番外1236 水晶化の槍は
水晶化した存在の正体についてはともかく、ルドヴィアについてはこのまま分析を始めて良いだろう。治療の段階まで進められるかは……まだ分からないが。
撃ち込まれている水晶の槍は術式なのかその襲撃者の部品なのかは分からないが、まだ不活性に至っていない。分析の際に動きを見せる可能性もあるから、そこも含めて注意が必要だな。
テスディロス達やザンドリウス達は少し離れてもらう。俺達の姿が見える位置で、念のためにいつでも自分の身が守れるように備えておくというわけだ。
正確にはザンドリウス達の身を守れるように、だな。襲撃を受けた当事者であるザンドリウス達には治療の様子を見てもらって気付いた事があれば意見を聞きたいのだが……もし水晶の槍が周囲に攻撃をしたり、爆発をするような性質を備えていた場合、ザンドリウス達にも危険が及ぶ可能性がある。
そういった時の為に緊急時の備えをしてもらう必要がある。
「一先ず退避できるように子供達の首の高さまで防壁を展開しておきましょう。何かあったら皆で屈めば良いわけですからな」
方針を伝えるとオズグリーヴが頷いて圧縮した煙の防壁を展開してくれた。オルディアもその内側に薄く瘴気の帯を広げて、二重の防壁を作ってくれる。
「まあ……俺の方でも何かしらの兆候等を感じ取ったらルドヴィアも含めて被害を抑えるつもりではいるけれどね。念のためにという事で」
そう言うとみんなも頷く。通信室のみんなも真剣な表情である。
「それじゃあ、始めよう」
『お気をつけて、テオ』
「うん」
グレイスの言葉に頷き、槍を撃ち込まれた部分がしっかりと見える位置に移動。対応ができる距離に身を置きながら魔力を練って――それらを変質させ、仮想循環錬気を行っていく。
体内魔力の乱れ方。傷口と肉体の魔力の流れ。それらをウィズに記録させていく。既存の石化解除の術式が通用するかどうかも、魔力の状態を見てウィズにシミュレートしてもらえばわかるだろう。
そうやって仮想循環錬気をしながら魔力の状態をモニターしていくと――変化が起こった。ルドヴィアの背中側に飛び出していた結晶の欠片に、魔力が集まる。そうして、こちらに向かって針のような弾丸を飛ばしてきた……が、俺には当たらない。
身代わりの護符が代わりに受ける。護符に突き刺さった水晶針が、周囲の魔力を変質させて護符ごと水晶化させつつ地面に転がった。僅かに火花を散らし、針と護符に込められた魔力を使い切ったのか、不活性化する。
そのまま地面に落ちて、砕け散ると煙になって散った。護符は――穴が空いているが通常なら燃え上がるのだが、魔力を失ってただの紙切れに戻っている。
一旦仮想循環錬気の手を止めてルドヴィアや水晶槍の魔力の動きに注視するが――。動きはない。魔力の動きも落ち着いている。
「これは――中々に厄介だな」
「大丈夫ですか?」
「うん。魔力の動きに反応して迎撃しただけのようだからね」
オルディアの言葉に頷く。
今の一連の反応、魔力の動きからでも分かった事がいくつかある。一先ずはそれをみんなにも話しておくか。共通認識を持っておいて、その上で相談すれば対策等々、見えてくるものもあるはずだ。
「……かなり合理的な仕組みになってる。身代わりの護符すら浸食して組み替えてくるけれど、その際に周囲の魔力を取り込んでいたからね。相手に当たったらそこから魔力を奪って水晶に変換してしまうわけだ。魔力を変質させてくるから、例えば循環錬気で増強すると、その分の魔力を活動する力にしてくる」
だから対象を水晶化させても不活性化していないし、術式か能力かは分からないが、その機能の維持は現地調達をするから、下手に手を出すと助けようとした者も浸食して更に被害範囲を増やすというわけだ。かなり……性質が悪い。
「水晶化を解除するのは、難しい、のか?」
「あの槍自体が邪魔になるのは確かだね。治療方法を確立させる前に、槍自体を排除する必要がある。けど……もう少し情報が欲しいかな」
ザンドリウスの言葉に答えて、再び身代わり護符を周囲に配置。もう一度今の特性を踏まえて仮想循環錬気を行っていく。増強する方向ではあまり動かず、魔力の動きに注視して情報収集していく。
暫くそうした作業をしながらも、反応するライン、しないラインを調べていくと更に幾つかの事が分かった。
「術式の作用としても後に残る機能としても呪術や契約魔法の類が近いかな……。恐らく迎撃の条件を満たす事で行動を起こすようになってる。だから相手を変質させて迎撃もするけれど、その成否はさておき相手が行動を中止したらその迎撃行動も止まるわけだ」
「何というか……予想以上に厄介そうですな」
ウィンベルグが俺の説明に眉根を寄せる。
「そうだね。ザンドリウスが慎重に動いたのは正解だったと思う。行き当たりばったりで何かしていたら、被害が広がっていた可能性が高い」
「流石に……思いつきで行動して何とかなりそうにも思えなかったからな。砕けてしまったらそれまでだとは感じたし……」
ザンドリウスは俺の言葉に目を閉じる。そんな反応に頷いてから話を続ける。
「治療のための道筋は何となく見えてきたけれど……既存の石化解除の術式では元に戻すのは難しいと思う」
シミュレーションでは既存の術式では水晶化解除には至らないし、そうした治療行為を察知して撃ち込まれた槍の部分が妨害もしてくる。
ただ……方法はある。確実性を高めるためにも、収集したデータは迷宮核で分析しておきたいな。
「道筋が見えてきたというのは流石ですね」
エスナトゥーラが言う。
「ああ。いくつか方法を考え付いた。その方法が通用するかどうか検証した上で実行に移す事を考えてるけれど……その為にはもう少し設備の整ったところに移送したい」
それと襲撃してきた存在の確認はしておきたい。契約魔法や呪法に近いのなら尚の事で、相手の正体、来歴を知っておく事は重要だ。特に……解呪においては繋がっている縁を切る事も有効に働く。
「……移送、か。それに付き添うのなら、先程の話を受ける事になるのかな」
ザンドリウスが俺を見てくる。
人との共存をし、同じ場所で暮らしていくのなら、封印術か解呪を行う必要があるというのは伝えている。
「力が弱まる事に目が向きがちではあるけれど……そうする事で見えてくるものもある」
「というと?」
「主に魔人特有の感覚的な問題かな。魔人は――偏った部分の感情以外が動きにくい。だから特性を封印する事で、様々な感情や感性を理解できるようになったりもする」
そう言うとザンドリウスは少し目を開いて、思案している様子だった。
「封印術は……一時的なものだったか。試してみる、という事はできるか?」
そう尋ねてくる。ザンドリウスは自身の感情が発達し始めた段階であるし、人間の書物を読む事で魔人には無縁だった色んな概念、知識を得ている。その事から感情や情動に興味を示していた。自分の内にある感情が何なのかを確かめたいと思っているのだろう。だから……こうした話は契機にはなるか。
「そうだね。時間を区切って試してもらうのは問題ない。フォレスタニアに退避して、そのままそこで暮らしていく事を含めて、俺としては受け入れて欲しいと思っている」
「俺としては……現状で困ってはいないというのは先程伝えた通り。ルドヴィアを戻せる見込みが高い方を選ぶだけだ。そちらの方が良いというのなら、この場所であるとか、方法に拘る理由はない」
なるほどな。ザンドリウスの理屈は分かりやすいものだ。俺としても、否やはない。