番外1233 少年魔人の手腕
施設内部の構造を把握したところで一旦シリウス号に戻り、みんなと合流する。
「話を聞いてもらう事が目標かな。一先ずは」
「子供とは言え魔人。ましてやああも強かにこの過酷な場所で生き抜いているのです。油断してかかると大怪我をしますな」
ウィンベルグが言う。そう、だろうな。
「話を聞かずに逃走を選んだ場合、施設周辺をまとめて包囲する事はできますが……」
と、オズグリーヴ。確かに、オズグリーヴの覚醒能力を使うならそれも可能だろう。
「重要なのは保護する事だけれど……自分達が傷付いたら本末転倒ではあるからね。荒事になってしまった場合には、実力行使で無力化した上で交渉を進める事を優先して考えている。勿論、極力傷付けない方向での実力行使ではあるけれど」
「では、私も頑張りたいと思います」
オルディアが真剣な表情で自身の胸のあたりに手をやる。
そうだな。傷つけずに無力化するという意味においては、オルディアの能力は打ってつけだ。あくまで向こうが聞く耳を持ってくれなかったらという前提ではあるが、その時は外郭をオズグリーヴが形成し、オルディアや封印術を中心に無血の制圧を試みる、という事になる。
「テオドールに教えてもらった能力の調整方法があるからな。俺の能力も傷をつけないという意味でなら役には立つ。あまり長い時間行動不能にできるわけではないし、それなりの痛みがあるから、あまり取りたくはない手段ではあるが――」
と、テスディロスが掌中に小さく火花を散らす。電圧だけを上げて、スタンガンのように能力を扱うというわけだ。
意識の空白を作る事にも繋がるので、封印術との相性も良いと思われる。きっちりと連係していきたいところだな。
「私の能力は――大きく拡散させる事で突入を躊躇わせる役には立ちますか。実際の能力を行使しなければ良いわけですし」
転送魔法陣でこちらにやってきたエスナトゥーラも言う。
そうだな。後は封印術やオルディアの能力を受けて飛行術を使えなくなったら落下してしまう。それについても対策を練っておきたい。
「私の能力で受け止める事はできますな」
と、オズグリーヴ。流石の応用力だな。後は念のために地面付近にティアーズや働き蜂、メダルゴーレムといった面々を待機させておいて、レビテーションの魔道具で対応というのも良いだろう。傷つけないという意志を見せるのは必要な事だ。
立体図を眺めつつ説得の方法、交渉が決裂した時の対応手順を構築していく。
そうして、ある程度のところが纏まったところで実際に動いていく事となった。
覚醒魔人の面々は自分達が同種族であり、覚醒に至っているという事を示すために予め変身をしておく。施設周辺も魔物の乱入を防ぐために隠蔽フィールドに巻き込んでしまう方が良いだろう。
そうして準備が整ったところで、一帯の生命反応を確認。周囲を覆うように隠蔽フィールドを展開し、甲板からみんなと共にゆっくりと降下していく。リンドブルムやアルファ、カルディア、アピラシアやカストルムといった面々が甲板から見送ってくれる。視線が合うと頷いて……応援してくれているというのが伝わってくるな。
監視施設の真正面に降り立ったところで、オズグリーヴが能力を展開する。施設を覆うように外周を形成する。何かあれば一気に上に向かって煙を展開し、纏めて覆うことができる。突破の難しい結界としての役割となるだろう。
「準備ができましたぞ」
十分な濃度の煙が展開されたところで、オズグリーヴが言う。では――始めよう。
俺達を覆っている隠蔽フィールドを解除し、監視施設の中にいる彼らに敢えて意識を向ける。
カドケウスで施設内部を見ていたが、ザンドリウス達は一斉に反応を示した。
「なん、だ?」
「これは感情……?」
「誰の……どんな感情?」
そう。魔人は自身に向けられた感情を感知できる。だから、敵意がないと示す事はできるわけだ。
風魔法で音声を拡張して、声を届ける。
「氏族との会合の事で伝えたい事がある。君達と話をしたいのだけれど、正門から顔を見せては貰えないだろうか?」
その声は室内にも届いたようで。ザンドリウスはすぐさま仲間に指示を出す。
「2階の窓から見つからないように確認してきてほしい。俺が正門に向かって時間を稼ぐ。顔を見せるまでに、どんな相手か教えてくれ。ザスカルは裏手側の確認。逃げ道の確保」
ザンドリウスが言うと、魔人の子供達は読んでいた本を投げ出して、すぐさま動く。
なるほど。顔を見せるまで問答して時間稼ぎをしつつ、相手の確認と退路の確保か。伊達に魔力溜まりの近隣に陣取って生き伸びてはいない、という事だろうな。慎重で、頭が切れる。
いきなり問答無用で攻撃をしかけたりするのではなく、情報を分析してから行動、という性格か。これまでの生活が影響しているのかな。
そうしてザンドリウス自身は正面に回り、正門に手をかけつつ奥にいる仲間に視線を送り、合図をする。
仲間と状況を確認し合っているようだ。もしかしたら互いへの感情の向け方でタイミングを決める、ぐらいの事は取り決めているかも知れない。ザンドリウスは仲間が配置についた事を確認すると、声を上げた。
「誰だ……? どうやってここを? 俺達に何の用だ?」
という、矢継ぎ早の質問。これは恐らくわざと、だろうか。交渉術ではないだろうが、感情の反応からも情報を引き出そうという意図は感じられる。
「テオドールという。他の氏族長から情報を聞いて、君達を探していた。感情は伝わっているとは思うけど、敵意や害意はないんだ。魔人や氏族の状況に関連して、話がある」
名前は、敢えて名乗る。子供の魔人達に俺の事が伝わっているかどうかは分からないが、これから細かな事情だって話をするのだし。覚醒魔人と同行しているという事についての背景や信憑性を考えてもらう事にも繋がるだろう。
そう考えて名前を出したが、情報伝達はされていないのか、ザンドリウス達は俺の名前には取り立てて反応を示していなかった。
ザンドリウスは少し思案していたようだが……一瞬施設の奥に視線を送って、正門を少しだけ開く。
それにタイミングを合わせるように窓から覗く動きを見せる少年がいた。なるほど。正門の動きに視線を誘導しつつ合図を送り、俺達の姿を確認する、というわけか。まあ、こちらとしても姿を確認してもらった方が良い。背中に魔力文字を浮かべて同行している面々にもザンドリウス達の動きを教えている。
その動きには敢えて気付かない振りをする。
「門を閉めていたから少し聞き取りにくかった。もう一度頼む」
と、ザンドリウス。上の面々が状況を確認し、必要な情報を共有するまでの時間稼ぎか。
構わない。一言一句同じ言葉を繰り返す。
「……相談するので少し考えさせてくれ。あまり時間は取らせない」
「ああ。構わない。問題があるなら、この距離のまま話をしても良いと思っている。逃げないできちんと聞いてもらいたいから、それでも顔は見せて欲しいけれどね」
腹芸を使ったりせず、逃走はしないで欲しいときちんと伝えておこう。そうやって扉越しに話をしている間にも、覚醒魔人がいる事。周囲は包囲されていない……ように見える事等、飛行術で飛んできて正門付近に集まり、必要な情報共有をしているようだった。
こちらの向けている感情に敵意がないからか、それとも感情がそこまで発達していないからか。覚醒魔人が複数いる事に驚いてはいるようだが、恐怖や緊張の色はそこまで強くない。同族だから、という考えもあるか。
そうなると、後は俺の言葉を信用するかどうかという事になってくるかな。思案を巡らしていたザンドリウスであったが、やがて仲間達に方針を伝え頷くと、外にいる俺達に向けて声を上げた。
「分かった。この距離で良いのなら、話を聞く。今、顔も見せる」
そう言いながらもザンドリウス達は退路だけは確保できるように動いているが――そうだな。一先ず話を聞いてもらえるという段階までは進む事ができたようだ。