番外1240 空白の雪原
シリウス号のフィールド維持は例によってバロールに任せ、雪原に降下していく。雪の上に降り立つ前にシールドを足場に立つ。
かつての戦場となった雪原だ。魔物や動物の足跡が痕跡として残っている。鹿の魔物が平原を横切っていったり、ゴブリンが森の中で活動していたりするのが見えた。
なるほど。今の時間はまだ明るいが……こういう見通しのいいところでも、それなりに魔物や動物も出てくるようだな。
魔力溜まりの外縁だからか、然程強い魔物はいないようだが、生命反応を見る限り、森中に数が多い。
それよりも気になる事がある。静かすぎる事だ。魔物や動物の活動がではなく……環境魔力がと言うべきか。それに付随するように、精霊達の活動が見られない。雪原を含めたこの一帯が凪の海のような静けさである。
これは……あまり他で見たことがない、な。
「環境魔力が静かで精霊達がほとんどいない。……魔力的にではあるけど、凪の海みたいな場所だな。他では、ちょっと見た事がない」
『凪の海、ですか』
俺の言葉にオズグリーヴが目を閉じて思案するような様子を見せる。
『戦場跡というのは……何か関係がある、かしら?』
「分からないけれど、この場所が他と違う点といったらそこだね」
眉根を寄せるステファニアの言葉にそう答えると、みんなも思うところがあるのか考え込んでいる様子であった。
「訪れる人も久しい、亡国の戦場跡……か。精霊達は明るい性格だから、確かにそういう場所は忌避してもおかしくはないけれど」
それならそれで邪精霊の活動が盛んになりそうなものだが、この場所は……そういう事もないな。
『ベリオンドーラの慰霊や鎮魂はシルヴァトリアでも行われているけれど……どうなのかしら』
アドリアーナ姫もこちらの様子を見て目を閉じていた。
そうだな。その辺が行われていなかったらもっと邪精霊が渦巻くような場所になっていたかも知れない。もしくはそうした慰霊を行っているからこうした状態になっている、とか。
他に何か要因があるとするなら……ザンドリウス達が出会った襲撃者か。何か影響を及ぼしているというのは考えられるし、時間帯によって変わってくる可能性もあるな。
『私も……そちらに合流しても良いでありますか?』
そう言ってきたのはリヴェイラだ。戦場跡……しかも精霊の活動が少ないという事で、冥精として気になったのかも知れない。
「それは問題ないよ。もう少し様子を見て、シリウス号に戻ったら転送魔法陣を使おう」
『リヴェイラちゃんがそっちに行くなら、私も……!』
ユイが自分の胸のあたりに手をやってこちらに合流したいと申し出てくる。デュラハンもリヴェイラと同じ方向で危惧したようで、同行を申し出てきた。
リヴェイラが合流するなら……確かに護衛として気心の分かっているユイがいた方が良いだろう。今後の状況にもよるが、人の目がないからユイが力を振るう事になっても問題は少ないだろうし。
『私達もそっちに行ってもいいかな?』
『うん。力になりたい』
それを見てカルセドネとシトリアも言ってきた。二人も……ザンドリウス達の感情の動き方に共感するものがあったようだからな。スティーヴン達にも既に合流したいと伝えて話を通してきたようだから……ザンドリウス達を守る役回りでいて貰えば諸々安心だろうか。
「分かった。リヴェイラ達に来て貰う時に二人も一緒にね」
そう伝えるとカルセドネとシトリアは嬉しそうに微笑んで頷く。
さて……。凪と表現はしたものの、この雪原が普通と違うというのは間違いない。何か原因がありそうだ。ザンドリウス達を襲撃してきた存在が魔力溜まりに絡んだ魔物といった存在でなく……もっと別のものならばという仮定をした場合、遭遇した時の条件を再現してみる、といった検証も重要になってくるだろう。
リヴェイラ達と合流するために一旦シリウス号に戻る。転送魔法陣を用いてシリウス号まで来て貰ったところで改めて話し合いだ。
「精霊にも何かしらの要因で影響が出ているというのは気になる、であります」
と、リヴェイラが言う。
「お二方としてはアンデッド関連の危険性を考えたわけですな」
ウィンベルグがそう言うと、デュラハンと共にこくんと頷くリヴェイラである。
「一先ず、日が落ちるのを待ってそれからザンドリウス達が遭遇した時の状況、条件を再現して検証しよう、とは思っている」
「では、それまでに私も少し雪原に降りたりしてみたいであります」
俺の言葉にリヴェイラが言う。
「分かった。もし場に精霊に影響を及ぼすような何かがあったら危険だから、降りる時は対応できるように傍にいて欲しい」
そう伝えるとリヴェイラはこくんと頷く。とは言え、そういった影響も護符で逸らしたりというのはできるので、リヴェイラとデュラハンには身代わりの護符で多重の防護措置を施しておこう。まあ……精霊が何らかの理由で忌避しているだけなら杞憂かも知れないが。
それに後でザンドリウスにも雪原に降りてもらう事になりそうだからな。防護措置はきっちりと今の内に仕込んでおこう。
そうしてリヴェイラやデュラハンとも一緒に改めて雪原に降りて少し周辺を探索してから船に戻り、腰を落ち着けて感じた事を聞く。
「何というか……確かに、何も感じなかったであります。戦場跡という場所……それもシルヴァトリア王国側で慰霊が行われている、という話であれば……冥精としてもう少し何か感じ取れてもと思ったのでありますが……」
リヴェイラが見解を口にして目を閉じると、デュラハンも首を縦に振って同意していた。
『逆に言うなら、普通ならそこにあるはずのものがない、という事でしょうか』
少し険しい表情でエレナが言う。
「そうなる、ね。慰霊の力が届かずに、空白地帯になっているというのは有り得ない。周囲の状況から鑑みるに十分に異常だと思う」
ルドヴィアの治療を目的とした情報収集のつもりでここまで来たが、こうなると少し話は変わってくるか。場合によっては……一戦交える事になるかも知れない。そう言うと艦橋や通信室のみんなも改めて油断ならないと感じたのか、真剣な表情になる。
まあ、何はともあれ作戦を練ったり防護措置等の準備を進めたりする時間を含めても日暮れまではまだ時間がある。新たにユイ達も合流したし、初対面同士の面々で相互理解を深められるように交流もしておきたいところだな。
そんなわけで防護措置等の準備と色んな状況を想定した作戦をみんなで話し合い、その後に交流の時間を取る。
ザンドリウス達もそうだが、カストルムも今回のモニュメント設置巡りで新たに加わった顔触れだしな。
というわけでお互いの理解を深めるために、それぞれのここに至る経緯等を自己紹介がてら話していく。ランタンでその時の光景を再現して映し出すと、ザンドリウス達は揃って目を奪われている様子であった。
「テオドールの映す幻影を見て、話を聞いていると……何というか心が浮き立つような感覚になるというか……」
「ああ。景色も初めて見るものが色々あって……綺麗だな」
「封印術を施しているからね。お互いの理解だけでなく、色んな知識を得たり感情を深めたりするのにも良いんじゃないかって思ってね」
そう答えると、子供達は笑って頷いてくれる。ザンドリウスは感情の発達が他の子よりも早く冷静で慎重な性格の下地もできているから、他の子供達よりも反応は控えめではあるが……静かにうんうんと頷いていたりするから、まあ、交流の時間を楽しんでくれているようだな。