番外1237 少年少女と封印術
儀式魔法の必要な解呪と違って封印術はそこまで時間がかからない。封印術を固定する魔道具も持ち込んであるので……まあ、流石にこの場所だと落ち着かないから隣の部屋等で進めていこう。
ルドヴィアのいる部屋にシーカーを置いて、状況に変化がないか監視しながら作業を進めていこう。
隣の部屋は窓のある部屋だ。朽ちた家財道具が残っている程度で、後は何もない部屋だな。東側の魔力溜まり方面を監視できるように造られている関係で、この時間帯は日も程々に差し込んでいるから室内も明るい。
「術を受け入れるつもりで、気を楽にして力を抜いていてほしい」
先程の契約魔法は生きているから、騙し討ちのように危害を加える事が目的だったら、俺が魔法行使できなくなる、というわけだ。
「分かった。何時でも問題ない」
俺の言葉にザンドリウスは四肢から力を抜いて目を閉じ、その場に立つ。ザスカルを始め、他の者達も顛末を見届ける、といった様子だ。
「それじゃあ始めよう」
そう言って手を伸ばし、封印術を施す。鳩尾あたりから光の楔が吸い込まれ、そこから音もなく光の鎖が巻き付いていく。
ザンドリウスはややあって目を開き――そうして周囲を見やって、驚きの表情を浮かべていく。
「これが――そうなのか……?」
「大丈夫か?」
自身の掌を見やるザンドリウスの様子にザスカルが尋ねる。
「問題は、ない。封印術自体にも痛みはない。だが……これが……。魔人の呪いで見えていなかったもの、なのか? ああ……」
ザンドリウスは目を閉じて天を仰ぐようにして嘆息する。
今までの暮らしや、ルドヴィアの事を思い返しているようだが……何を思うのか。
同行している面々、艦橋や通信室のみんなも少し心配そうに見守っていたが、ザンドリウスはしばらくの間目を閉じていたが、やがて顔を下ろして言う。
「記憶に……色々な感情が湧きあがってきて、言い表す言葉が見当たらない。ただ……封印術を受けたことは、間違いではなかったと思う。ルドヴィアに対する自分の感情や考えに関しては、腑に落ちた。だから……テオドールには礼を言う」
記憶というのはルドヴィアだけの事ではあるまい。魔人であったから見過ごしていたものにも気付いただろうし、それに対する後悔や様々な感情もあるのかも知れないが……それでもザンドリウスは、間違いではなかったとそんな風に言ってくれた。
「そう、か」
「ああ」
そんな短い言葉でやり取りをしてザンドリウスは少し俺に向かって笑う。それからザスカルに視線を向けた。
「知らなかった感情を知るというのは……色々と衝撃が強いのは確かだ。ただ、知らないよりは、知って進む道を選んだ方が良い。俺は、そう思う」
「感情がどんなものなのかは分からないけど、色々知っておくのは大事なんだろうな。少なくとも、ここでの暮らしではそうだったから」
ザスカルがそう言うと、他の子供達も頷く。ザンドリウスも「そうだな」と静かに応じていた。
魔人の特性から解放されても別人になるわけではない。ザンドリウスの冷静な部分はそのままだという印象だ。
「俺達とて似たような立場だ。気持ちを聞いたりするぐらいの事はできる」
「そうですね。私達にとっても他人事ではありません」
テスディロスとエスナトゥーラが静かに頷く。
それを見てザンドリウスは少し笑った。
「本当に……知る事で変わるんだな。氏族の大人達の……記憶にある姿とは違う」
確かに……そうかも知れないな。テスディロスやエスナトゥーラにしても今は封印術を解除しているだけだが、封印術を施していた時に感じた事、魔人になる前の感性は……記憶には残るから。
ザスカルを始めとした魔人の子供達としても、封印術を受ける事に否やはないようで、年長の方から順番に並んでいた。
それでは――他の子供達にも封印術を施していこう。
ザスカルを始めとした魔人の子供達は――封印術を受けると一様に周囲の見え方や記憶から来る感情に少し混乱している様子だった。オルディアやエスナトゥーラがそっと抱きしめたり、テスディロスやウィンベルグが頭を撫でたりしている内に段々と落ち着きを取り戻してきたようである。封印術に関してはザンドリウスが維持するための首飾りを装備してくれた。
その内に外の景色を見る余裕も出てきたのか「綺麗……」と目を奪われたりしていて。少し子供らしい顔を見る事もできた、だろうか。
そうして子供達の様子を見ていると、俺のところまでやってきて、並んで言う。
「その……俺達には何もできないし分からないけれど。ルドヴィアを助けてくれる、のかな?」
「うん。ルドヴィアは、色々教えてくれたから……。今ならザンドリウスの言ってた事もわかるんだ」
「ルドヴィアがあのままなのは、嫌だから……私達にもできる事があるなら協力する」
そう俺におずおずと申し出てくる魔人の子供達は――確かに年相応の反応にも見える。表面的なところでは少し遠慮がちに自分の意志を伝えてきているという印象だが、そのへんは自分の感情にはまだ戸惑っているからだろう。
育ったここまでの背景を考えるに、必要な事を伝えるのに躊躇うような事もないだろうから、普段の状態で封印術や解呪を受けたならば、物怖じせずに必要なら伝えるといった性格になっているのではないだろうか。
それに……ルドヴィアか。
「ああ。絶対にとはまだ言えないけれど、力を尽くす。みんなは襲撃した相手を知っているわけだから、意見を聞いたりするかも知れない。こちらこそ、助けてくれると嬉しい」
子供達の目を見てそう答えると「うんっ」とか「勿論!」という返答があった。笑顔を見せて安堵している様子だ。
「みんな、ルドヴィアを慕っているんだな」
「そうだな。必要な事、疑問に思った事は極力答えてくれるし、きちんと守ってくれた。それが氏族の方針だからだとしても、暴力的な感情を前に出してくるような性格の魔人とは違うと思う」
ザンドリウスが言うと、子供達も頷く。
なるほどな。魔人の氏族は実の親子であっても、人とは違って淡々としているという情報は聞いている。
氏族にもよるが「後進を育てる事はするべき」という、理性や理屈の部分で動いているようだが……ルドヴィアはその点、子供達の反応を見る限り、留守を預かるにあたって合理性を重んじて真面目に指導していた良い師であったのだろう。
そうした性格の相手と関わりが深くなったから、子供達もこうして記憶を思い返して俺に頼んでくるのだろうしな。
『子供達の様子を見る限りは……一先ずは安心かしらね』
クラウディアが目を閉じて言うと、ヘルヴォルテもモニターの向こうでこくんと頷いていた。クラウディアとヘルヴォルテは迷宮村で感情抑制も見てきたし、必要な折に感情抑制の解放をしてきた経緯もある。迷宮村の住民と魔人の子供達という違いはあるが、二人にそう言ってもらえるのは心強いものがあるな。
さて。ではザンドリウスも落ち着いているようだし、ルドヴィアの今後の治療方針について相談するとしよう。
フォレスタニアに移送するにしても転送――転移魔法の折に、例の水晶の槍が干渉しないとも限らない。襲撃者の情報を得てから動きたいというのはある。
それに呪法的な繋がりがあると仮定した場合、何かあった時に即時対応できる態勢は整えておきたい。事態が悪化しそうになった時に力技で対応するにしても、すぐに駆けつけられるかどうかは重要だ。察知してから転移魔法で移動したのでは、間に合わない可能性もあるから……先にフォレスタニアに送っておいて動くというわけにもいくまい。
その辺りを伝えるとザンドリウス達は真剣な表情で頷いていた。シリウス号で全員共に移動するにしても、色々想定して対策を練ってから動きたいところだな。