番外1239 雪の戦場跡
実際に現地に赴く前に、襲撃者についてもう少し調べておく必要がある。捜索してコンタクトを取ることも含めて考えているが――事前情報は多い方が良い。
マルレーンはモニターの向こうから俺を見やり、自分の脇腹のあたりに手をやって頷く。
「ランタンを使わせても良いっていう事かな?」
言いたい事を察してそう尋ねるとマルレーンはにこにこしながら頷いた。
「ん。ありがとう」
マルレーンに礼を言って笑みを向けあい、それからランタンについて説明していく。
「これは幻影を映し出す魔道具でね。幻術として使うなら多少の適性は必要だけれど、記憶にあるものを伝えるぐらいならある程度何とかなる」
そう言ってこちらに向かって手を振るコルリスやアンバーを幻術として映し出すと、本人もモニターの向こうから顔を覗かせていた。
ザンドリウス達はそれらを見比べてふんふんと頷いたりして。
「つまり、これで俺達の記憶から襲撃してきた相手を再現すれば良い、というわけだな」
「そうなるね」
というわけで使い方を教える。といってもランタンを手に取って魔力を込め、イメージを思い描く事である程度何とかなるが。
「では……少し使わせてもらう」
ザンドリウスはモニターの向こうにいるマルレーンにそう言って、ランタンを手に取る。少し離れたところにそれが映し出された。
「俺達が見た時は少し距離があった、からな。記憶ではこうだった、と思う」
ザンドリウスがそう言うと、他の子供達も頷く。
ボロ布を纏って空中に浮かぶ……それは確かに人のような姿形だ。顔は……暗くてよく分からない。ただ、こちらに向かって攻撃をしてくる動きを見せるそれは――腕や掌をボロ布の間から垣間見せている。
人間にかなり近いが、枯れ枝のような灰色の肌で……冥府で見た亡者のような印象だ。
浮遊してボロ布を纏っているというのもレイスを連想させるものがある。
多少の共通点があって似ていたとしても、レイスという事は流石にないだろうけれど。攻撃の手段も、な。高度な魔法なのか呪法なのか、それとも能力由来のものなのか。
『……何者、かしらね』
「分からない。魔術師、魔法生物に人型種族の変異魔物……アンデッドというのもあるか。色んな可能性が考えられるけれど……瘴気だとかは感じなかったらしい」
羽扇の向こうで思案を巡らしているローズマリーにそう答える。
ザンドリウス達の証言ではそうなるらしいが。まあ、偽装している可能性もあるので実際のところを見てみないと分からない。その辺は先入観無しで考えて想定を組んでおいた方が良さそうだ。
ザスカルや他の子供達にもランタンを使ってもらい、各々の視点からの情報も集めてみたが……目撃したものは同じであるようだ。逃げるという事になってあまり姿をよく見る事ができなかったという子も多く、ザンドリウスの持っていた情報以上のものは得られなかった。
ただ……その時の立ち位置、距離等から記憶の大きさを見て、相手の実際の大きさ等を割り出す事はできたが。
「なるほど、な。あれだけの記憶からそんな事まで分かるのか」
「後は印象から感じるものとか、そういうところから推測するしかないけれどね。相談しながら現地に向かう方向で動いていこうか」
子供達からランタンを受け取ってそう言うと、各々頷く。
さて。では正体や襲撃の動機について色々想定を重ねつつ移動していこう。
相手が今も同じ場所にいるかは分からないが、痕跡等から何かしらの情報を得られるかも知れない。
習性等に従って動いている存在と考えた場合、時間帯等も意識した方が良いだろうか。そもそも遭遇した季節が違うようだから、昼夜を合わせるぐらいのものだが。
「あれと遭遇したのは日が暮れてから、だった記憶がある」
「ああ」
その辺の事を伝えるとザンドリウスがザスカル達に確認するように言って、一同真剣な表情でそれを首肯する。
証言が一致しているところを見るに……その辺は間違いなさそうだな。
接近には気付かなかったらしい。日が暮れて視界が悪くなっていたからか、それとも転移や顕現のようにその場に現れてきたか。或いは隠蔽フィールドのように探知を誤魔化す手段を持っている、という事も有り得る。
いずれにしても奇襲には十分に注意を払う必要があるな。明るい内でも油断せずに調査を進めていこう。
というわけで作戦を練る時間の確保を兼ねて、少しゆっくりとした速度で戦場跡に向けての航路を取る。
件の戦場跡についても小規模な魔力溜まりが近くにあり、魔物がそれなりに出没する地域ではあるようだ。ベリオンドーラが人の版図ではなくなったから、ゴブリンやオークの類はザンドリウス達も多く見かけているらしい。
「相手が攻撃してきた動機に関して言うなら……まあ、魔人というだけで十分な理由には成り得るな。訓練として魔物を狩っていたらしいがそれが引き金……という事も有り得る」
「魔人である事を理解して自分から攻撃を仕掛けたのなら、それはそれで相当な力量があるのでしょうな。ほとんどが子供だったから、好機と見た、というのはあるかも知れませんが」
テスディロスが言うとウィンベルグも腕組みをする。
魔人は……他の多くの種族と敵対関係にあるからな。ルドヴィアもそうだが、ザンドリウス達は魔人である事を隠さずに行動していたらしいし。
ただ、魔力溜まりの魔物であればそうした背景とは関係なく遭遇すれば戦闘にもなるというのはあるだろうが。
「場合によっては説得して解除してもらう、というのも視野に入れているけれど……どうなるかな。説得が不調に終わったからと言って、ルドヴィアの治療を諦める理由にはならない」
「テオドールの言っていた、和解と共存か」
ザンドリウスはそう言って思案を巡らせている様子であった。魔人達の問題点については氏族の中にも攻撃的な者がいたことから、ザンドリウスも実感として理解している節があるな。
話をしながら北に向かって移動していく。山々を越えてしばらく移動していくと、森が途切れ、平原が見えてくる。
雪を被って真っ白だな。かつてベリオンドーラ王国と、そこに攻め込んだ魔人達の戦場になった場所だという話だ。
というか、雪を被っているが地面がでこぼこしているのが見て取れるな。魔法や瘴気弾の余波などで地形が崩れた痕跡がそのままになっているわけだ。
「俺達が狩りをしていたのは、あの辺……だと思う。森までの距離や遠景から判断してのものだが」
ザンドリウスがモニターを指差す。平野部周辺に広がる森付近か。魔力溜まりの中心部がある方向だな。
「まずは……俺だけで姿を隠したまま降りて、様子を見てくる。後で条件を揃えるという意味でなら、ザンドリウスにも協力してもらうかも知れない」
俺の言葉にザンドリウスは真剣な表情で頷く。
とはいえ、襲撃者と遭遇した場合は転送魔法で退避してもらう事になるかな。それも含めて伝えると、ザンドリウスは少し目を閉じたが同意してくれた。
「そう、だな。未だ力が及ばない事は分かっている。ルドヴィアを助ける公算が高いなら方法は問わない」
「きっと……ザンドリウスは強くなるよ。解呪する、しないに関わらずね」
思考して創意工夫する者というのは上達が早い。そうなる動機もあるのなら尚更だ。そう伝えると少し苦笑して「そうだと良いが」と、応じていた。
では、少し降りて様子を見てくるとしよう。
「お気をつけて」
「ああ。もし遭遇した時は……さっき話し合った通りに」
「そうですな。いずれの場合も状況に応じて支援します」
オズグリーヴとそんな言葉を交わし、隠蔽フィールドを纏って甲板から飛び立つのであった。