜かれた程度ではまだ十分に動ける。それ自体は良い事だとは思うのだが。
水晶化したポーズも臨戦態勢という印象だしな。元に戻った瞬間に瘴気弾が放たれそうな姿勢や表情をしているというか。
だから、治療の最初の段階ではこちらにも多少の危険が伴う。ルドヴィアは魔人達の中では理性的な方のようだが、それでも戦闘に際して臆するようなことはないだろうし。
かといって封印術は身体的な力を弱めるので傷のダメージを相対的に増幅させてしまう。治療前に封印術を施してから、というわけにもいくまい。
だから上手くザンドリウス達と共に安全である事を理解させつつも、治療にスムーズに移行したい。ルドヴィアが外の情報をどこまで理解しているか、という問題はあるが。
ふむ……。俺とルドヴィアで隔離型の結界に入って内部で治療を進め、その外でザンドリウス達に説明してもらう、というのが良さそうだ。
水晶化が解除された時の反応がどうであれ、最初から攻撃を避けたり受け止めたり、ルドヴィアを傷付けずに多少場を保たせるつもりで動けばいい。
但し怪我の治療に移ってからは迅速に、というところだな。
そうやって道筋を考えた上で、水晶化解除の術を仮想空間内のシミュレーション上で試して効果の程を確認する。
問題は――なさそうだな。では、フォレスタニアに戻り、諸々の準備を進めていくとしよう。
迷宮中枢部からフォレスタニアへと戻ると、ザンドリウス達が心配そうな表情でこちらを見てきた。
「水晶化から戻す術に関しては上手く機能する、と思う。もう水晶槍からの侵食もないからね」
そう伝えると、子供達は少し明るい表情になった。白蛇の水晶槍については呪法的な性質を備えていたが、もうそれも機能停止している。後はその辺を気にせずに状態回復をすればいいだけだ。
その上で、先程纏めた考えや手順等を説明するとザンドリウス達を含め、みんなも真剣な表情で頷く。
「結界の外からルドヴィアを説得すればいい、というわけだな」
「そうだね。外界からの情報の伝わり方次第では、その必要もなくなるけれど……まあ、色々な状況に対応できるようにしたいからね」
「分かった」
そう言って各々頷く子供達である。
「それじゃ、早速治療を始めよう。まず城の空き部屋に結界を描いて、ルドヴィアに結界の中に入ってもらう、と」
「結界の構築は手伝うよ」
アルバートが笑みを見せ、アピラシアもこくんと頷く。
「ん。それじゃ進めていこう」
というわけで魔石の粉を使って魔法陣を構築していく。固着して結界が動作するかを再確認してからルドヴィアを連れて来て、運搬容器から出して魔法陣中央に配置する。
運搬容器についてはメダルゴーレム等も組み込んでいるので後で解体すればいいだろう。
「私達も同席すると、混乱を招きやすくなると思いますので、ルドヴィアさんが落ち着くまで中継で様子を見ていますね」
と、グレイスが言う。
「ん。確かに、今回はそっちの方が良いのかな」
「話の流れ次第で必要なら、私達も姿を見せて、今の魔人達の現状についてお話をします」
エスナトゥーラがそう言うと、テスディロスやオルディア、オズグリーヴも首肯していた。ん。そうだな。覚醒魔人が一緒にいれば魔人の現状についての説得力も増す。
「我も……ルドヴィアの混乱を招くといけないので一先ずは待機していた方が良さそうだな。もし何か不具合があればすぐに呼んで欲しい」
白蛇当人も納得しつつ協力に関しては惜しみなくしてくれるようで、有難い事だ。
俺とルドヴィアが結界の中へ。ザンドリウス達は結界の外で見守る形だ。肩にシーカーを乗せて中継映像を送り、この場にいないみんなにも状況が伝わるようにしておく。
ウロボロスの石突で床を軽く叩けば、魔法陣が光を放って結界が効力を発揮する。生活魔法でルドヴィアの水晶、結界内部。自分の髪、手足に衣服に至るまでを浄化して、風のフィールドを纏う。
「それじゃあ始めるよ」
そう言うとザンドリウス達がこちらを見守りながら揃ってこくんと頷く。
では――。仮想循環錬気と共にマジックサークルを展開。水晶化を解除する術式を――傷口の部分から広がるように行使していく。傷口の周辺から水晶化が解除されていくのに合わせ、術式の基点も仮想循環錬気で外側に移していく。
こうする事によって傷口周辺に他の治療用術式が干渉しないように作用させられる、というわけだ。
水晶槍を引き抜き……意識の空白に乗じて呪法で干渉して、他者の身体に直接術式を干渉して作用させられるように呪術的なパスを繋ぐ。
こうすれば治癒術も自由度が上がる、というわけだな。アシュレイや母さんのように治癒に適した特殊な魔力資質があるならば、こうした工程を挟まなくても良いのだが。
水晶化の解除途中で倒れないように身体を支える。水魔法と闇魔法によって、傷口部分の止血と痛み止めを並行して行う。
水晶化を解除する術式はその間にも効果を発揮し続けていて――身体維持の機能――内臓等を優先して元に戻していく。生命維持に必要な部分は先んじて術式の効果を発揮させておきたい。
術式の動きに干渉しないように仮想循環錬気で体内魔力の動きもモニターしているが、傷口以外の部分は先んじて正常な働きを取り戻してきているな。順調だ。
そうして頃合いを見計らって術式を制御。眩い輝きを放ち――水晶化解除が一気に全身へと効果を及ぼす。
「おお……」
「ルドヴィア……」
ザンドリウス達もルドヴィアの水晶化が解除されていくその光景に見入っているようだ。
「――お前達は逃げ……ッ」
元に戻った瞬間に、ルドヴィアが叫ぶ。水晶化する前に叫ぼうとしていた言葉がこれなのだろう。一瞬、掌の中に瘴気弾が生まれかけるが、それが縮小していく。視界内にザンドリウス達の姿を認めたのだろう。
「ここは――私、は……?」
「もう大丈夫だルドヴィア。危険はない……!」
「今はルドヴィアの治療をしてもらっているところなんだ……!」
ザンドリウス達が大丈夫だとルドヴィアに伝える。ルドヴィアはザンドリウス達の様子に少し戸惑いながらも脇にいる俺に気付いて視線を向けてきて。
「一先ず安全な場所で、危害を加えるつもりはない。今は――ザンドリウス達に頼まれて治療をしている」
「そう、か。その声もその魔力も……どこか聞いて、感じた……ような気がする。石化している間の事か?」
俺が答えると、ルドヴィアが更に尋ねてくる。
「石化――というか水晶化ではあるけれど、外界からの情報が多少伝わりそうだと聞いていたから、その間に声が届く事を期待して治療すると伝えたり、治療の方法を探るために魔力を送って解析したりはしていたね」
そう答えるとルドヴィアは眉根を寄せてしばらく思案していたようだったが、やがてその場に腰を下ろす。
「信じよう。何か私がすべきことは?」
「そのまま楽にしていてくれればいい。こっちの術式を受け入れてくれると助かる」
「良いだろう」
と、ルドヴィアは頷いて、それから言う。
「借りができたな、人間」
「テオドールだ」
短く自己紹介をすると、ルドヴィアは「分かった」と短く応じていた。さて……。では傷口の治療だな。