番外1244 白蛇と慰霊
「その蛇が先程の魔獣の正体、ですか」
オズグリーヴがやってきて雪原の上で気絶している様子の白蛇を見て言った。改めて普通の封印術もかけ直しているところだ。
白蛇は体長にして2メートル程。一般的には大蛇と呼んで差し支えない大きさだ。蛇系の魔物としては……普通かも知れない。
頭部から首にかけての鱗は先端部分が水晶のような質感になって、棘のように毛羽立っている。頭だけ見ると蛇というよりは竜のような印象もあるが。土の強い魔力を宿している、というのも間違いなさそうだ。
「蛇の気絶というのは……初めて見るな」
と、テスディロスが白蛇を見て顎に手をやる。そうだな。腹を見せて、舌も伸びたまま戻らない状態で……完全に伸びている。生命反応はあるから生きてはいるが。
シリウス号の甲板の縁からも子供達が顔を覗かせて、物珍しそうに蛇を見ている。
「確かに……俺も初めて見るかも知れない。ルドヴィアさんの水晶化を解除する兼ね合いもあるから、一先ず能力を使えなくしたけれど」
能力が種族的なものだけではなく、これまでの生き方や価値観に直結している印象があったからな。
飲み込む、取り込むといった特性を逆に利用する形で相殺したので、先程の一撃は一時的な封印術と違う。
負の感情の共鳴によって骸を操るような術は、これからはもう使えないだろう。他の部分も封印術で補い、呪術で固定、と。これで無力化されたはずだ。
被害状況も確認してみるが、一先ずみんな手傷もなく大丈夫そうだ。
では――仮想循環錬気でデータを取って分析を進めてしまおう。あの水晶化攻撃は変化が解けた姿を見る限り、威力の程はさておき元々持っている能力のようだしな。
というわけで白蛇のデータを収集する。戦闘中もウィズが分析を続けていてくれたから、水晶化攻撃における魔力の動きも概ね解析できそうだ。受けた側――ルドヴィアのデータもあるしな。この分なら治療のための術式を構築できそうである。
そうしていると白蛇が目を覚ましたようで……身体の向きを直して、肩越しに振り返るように俺達の方を見てくる。
くい、と、頭を下げて、お辞儀をするような仕草を見せているが――。
「何でしょうか……。この感情は、感動や尊敬に……感謝の念、でしょうか」
と、オルディアが首を傾げる。白蛇は尻尾を軽く振りつつ頷いたりしているが。
「あー……。さっき、死骸を操る能力を使えなくする為に、情報を送り込んだからね。共鳴そのものを抑える魔術的な核みたいなものだから、洗脳の効果は特に持たせていないけれど、人と魔人の戦いや敗れた瞬間の無念とか殺意とか……負の側面しか知らなかったなら、価値観が変わるぐらいの衝撃ではあるかも知れない」
受ける事で行動や考え方を誘導するような効果はない。洗脳の術式ではないが、副次的に情報の伝達はされては、いるな。
「良いのではないですかな。知る事で変わる事もあるというのは我らとしての実感でもあります」
ウィンベルグが静かに頷く。
「負の側面しか知らずに歪んでしまったのなら、違う側面を知らせるのも重要な事かと」
と、エスナトゥーラが目を閉じて言う。
……そう。それは確かにそうだな。元々白蛇が住んでいる土地が戦いの舞台になって、結果として変異させてしまったわけだし。歪んでしまったのなら、過去の月の民と魔人の戦いの後始末の一環として引き受けるのも、ヴァルロス達との約束にも沿うものだと思う。
「……もしよければ、一緒に来るか? 人に危害を加えないように、契約魔法を交わしてもらう必要はあるけれど」
和解や共存の記憶を送り込んでおいて、また無人の土地に1人というのもなんだしな。
そう言うと白蛇は首をぶんぶんと縦に振った。通信室のみんなもそんな白蛇の反応に笑顔になっているな。コルリスやルベレンシア、ヴィアムスといった、同じような経緯を持つ面々も各々嬉しそうにしていた。
よし……。では契約魔法を交わして――それから雪原に散らばった遺骨を回収したり、碑を建てるぐらいの事はしておこう。
それらの作業をしている間に水晶化を解除する術式も組み上げられるはずだ。
それで大丈夫だろうかとザンドリウス達にも尋ねると、彼らも甲板の縁から顔を出しながら、こくんと頷く。
「経緯としては……俺達も同じようなものだからな。ルドヴィアが治る公算が高い方に進んでいるように見えるし、俺としては何も問題はない」
と、そんなザンドリウスの言葉にザスカル達も同意していた。
ん。納得してくれたのなら良いだろう。
今かかっている封印術と呪法の代わりに契約魔法を結んでから完全な無力化を解除すると、白蛇は静かに自分の身体を振り返って、変化の程を確かめているようだった。
一瞬遅れて白蛇の身体が光に包まれる。人化の術を使ったようだが――先程とは姿が違うな。大分年齢が若返ったというか、ザンドリウスと同じぐらいの少年の姿になっていた。毛先が水晶に変質した白髪。真っ白な肌に赤い目と、白蛇の時の姿を連想させる人化の術であるが。
「姿が、変わった……」
白蛇は自分の手足を見て、少し不思議そうにしている。改めて変身の姿を変えた、というわけではないらしい。
『私の時と同じかも? 姿形も持っている力に影響を受けたりするし』
と、セラフィナが少し首を傾げて言う。
「なるほどね。確かに……共通点も多いかな」
セラフィナに初めて会った時は瘴珠の影響でバンシーのような姿になっていたからな。力を削がれたのと、そこに関わった俺からの影響との兼ね合いでセラフィナは今の姿になったけれど。
翻って白蛇の場合を見てみれば……戦場の記憶が力の核としてあったから、その部分に大きな影響を受けたら人化した時の姿もリセットされて、子供の姿になったとしても不思議ではないのかも知れない。
まあ生命反応等は問題無さそうかな。
というわけで契約魔法も交わしたし見る限りでは大丈夫そうなので骸の回収と埋葬に移っていく。シリウス号がバロールの制御であたりを明るく照らす。クレイゴーレム達を動員して遺骨の回収と埋葬だ。
遺骨が色々と混ざってしまっていたりもするが、それぞれ微妙に魔力波長が違う。これは呪法を使って魔法的なパスを作ってやることで判別が可能である。個人の特定までには至らないが……埋葬する事はできるだろう。
「総動員した……から地上に出ている骨で全部、だと思う」
と、白蛇が教えてくれる。なるほど。湿地帯を掘り返す必要はないな。
骨を個人個人の分に合わせて即席の箱に詰めていく。白蛇も自分がやった事だからと、土魔法を操って同じように箱を作ったり、手伝ってくれるようだ。
『感謝します、テオドール公。責任を持ってシルヴァトリアで慰霊碑を作って埋葬しますね』
と、アドリアーナ姫が通信室でこちらに向かって微笑んでお辞儀する。
「これだけでは個人の特定にまでは至りませんが……。シルヴァトリアに残っている資料と併せれば、装備品等から分かる可能性もありそうですね」
その辺は可能な限り追えるように作業を進めていこう。特に人骨の方は朽ちてはいるが剣や鎧といった装備品を身に着けていたりするし。
シルヴァトリアで鎮魂や慰霊の儀式を行っていたからその辺は済んでいるが、だからといってぞんざいに扱って良いものでもあるまい。
飛竜や馬等を除いた魔物や動物の骨は近くの森の生まれだと思うので、湿地を少し掘って埋めておけば良いだろう。
ゴーレム、働き蜂やティアーズ達に運搬してもらい、骨を分類していく。
後は――ルドヴィアの治療だな。ルドヴィアの場合は腹部に槍を食らっているので単純に水晶化の解除だけでは不十分なところがある。傷の治療も平行して進めなければいけないので、フォレスタニアに戻って、しっかり準備を整えてから望むべきだな。
幸いモニュメントの設置はこれで完了したからな。予定にも大きな変更はなく動きやすい。