番外1232 少年達の事情
カドケウスが天井の暗がりで監視している部屋に、戻ってきた少年が入ってくる。
「ザンドリウスとザスカルが帰ってきた」
扉を開けたところで部屋の奥――入室してきた少年達の正面にいた少女が静かに言って、部屋の中にいた魔人達もザンドリウス達に視線を向ける。挨拶はない。無感動に顔を上げてザンドリウス達の入室を迎えた、或いは反応した、といった印象だ。
「ああ。今戻った」
ザンドリウスは短く言うと、背負っていた毛皮の袋の中から荷物を取り出す。
荷物の中身は古びた本だ。どこからか持ち帰ってきたらしい。
「少し調べるのに時間がかかったけど、探していた魔導書の類だと思う。目当ての内容かまでは、わからない」
ザスカルが淡々とした口調で言う。部屋の中の少年少女は頷くと、各々読んでいた本を置いて、持ち込まれた魔導書を手に取った。
淡々としたやりとりだが、これが魔人達の子供らしい反応なのかも知れない。
「彼女の水晶化を解く方法も探すと言っていたが、必要な事なのか?」
と、1人の少年が尋ねる。ザンドリウスは一瞬その少年に視線を向けると、腰を落ち着け手にした魔導書に視線を落とす。
「生き延びて、力を蓄える。そのついでに治す方法を探してもいい、と思っている。元に戻れば……情報が足りていない今の問題も、それで解決するかも知れない」
ザンドリウスは淡々と答える。それから「それに――」と付け加えたが、少し言葉に詰まった様子だった。
「それに?」
「……いや。自分でも、よく分からない。本で読んだ中には助けられた借りがある、という表現があったが、それなのかも知れない」
言い表す言葉が見つからないのか、そんな風にザンドリウスは思案しながら表現する。
「人間の本の話か?」
「ああ。人間の本だ。だからそれと同じなのかどうかは、よく分からない。ただ……今の状況が何となく腑に落ちないように思う」
仲間からの質問に少し考えながらも淡々と答えるザンドリウス。
今の話を纏めると……ザンドリウス達はあの水晶化していた人物に危機を助けられた、という事になるのだろう。
恐らく氏族の情報を持っているのもあの人物で、だから助ける事は利もあるという理由を付けているようだが、ザンドリウスの内心はそれだけではないようだ。
助けられなかった事を後悔しているのか、それとも危機から救ってくれたから感謝していて助けたいと薄らと感じているのか。ザンドリウス自身もよく分かってはいないが、可能ならばどうにかしたいとは感じている部分はあるらしい。
本人の言葉通りに解釈するなら……借りを作ったままにしておくのが気に入らないという反応は魔人らしいものではあるかな。
『少し……ザンドリウスの気持ちは、分かるような気がする』
『うん。私達も自分の感情や気持ちって、よく分からなかったから』
通信室に顔を見せていたカルセドネとシトリアが、そんな風に言った。エスナトゥーラもザンドリウス達の現状には思うところがあるのか、目を閉じる。
「確かに魔人の子供達と、二人は少し似ているのかもね」
俺の言葉にカルセドネとシトリアはこくんと頷く。
『他の者達も方針の感情的な部分はよく理解できていないようだが……それでも一貫した動きをしているところを見るに、ザンドリウスが彼らの纏め役、といったように見える』
テスディロスが言う。感情面の発達において他の子供達よりも先んじているようだが……それは魔人達の場合、狩りや食事という、戦いの場数を踏んでいる事に直結している。
中心的な役割を果たしているようにも見える事からも、戦闘能力という面においても彼らの中で高い実力がある、というのは間違いあるまい。
自分自身の安全も含めて良くも悪くも合理的に淡々と判断しているのなら、外に出て色々な仕事をするのも、この面子の中で最も力が優れているからだとするなら、納得のいくところだ。
色々と……今の会話からでも情報は得られた、な。ザンドリウス達の目的は、会合場所に戻って来ない自分達の氏族と合流する事だが……その為に今を生き延びるのも喫緊の課題となっている。力を蓄えるというのはその過程における副次的なもので、ベリオンドーラ王国時代の廃墟から本を探して技術を求めるのも、そのためだ。
ただ……ザンドリウス個人としてはあの水晶化した人物を可能ならば治したいと思っているようだ。
動機としては本人としても明確に説明できなくて弱いものではあるが。
「交渉は可能だと思う。孤立しているから他の魔人達に情報も渡りにくいだろうし」
みんなに、俺の考えを伝える。
「ヴァルロスやベリスティオとの約束もある。それに――アルヴェリンデ達との約束も。氏族の事を任せてもらう為に情報を貰った以上は、ザンドリウス達の状況を、俺は座して見るべきじゃないと思うんだ」
多分、儀式を行ったとしても、ザンドリウス達は俺達とコンタクトを取ろうとする事自体に相当な苦労をするだろう。移動の途中で人との接触があった場合も……ザンドリウス達の経験が浅い関係で、良い結果になりそうにない。
『そうですね。彼らの説得については私には異存はありません』
『同じく』
『私も同席させていただきたく存じます』
オズグリーヴが言うとテスディロスやエスナトゥーラが答える。
『覚醒魔人達が揃う事で、話に説得力を持たせる事ができるかも知れませんね』
『それはあるかも知れませんな。勿論、私も解呪を経た事例として、同席させていただきたく思います』
と、オルディアとウィンベルグも同意していた。
そうだな。俺達の行動は魔人全体の動向や意向とは異なるが、独房組――特に複数の氏族を纏めていたアルヴェリンデから頼まれたというのは、魔人側から見ても彼らを保護する正当な理由になるだろう。
水晶化した人物については……治療可能かどうかは診てみないと何とも言えないな。石化を解除する術はあるが、水晶化のそれに通用するかどうかは調べてみないと分からないから、安請け合いはできないな。
とりあえずザンドリウス達は読書を継続するようで、今のところは動く様子がない。シーカーで残りの部屋を調べて、他に何かしら判断を変えなければならないような材料がない限りは彼らに接触を試みる事にしよう。
最初から施設にいた9人と、戻ってきたザンドリウス達で合計11人。水晶になっている人物を含めれば計12人だ。
他に誰かいないか、カドケウスでザンドリウス達の様子を見ながらも、監視施設の内部を一部屋一部屋、シーカーが確認していく。
各種作業をした痕跡もある。木の皮を割いてより合わせる事で、紐や縄を作ったりもしているようだ。衣服を縫ったり、毛皮の服のベルト代わりにしたりといった具合だな。
彼らの方針としては細々とした作業も厭わないものらしいが、これはリーダー役を担っているザンドリウスの性格的な部分の発露に、情動が未発達な魔人の子供達の無感動な部分が噛み合った結果だろう。
感情的な快、不快といった反応が薄ければ地道な作業を苦に思う事もないし、合理的であれば作業をするにも動きやすい。
そうした性質は……一先ずはベリオンドーラの過酷な環境で生き延びるのに有効に働いているようだ。
そうやって施設内部を一通り回りつつも、交渉や説得の方法をみんなと共に相談していく。
接触する正当な理由がある以上、会合場所と時期についての話をする事で、まず興味を向けてもらうというのが良いだろう。実際、他の氏族長から聞いて任せられたというのは嘘や方便でなく本当の話だからな。