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2018/2811

番外1243表 歩んできた道にかけて

 魔獣の魔力が膨れ上がっていく。

 この一帯が空白地帯になっていた正体がここにある。湿地に何もかも飲み込んで、自身の内に取り込んでいた。

 その飲み込むとか、取り込むという性質もな。湿地の主であるが故の性質か。それとも生まれ持っての種族的なものか。


 魔獣に合わせるようにウロボロスを構え、循環錬気で魔力を練り上げていく。ボロ布の下に魔力が集中したかと思うと、右の袖から青い色をした水晶の剣が伸びた。


 それは……ルドヴィアの腹に突き刺さっていた槍と形状こそ違うものの、同一のものだと一目で分かる。つまりは、あれで斬られたり突き刺されたりすれば水晶化する、という可能性は高い。


 だが――それは魔力の均衡が破れれば、の話だ。呪法的な要素を持つのなら尚の事。状態変化系の魔法も、相手の深いところに叩き込んだという事実が寓意となり、効果を強化する。要するに……致命的な一撃を食らわなければ抑え込めるという事だ。

 ウロボロスに練り上げた魔力を纏わせ、シールドを蹴ってそいつに突っかける。


 奴はその場に踏みとどまって、俺の一撃に合わせてきた。重い音を響かせてウロボロスと水晶剣がぶつかり合い、互いの魔力が干渉して火花を散らした。ウロボロスがにやりと口の端を歪ませる。侵食はない。


 だが、魔獣は動じたところも見せずに切り返してくる。膂力に任せた動きではなかった。剣に魔力を纏わせての斬撃。こちらの受け流そうとする武技に反応して加速。後方に抜けてからすぐさま身を翻して切り込んでくる。


 鋭い。魔獣とは思えない程の技の冴え。それは――オーレリア女王を始めとした、月の民の武芸に似ている。

 ならばそれは、かつての戦場で見たものか。無念を抱えて倒れたベリオンドーラの武官達が身に着けていた技術を、知識として取り込んだのだろう。


 魔術師のような風体の見た目や傀儡を操るのに反して、互いの技量を競うような技術戦となる。


 閃光のような斬撃。半身になって避けて竜杖を叩き込む。切り返しの斬撃。

 互いの得物が激突して弾かれる、その勢いを利用して魔力を込めた石突きを跳ね上げる。


 顔のあたりを掠めるも、奴は上体を逸らして後方に回転するように避けていた。

 ボロ布の裾に魔力反応――! 蹴りを繰り出すような仕草と共に、水晶のスパイクが奔流のような勢いで解き放たれる。


「ソリッドハンマー!」


 瞬時に術式を展開して真っ向から叩きつける。岩の塊と水晶のスパイクが衝突して砕け散る。

 砕けた奴の技は――まだ生きている。水晶の欠片がくるくると回って。俺の位置を見定めるかのように空間に固定されると、そこから弾丸となって撃ち込まれる。

 生きているのは俺のソリッドハンマーも同じだ。叩き込まれる水晶の弾丸への守りは小さなゴーレムの盾に変化したソリッドハンマーに任せて、真っ向から魔獣本体に突っ込む。


 激突の瞬間――打撃と共に魔力衝撃波を撃ち込む。手応えは十分。遅れた切り返しに合わせて踏み込み、ウロボロスの逆端を跳ね上げて側頭部への一撃を見舞う。


 野生の勘か。それとも独自の探知能力か。直撃するかと思われたその一撃は掠めただけに終わる。反撃とばかりに横合いから巻き込むように展開された水晶の鎌をシールドで受けると、奴は大きく後ろに飛び退っていた。


「知っている……。今の技、知っているぞ……! 素晴らしい、素晴、らしい……! 魔物相手……では、満足に技を試す事も……叶わなかったが、貴様、ならば……」


 掠めた部分を手で押さえる魔獣。ボロ布が裂けて、その下にある顔が露わになっていた。意外にもそれは若い男の顔だ。但し、髪も肌も白みがかった灰色で、髪の先端は水晶のように青く変質して透けている。

 真っ黒な瞳に赤い瞳孔。瞳孔は細い縦長で、明らかに人間のものではないが――。


 今までの激突で感じた魔力波長やその姿から、少しだけ正体が見えた……ようにも思う。人間の姿を取っているが……何かの化身だ。歳経た生き物が魔力を宿し、変化した。土着の生物の変異、化身だから精霊とも魔物ともつかない。魔力波長も変異していて正体が分かりにくい。


 俺の見ている前で、肩口から後方に向かって水晶が迫り出す。翼とも違う。何のためのものか。

 奴は目を見開き、構えを取る。学んだだけでなく魔物を狩ることで研鑽もしている、のだろうな。それでも奴を満たすには至らなかったのだろうが。


 それに、知っている、と言ったな。ガルディニスか。奴がこの地で魔力衝撃波を使って見せた。その誰かの記憶を取り込んだか。


「お前の、名は?」


 奴が問うてくる。


「テオドールだ」

「そう、か。我には、名がない。名を呼ぶような者も、いなかった。だがお前程の強者に勝てば……畏怖を持って我の名を呼ぶ者も、現れよう」


 他者の無念を呑み込んだ事で、力が欲しいという強い願いにも共感したか。魔力溜まりの魔物もまた、似たようなところがあるし。

 力が及ばなかったから強さを求めるというその気持ちは分かるが……無念から来る研鑽と報復というのは、こいつ自身の動機では、ないはずだ。


 目的を見失った孤独な研鑽、か。名に拘りながらも自分では名付けないのも、魔人の影響が見られるな。


「やってみろ。付き合ってやる」


 牙を剥いて笑えば、奴も目を見開いて笑う。魔力を爆発的に膨れ上がらせて、突っ込んで行く。激突。打撃と共に魔力衝撃波を叩きこめば、奇妙な手応えが返ってきた。

 肩口から生えた無数の水晶の一つが弾け散る。魔獣の動きに支障はない。目にも留まらない速度で切り結んでは打ち合う。


 衝撃を逃すための、アースのような役割か……!


 ガルディニスの魔力衝撃波に敗れた誰かが練り上げた、次に戦うならばという無念が生み出した業。

 それだけではない。奴自身が掌底から魔力衝撃波を打ち込んでくる。そうだな。対策を練るなら自身も使えるように研鑽するのが一番の近道だ。

 だが、それは俺も同じこと。掌底を受ける部分に衝撃を宿したマジックシールドを展開して相殺すると、奴は一瞬の驚きの後で、喜悦に笑みを深くした。


 無数の衝撃と衝撃がぶつかり合い、火花を散らし、水晶が砕け散る。

 月の民の流れを汲む武芸と言い、ガルディニスの技と言い……色々と因縁を感じるものだ。無人になったベリオンドーラに取り残された、過去の亡霊であるなら、俺と縁が深くても当然ではあるのか――。


 そんな思考が頭を過ぎるも、瞬き一つの間に交わされる無数の攻防に押し流されて埋もれていく。ミラージュボディを併用して別々の方向に飛ぶ。動作と移動方向が矛盾するという武芸者殺しの幻惑にも一瞬戸惑ったようだが、魔獣の感知能力によって察知されるのか、惑わされる事なく正確にこちらを追尾してきた。


 それならそれで構わない。奴の正体を探るための材料にはなっているし、幻惑自体を本命にするという方法もある――!


 ミラージュボディの幻影にぴったり重ねるように生み出されたゴーレムで不意をついて殴りつける。

 直撃。本体を追っていると思っていた魔獣の動きが一瞬止まる。続けざまに俺自身のいる場所に幻影を残してコンパクトリープで間合いの内側に踏み込む。衝撃波は――使わない。魔力を込めてウロボロスを振り抜けば、胴体部分に直撃して、余剰魔力が爆裂。魔獣が大きく吹っ飛ばされる。


「ガハッ!」


 充分な程の重い手応え。それでも魔獣は止まらない。手の内に薄い水晶の刃を幾枚も展開し、手裏剣のように放ってくる。その一枚一枚に黒紫色のスパークを放つ魔力が宿っていた。光のような刃が突き抜けるように空を切り裂いて迫る。

 避けない。頭から突っ込んで、命中するものだけを弾き飛ばして後を追う。


 まともに一撃を受けても即座に練り上げた魔力を引き出せるのは、内側に溜め込んだ魔人達への無念を力に変えているからか。攻防で打ち勝ったとは言え、まともに攻撃を受けてしまえば水晶化される事には変わりない。


 追いつかれる前に黒紫色の魔力を全身に纏って凄まじい速度で飛翔。それは紛れもなく魔人の飛行術だ。

 こちらも覚醒魔力を引き出して、速度とパワーを高めていく。反転。ダメージから回復したか。光の尾を引いて雪原の上空で絡み合うように激突を繰り返す。


「オオォオォオッ!」


 咆哮。ルドヴィアに放ったような長大な水晶の槍を幾本も空中に出現させると大きく広がるような軌道で叩き込んでくる。四方で微塵に砕けて雨のように降り注ぐそれを――両手を横に突き出すようにして展開したヴァルロスの重力場で受ける。逃げ場がない程に拡散したはずの無数の水晶弾は全て重力場に飲み込まれて――重力によるスイングバイの要領で加速されて撃ち返される。


 残らず返されるとは思っていなかったのか、両腕を交差させて受ける魔獣。自身が水晶化するという事は無いようだが――。

 覚醒の金色魔力を全身から吹き上げると、奴は水晶の暴雨に晒されながらも、一瞬だけ見とれるように固まった。


 奴の力の源泉が長年溜め込んだ過去の無念や怨念、絶望といったものだ。だから――個人が扱うには練り上げるだけでは追いつかないような膨大な魔力を即座に扱えるのだろう。けれど、それは俺も同じ。覚醒魔力は月の王家に連なるものだからか、俺の道を応援し、支えてくれている人達から想いの力を借りて増幅させる事ができる。


 出し惜しみは――しない。奴の価値観や能力は、俺とは相容れない。だが研鑽には敬意を表する。だからこそ、これまでの旅路の中で身に着けた全力、全身全霊の技を持って奴を打倒する。


「行くぞっ!」


 練り上げた魔力を掌に集中。マジックサークルを展開しながら、頭上に手を掲げる。拳を握れば――放射状に閃光が広がって、その光の届いた場所から色も音も失われていく。

 何もかもが、視界の中で動きを止める。覚醒能力の極致。


 金色の魔力をウロボロスに宿して突っ込む。すれ違いざまに打撃を幾度も叩き込み、術を残して奴の背後に抜ける。


 時間停止の維持は今込めた魔力ではこれが限界だ。俺が後方に抜けたところで、ウロボロスを真横に振り抜けば、色も音も失われていた世界に通常の時間の流れが戻ってくる。


 それは――叩き込んだ打撃が全く同時に効力を発揮するという事で。


 背後で打撃音が同時に重なって凄まじい爆裂音を響かせた。全く違う方向からの打撃の衝撃を、前触れもなく同時に受け止める。それは瞬間的に爆圧に飲み込まれるに等しい。


「ッ!?」


 何が起こったのかも分からないまま、魔獣は打撃の衝撃に飲み込まれた。意識の空白に合わせるように。敢えて当てずに残してきた術が僅かな時間差でその身に撃ち込まれる。


 用いたものは封印術の応用であるが、魂に干渉するベリスティオの術に近い。

 こうした術も――ベリスティオと共闘しその力を見たからでもあるし、神格を得つつあるベリスティオから力の一端を借りられるから、でもあるだろう。


 過去の無念、怨念を呑み込んで力の源泉としているのなら、それらと相反する価値観、記憶、感情を打ち込んでやればいい。

 つまりは――能力の源泉を相殺する事による無力化と封印だ。


 奴の価値観は過去の惨劇が齎したものではあるが、それは奴が望んだものではない。閉じた世界の中で鮮烈な記憶と言えばそれだったからなのだろうし、それしか知らないから染まったのだともいえる。


 ぐらりと、奴の身体が揺らいで。そのまま雪原に向かって落下していく。その中で、光に包まれて変化が解けていく。眼下に広がる骸達も動きを止めて、泥濘と共に崩れていくのが見えた。

 そうして雪原の上に落下したのは――水晶に変質した鱗を持つ白蛇であった。湿地に住まう蛇の化身、か。

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― 新着の感想 ―
[一言] 正体が蛇だったとは意外でした。 もっと霊体的な何かだと思っていたので。
[良い点] 蒲焼きやね…獣はヨダレを出しながら呟いた 右手にピコピコハンマー左手にヘルメットを持った獣はスピードタイプである
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