番外1235 襲撃者の正体は
「彼女を見てもらって、魔術師としての意見を聞きたい、とは思う」
「分かった。彼女と言ったけれど……塔の中にいるという理解でいいのか?」
「……ああ」
ザンドリウスは俺の言葉を首肯しつつも、少し思案するような様子を見せている。まだ引き合わせるかどうかで迷っているようにも見えるな。ならば、その辺はきっちりしておくべきだろう。
「それじゃあ――内部に案内してもらって、その際、その人物も含めて、互いに傷つけるような事はしないと約束を交わす、というのはどうだろう?」
「……分かった。実際に見て貰わないと分からない事も多いだろうしな」
約束や契約を重視するのは、精霊や月の民もそうだが、同じ性質を残している魔人にも性質として見られるものだ。だからまあ……約束を交わしておく、というのは重要だな。互いの安心、安全に繋がる。
契約魔法についても説明しておくか。しっかり契約魔法でできる事できない事を説明して条件を明示しておけば安心だろう。
先程提示した条件に抵触しようとすると嘘が伝わる、といった内容で契約魔法を組んでおく。
契約魔法を実演する事も兼ねての期間限定の一時的なものという事で、俺が契約違反した場合は一時的に魔法行使ができなくなる、ザンドリウス達が違反した場合は瘴気の操作ができないといった内容で良いだろう。
「提示した条件に、互いが了承する事で契約魔法が交わされる、というわけだね」
「分かった。契約魔法については聞いた事がある」
では、まずはザンドリウスと契約魔法を交わし、それから同行している面々や施設内の面々を引き合わせ、それから各々契約魔法を交わしていく、という事で良い。騙し討ちをするつもりなら魔法行使ができなくなるので、その時点で契約魔法自体も使えなくなるし、そうなった場合に危険に晒されるのは一番前に出ている俺なのだから。
その辺の確認を取るとザンドリウスは頷き、正門から顔を突っ込んで、仲間達の了解を取り付けるためにやり取りをしているようだった。
「それで安全になる?」
「普通に戦って勝ち目はないだろう。覚醒魔人があれだけいると、まともに逃げられるかも怪しい。こっちには得しかない条件だと、そう思う」
ザンドリウスの言葉に少年、少女達は少し思案していたようだが、淡々と頷いた。と言うわけで、まずは俺とザンドリウスで最初に契約魔法を結んでしまおう。
「改めて自己紹介しよう。テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアという」
「ザンドリウスだ」
お互い名を名乗り、握手をする為に手を出す。手を差し出されてもザンドリウスは少し不思議そうに首を傾げていたが、やがてこういう場面では握手をする、という知識を思い出したのか、納得いったというように頷いて握手に応じていた。
それからマジックサークルを展開。条件を一つ一つ確認して間違いがない事を確認したところで、ザンドリウスと契約魔法を結ぶ。
それから、同行している面々と施設の中にいる者達を引き合わせ、お互いに自己紹介してから契約魔法を結んでいく。
そうして一通りの契約魔法が結び終わる。エスナトゥーラを始め、通信室のみんなも安堵したような様子であった。
「これなら、覚醒魔人である事を示す必要もないし、もう変身を解いても大丈夫かな」
「戦闘になるような事がなくて、安心しました」
俺の言葉に応じてエスナトゥーラはそう言いながら変身を解く。
「改めてよろしく頼む」
「こちらこそ」
テスディロス達も変身を解いて挨拶をすると、ザンドリウスはテスディロス達にも握手をして応じていた。他の子供達もそれに倣って俺やみんなと握手を交わす。
契約魔法と挨拶も終わり監視施設内部へと案内してもらう。上階へ進んで一室に通してもらうと、そこにはシーカーからの映像で見た水晶化した人物がいて。
「水晶化、か……」
「ああ。石化は治せると聞いた事があるから、その方法が通用しないかと調べていたんだ」
俺の言葉に、ザンドリウスが答える。
そうだな。石化に関しては治療するための術式がある。原因――石化させる術式等にもよるが、主にコカトリスやバジリスクの用いてくる石化に関しては、石化を受けた後に砕かれる事がなければ大丈夫だ。
魔界ではディアボロス族特有の病としてバジリスクの遅毒というものがあったが、あれはバジリスクの名を冠していても少し特殊な部類で……どちらかというと優れた治癒術師の魔力資質に関連した問題に近いものだったな。
翻って水晶化した人物を見てみれば……これは何というか……。
「生命反応感知は――できる。治療の方法はともかくまだ死んでいない、と思う」
弱まってはいるが、生命反応の感知ができる。これは石化を受けた時同様の反応ではあるだろう。
「そう、なのか」
自覚があるのかは分からないが、ザンドリウスは少し安堵したような反応を見せていた。
生命反応が残っているのなら、治療の見込みはある、と思う。ただ……腹部に突き刺さっている水晶の槍のような物。
これもまだ「生きて」いる。生命としてではなく、奇妙な魔力反応が未だに宿っているのだ。水晶化させる能力が不活性になっていない、と見るべきか。
かといって、これを排除すればいいのかどうか。それもまだ不明である。
迂闊な干渉が状況を悪くしてしまう事もあるし、水晶化を解除した時に治療の準備を万全にしておかないと、腹に穴を開けた状態で元に戻してしまう事になるからな。一体化している分、綺麗に取り除くのは水晶化を解除してからの方が望ましいだろうというのもある。
そういった説明をすると、ザンドリウスは「確かに」と頷く。
「方針としては……循環錬気で分析を進めていくにしても、体内魔力とは混ぜない方が良いな。仮想循環錬気を行ってそこから得られる情報を分析していく、と。もしも、この槍部分が反応を示した時のための封印術の併用も必要かな。けれど、それを行っていく前にこの人物が誰で、どういう経緯でこうなったのかを聞いておきたい。情報があれば方針も変わってくるからね」
俺の言葉にザンドリウスは頷くと、話をしてくれた。
「順を追って話していった方が分かりやすそうだな。彼女は、氏族がまだ満足に戦えない年少の者達を守るために残していった魔人だ。名前をルドヴィアという」
年少の者達ね。魔人の戦闘員に高齢化は関係ないようだしな。ガルディニスやザラディ、オズグリーヴといった面々がいい例だ。
ともかくルドヴィアは留守を任されるだけあって、腕の立つ魔人であったらしい。引率に適任と氏族から受け止められるだけの性格もしていたようで。
いずれにせよ食事もしなければならないから、その過程で残されたザンドリウス達を鍛える事も計画されており、ルドヴィアを中心に据えて魔物を狩ったりもしていたようだ。
「魔物を狩る場所も、元はと言えばここではなかった」
「戦場跡だって言っていたかな」
「確かそうだったな。その場所にある砦を行動の拠点にしていた」
ザスカルの言葉に頷くザンドリウスである。戦場跡、か。後にも先にもベリオンドーラが侵攻を受けたのは魔人達にではあるから、場所の特定はできそうだが。
「そこで魔物を狩っていたが……ある時に何者かから攻撃を受けた。ルドヴィアが交戦して俺達を逃したが、あいつは俺達を守ろうとした時にあの一撃を受けてしまって。何とかルドヴィアを連れて撤退はしたが、逃げ切った時にはあの有様だ」
なるほど、な。
「攻撃……か。それは一体誰に?」
尋ねると、ザンドリウスは顎に手をやって思案を巡らせる。
「分からない。発していたのは瘴気ではなかったから、魔人ではない、と思うが」
「人に近い形をしていたが……あれは人だったのか?」
ザスカルが首を傾げる。
「……テオドールが人なら、あれは違うように感じられるな。ただ……さっきの契約魔法の時、感じた魔力はとんでもないものだった。氏族の連中やあれと比べても尋常じゃないが、あれが人という事でいいのか?」
「いや……。俺も月の民の系譜で祖を辿れば魔人達と同じだから、比較して参考になるかは……どうかな」
そう言うとザンドリウス達は納得したように頷いていたが。
いや……うん。実際月の民の系譜として覚醒に至っていたりするし、ザンドリウス達は人について比較対象を知らないので何とも言えないが。
気配や風貌に関して言うならそいつは人でも魔人でもないし、単なる魔物でもなさそうな感じがする。
ともかく、ザンドリウス達には水晶化した存在に関する正体は分からなかったという事になるか。