番外1234 少年魔人との対話
顔を見せたのはザンドリウスだけだ。背後には少し開かれた扉。何かあれば即座に施設内に撤退できるように備えているという印象だな。
それでいてザンドリウスに怯えたような様子は見られない。肝が据わっているのか、感情の発達の段階のせいか。冷静で慎重な性格というのはここまででも見て取れるから、こちらが向けている感情だけでは信用していないのかも知れない。
「ヴァルロスという魔人の名前を知ってるかな。この地――ベリオンドーラの廃城に身を置いて、様々な氏族に結集を呼び掛けた魔人なんだが」
「名前は知らないが、話は聞いた事がある。俺達が残されることになった理由でもある」
ザンドリウスは距離を置きながらも俺の目を見て言った。そうだな。魔人達は氏族に属していても会合の時期でなければわざわざ集まっているとは限らない。
戦闘能力に優れた者達はヴァルロス一派に合流したのだろうが、他の氏族を完全に信用しているわけでもなかったようだし、行く行くは人間を筆頭に他種族との大きな戦いになっていくのは承知していただろうからな。
アルヴェリンデもそうしたらしいが……ザンドリウスの属していた氏族も、万が一の時の為に備えて護衛と共に非戦闘員を後方に残したのだろう。
魔物を狩る生活でも、それは食事と直結している。身体も頑強で衣食住もある程度はサバイバル生活で問題ないと完結してしまえるから、種族としては繁栄しなくとも個々人として生き延びる分には有利だろう。
ともあれ、ザンドリウス達は氏族の者達が出て行った理由を知っている、というわけだ。とは言え、他の子供達は勿論、ザンドリウスもそれに対して何を思うわけでもなく、淡々と受け止めているというように感じるが。
「俺は人間だし、彼らと戦う立場だったけれど……その後にヴァルロスや他の氏族長達と約束を交わして簡単に言うなら後の事を任せてもらったんだ。少し長い話になるけれど……皆で聞いてほしい。俺達がここに来た理由でもあるから」
そう伝えると、ザンドリウスは少し目を瞬かせて改めて俺を観察していたようだった。覚醒魔人と一緒にいる者が人間だというのが意外だったのかも知れない。
建物の中にいる者達はと言えば、皆で聞いてほしいというのが自分達に向けられたものであると理解したのか、顔を見合わせているようだ。
とりあえず興味は向いているようだし、身を隠している者達にも声は届いているようなので、話をしていこう。
「先に一つ、確認して良いだろうか。氏族の者達はどうなった? 彼らを連れてくれば、話が早かった。話を信じるとか信じないとか、そんな話をしなくても良かったはずだ」
ザンドリウスが尋ねてくる。それは――少し、伝えにくい話ではあるな。
「……人間達との戦いの中でミュストラ――本名をイシュトルムという名前の魔人が、裏切ってね。ベリオンドーラ城にイシュトルムが仕掛けていた罠を起動させた事で、ヴァルロスの所に結集していた魔人達は……そのほとんどが命を落とした。人間達との大規模な戦いの最中でもあったから、誰がどこにいて、どういう経緯を辿ったか、までは分からない」
「言える事としては……あの場所にいて、生き延びたのは俺とウィンベルグだけだ」
テスディロスが、小さくかぶりを振る。
ザンドリウスも含めて、少年少女達は大きな反応を示さなかった。ただ、本当かどうかを考えているだけ、といったようで。そんな在り様にエスナトゥーラが静かに目を閉じる。
「……あんた達の感情は、よく分からないものばかりだな」
ザンドリウスは不可解というように眉根を寄せる。
「色々な出来事があったからね。その辺から来る感情もある」
目を閉じて答える。感情が伝わるからといって、どうしてそうなったかまでが伝わるわけではないしな。
ザンドリウス達のこうした淡々とした反応も、想定内ではあった。封印術を施した時に、ザンドリウス達は今の話をどう思うのだろうか。怒るか、悲しむか。それとも淡々と受け止めるのか。その感情はどこに向かうのか。
……そうした考えを一旦脇に置いて、話を続けていく。ザンドリウス達がどんな反応を示すのであれ、約束を交わしたからな。ザラディやアルヴェリンデが気にかけていたのは、こうした者達だろうし。だから、それに応える。
俺が戦いに身を投じた理由と今日までの話。ヴァルロス達の目的。魔人達が生まれた経緯。そういった話を一つ一つ順を追って話をしていく。ザンドリウス達は静かにその話を聞いていた。多少思案を巡らせたり納得したように相槌を打ったりといったリアクションはあるが、感情は表に出ず、総じて淡々と話を受け止めているといった印象だ。
「だから――後の事を頼まれた以上、俺には氏族長に代わって役割を果たすべき理由がある。ここに来た理由もそれだ」
そう伝えると、ザンドリウスは目を閉じて口を開いた。
「話は分かった。他の氏族も多分……色々方針を考えないといけない時、なんだろうな。力の強い者達が大勢いきなりいなくなったわけだから」
それから、目を開いて言う。
「大人達がいなくなって冬を越すために色々やってきたけど……もっと暮らしやすい場所を提供してくれるというのなら、それは状況がよくなる話なのかも知れない。他のみんなが良いと思うのなら、きっとここにいるよりも暮らしやすくなるんじゃないか」
と、ザンドリウスはそう言って僅かに後方を見たようだった。その言葉は何というか……自分は対象外にしているように感じられるな。
「話した事が本当かどうかは、契約魔法や審問用の魔法で証明しても良い」
「……あんた達は1人1人でさえ、俺達全員より、ずっと強く見える。殺すつもりだとか言う事を聞かせたいなら、力尽くでできるんだから、こんな話をする必要がない。本で読んだけれど……人間の言う、なるべく穏便な方法というものなんだろ?」
合理的に考えた上での結論、か。まあ、穏便な方法というのはその通りではあるのだが。他の者達は俺の言葉とザンドリウスの言葉で、色々と思案を巡らせているようだが、一先ず独自の判断で逃げ出したりはしないようで。この分なら落ち着いて話ができそうではあるが。
「信用してくれて助かる。ただ……さっきの口ぶりだと自分は対象外に聞こえるな」
「俺は、まだここでやる事がある。狩る魔物を選べば1人で生きていけるし、困ってはいない」
俺の言葉に、ザンドリウスは淡々と答えた。
……実際この場所での暮らしを苦に思っていないのだろう。だから、俺の話が本当であるなら、他の者達には一緒に行った方が良いのだろうという、自分の命も含めてフラットな目線で見て考えている。
残る理由も……恐らくはあの水晶化した人物に関する事で。それは自分の動機だから、他者には関係ないと思っているのだろう。
「理由を聞いても良いかな?」
理由の推測はできるが、ザンドリウスからはっきりと聞いておきたい。尋ねるとザンドリウスは少し思案する。
「少し、借りがある奴がいる。ここで生き延び力を蓄えるついでではあるけど、助ける方法を考えていた。手掛かりになるものも、見つかるかも知れない」
ザンドリウスは、仲間に尋ねられた時よりも澱みなく答えた。
さっきは自分の感情や動機がよく分かっていなかったようだが、人間の俺に説明するのであれば「借りがある」という言葉は理解されやすいと思ったのかも知れない。実際、ザンドリウスの動機を説明する言葉としてそれほど的外れな表現ではないのだろうし。
「もう少し詳しく聞かせて欲しいな。力になれる事があるかも知れない」
そう言うと、ザンドリウスは顎に手をやって思案し、逡巡している様子だった。話をするべきかどうか、迷っている様子だった。
「……あんたは魔術師、か。確かに魔法を使えるのなら、方法も見つかるのかも知れない」
やがてザンドリウスはそんな風に呟くのであった。