番外1243裏 老魔人の記憶
雪の下から現れた魔獣の傀儡。幾年もの歳月を積み重ねて魔物達を雪の下の湿原に飲み込んでいたからか、戦死者の骸だけでなく魔物の骸も次々と現れる。その規模は最早軍勢と呼んでも差し支えのない数だ。
生きたまま水晶にされ、そこから恨み辛みを吸い尽くされて亡くなった魔物達も多く、水晶化の傀儡として泥濘の中から這い出してくる。
「オォオオオォッ!」
一斉に咆哮を轟かせる骸の傀儡達は、四肢に黒紫色のオーラをまとわりつかせ、そして湿原を蹴って飛翔する。
骸達はアンデッドではないが、無念や恐怖、絶望の中で湿原に飲み込まれて息絶えた者達の慣れの果てだ。
絶命の際の怨念は、魔獣本体に取り込まれ魔獣の記憶、知識の一部として残っている。それらの一片を疑似的に再現、共鳴させるようにして骸達という器を強化する……怨念の音叉とも言うべき能力。
傀儡の軍団を怨念の衝動のままに解き放つ事により、生きとし生ける者、動く者に見境なく襲いかかる自動操作が可能な事を意味する。魔獣は――戦況を見て方針を伝えるだけで良い。
迎え撃つのはテオドールと共にやってきた者達だ。カルセドネとシトリア、リヴェイラとユイ、デュラハンといった面々はシリウス号でザンドリウス達の護衛に回っている。
「こういう……恨み辛みだのを取り込んで死者を愚弄する化け物と言うのは――成り立ちは違えど、魔界での事を――ベルムレクスを思い出して業腹よな!」
ルベレンシアが目を見開き、牙を剥いて骸達の群れに真っ向から突っ込んで行く。互いの咆哮と咆哮がぶつかり合う。ルベレンシアが突撃の勢いを乗せて爪に魔力を宿して振り抜けば、爪撃そのままの形に骨の骸が切り裂かれた。
そうやってバラバラに切り裂かれたのも一瞬の事。泥濘が切り裂かれた箇所を補うようにして身体を繋げると、黒紫の魔力を纏わせてルベレンシアの背後から踊りかかってくる。
尻尾で薙ぎ払うように打ち上げたかと思うと、そこにカルディアが石化のブレスを浴びせてリンドブルムが足首に備えた伸縮自在の槍を叩き込む。砕かれてバラバラになって舞い落ちる骸達。そこからの再生は――しない。
カルディアの石化によって干渉を行い、魔獣の支配を上書きしたのだ。魔獣の統制下から外れたところをリンドブルムが高空から魔道具で狙撃。
対する骸達は相性が悪い事を見て取った魔獣本体の命令により、石化した部位を自ら砕いて切り離す。即座に泥濘がそれらを埋めて繋ぎ合わせていた。
それを見ても――ルベレンシアは笑う。リンドブルムやカルディアとの共闘が楽しい、というように。
「クック、竜と魔法生物。近縁のよしみよな。このまま組んで端から叩き潰していくとしようか」
ルベレンシアが愉快そうに言うと、リンドブルムとカルディアは揃って声を上げた。
雪原を埋め尽くすような魔獣の爆発的な魔力の肥大。その余波は上空に位置していたシリウス号にも届いていた。それは取りも直さず、シリウス号の位置を捕捉された事に他ならない。骸達は大挙してそこに向かう。
が――。骸達が到達するよりも早く、シリウス号側が動いていた。隠蔽フィールドを纏ったままで迫ってきた骸達の集団に向けて高速で突っ込む。正確な位置、形状を掴んでいない骸達が弾き飛ばされ、そこに一瞬遅れてシリウス号から離脱したデュラハンとティアーズ。アピラシアの兵隊蜂達が切り込んでいく。
デュラハンの大剣が一閃。切り裂かれた骸が緑の炎によって燃え上がる。骸達はアンデッドではないが、デュラハンの力は共鳴している器そのものに作用する。デュラハンに斬られれば再生は機能しない。
それでも魔獣側に手がないわけではない。骨を幾つも組み合わせて剣を形成すると、黒紫のオーラを纏わせて切り込んでくる。デュラハンがそれを大剣で迎え撃てば、互いの魔力が干渉の火花を散らして弾かれた。
弾かれたそこに――デュラハンを援護するというように幾条もの瘴気弾の弾幕が叩き込まれる。甲板からのザンドリウス達の支援砲撃だ。骨の剣で迎え撃つも、魔力を減衰されて撃ち抜かれてしまう。
白兵戦はともかく、射撃戦であればザンドリウス達は狩りで連係して十分な経験を積んでいる。ルドヴィアを助けるために皆が戦っているのに、ただ守られる事を良しとはしなかったのだ。
甲板に陣取り、魔道具でディフェンスフィールドを展開する。その上でシリウス号が隠蔽フィールドを張って動けば正確な座標は掴めない。
ユイが防御に回り、働き蜂やティアーズ達が音響砲を操作する事でさながら移動要塞のような堅牢な布陣となる。
機動力を活かすのは甲板の者達や下方で戦っている仲間が危機に陥った時だけだ。遠くまでは、逃げない。引きつける事で仲間の負担を減らし、誰かが危機に陥った時に退避する事ができるようにする。そういう作戦だ。
そして、仲間達のために敵戦力を引きつけるというのは、他の魔人達も狙いは同じだ。
煙の帯が骸の一団を取り囲むと、そのまま締め上げるように圧縮される。骨の折れる音を響かせるも、粉砕されたはずの骸達は泥濘を取り込んで破損個所を補って立ち上がる。
「単純な瘴気による攻撃では――限りがありませんな、これでは」
それを見て取ったオズグリーヴが静かに言う。
攻防において魔力を減衰させる事はできる。しかし恨み辛みの共鳴を原動力とする骸兵達相手に、瘴気の力では止めを刺すには至らない。敵の数を減らせない。
魔人にとっては相性の悪い敵だ。ベリオンドーラの者達の無念を取り込んでいるという背景もあり、対魔人の隠し玉があってもおかしくはない。
だが、それで構わない、とオズグリーヴは断じる。
元よりこういった手合いは本体を叩き潰されれば纏めて活動が止まるもの。要するに敵戦力を引き付け、テオドールの負担を減らせればそれで良い。
魔獣もまた、自分達を打ち倒して取り込む事で自陣の強化を目論んでいるのだろう。それは自分達への攻撃を諦めないという事。
望むところだと、オズグリーヴは笑う。
そんなオズグリーヴの狙いは他の者達も同じなのだろう。テスディロスは稲妻の速度で戦場を縦横に掻き乱して注意を引きつけているし、ウィンベルグも高速で飛び回りながらの射撃戦を展開している。オルディアが骸達から力を奪って機能停止させ、エスナトゥーラが減衰させて氷の中に閉じ込める事で、骸達を使いものにならないようにして引きつける。
カストルムもまた拳を飛ばして魔力弾を四方八方にばらまき、派手な立ち回りを演じていた。
そうした仲間達の動きにオズグリーヴは頼もしさを感じて……そうしてそんな自身の感情に気付き、少し笑った。
テオドールと行動を共にするようになっても、それは隠れ里の仲間達を庇護するという一点を守ってもらえるなら協力するという契約を交わしたものと。オズグリーヴは最初の内はそのように考えていた。
それでも――共に暮らし、戦いを乗り越えれば絆は感じるものだ。封印術を受けて過ごしているなら尚の事だろう。
だから今は――テオドールの選んだ道の行く末を見届けたいと思っているし、その為に力を貸す事に躊躇いや迷いはない。
同時に、知り合った者達にも怪我をしたり命を落として欲しくはないと、そう感じている。
封印術を解除している、今の状態でさえだ。その事に驚きと共に喜びを感じる。知る事で変わるものは確かにあるのだろう。だからきっと、甲板で陣形を組んで瘴気弾を放っているあの少年と少女達の未来も、これからきっと良い方向に変わっていく。
遥か昔。ベリスティオと共にハルバロニスを出奔することを決めた時のような、仲間達への尊敬と未来への展望から来る、浮かれるような気持ち。そうした懐かしい記憶を思い出して、オズグリーヴは戦いの最中に少しだけ笑うのであった。