番外1231 監視塔の子供達
魔法の明かりが浮かべられた室内は静かなものだった。
男女合わせて9人の子供達。年齢はまちまちだが……。その手には古びた本があって。床の上に雑に本が積み重ねられている。それらはタイトルから見ると技術書であったり、辞典であったりといった具合だ。各々読書に集中しているから口数も少ない、ということか。
『読書、ですか』
俺がバロールを通して状況を知らせるとオルディアが目を瞬かせる。
「必要に駆られてのもの、なのかな。服や靴も手作りみたいだし」
本はどこから確保してきたのか。監視施設に残っていたか、近隣の集落跡にあったか……。色々可能性は考えられるが。
そうした本から知識を得たと考えると、翻って見るに少年達の服装はその恩恵か。……獣の毛皮を加工して荒縄などで締めた貫頭衣といった風情だ。手作りのようだが装飾云々は全くなく、実用性一辺倒だ。
仕立てとしては上等とは言えないが、それなりの手順に則って加工した痕跡が見られる。崖に捨てられていた魔物達も毛皮を剥がれたものがあったりしたからな。
魔人であるなら……あのぐらいで防寒用としては事足りるだろうか。
靴も部屋の隅に置かれているが、これは外出用かも知れない。こちらも手作りのようだ。木を彫ったり革を加工したりと素材はまちまちだが、防寒用という事なのか、内側や足首あたりを覆うように毛皮が張られているようだ。
加工するための道具は――いらないか。瘴気を固めればナイフや工具の代わりぐらいにはなるだろうし。
『人数はこれで全員なのでしょうか?』
「まだ分からない。外出している者もいるかも知れないし、他の部屋にもいるかも知れないからね。もう少し探索と観察する必要があるかな。感覚も相応に鋭いと思うから、慎重にいきたいところだ」
グレイスの言葉に答える。
『……第二世代以降の魔人達はあまり家族や同胞に意識を割かない傾向がありますからな。そのぐらいでも一つの氏族で一度に抱える子の数としては有り得る話ではありますが』
オズグリーヴが推測を口にする。
冥府にいる氏族長達からの話も総合すると、魔人の子供の数は……そう多くはないらしいからな。
それぞれの氏族としても、抱えている子供達を保護して危険から遠ざけるように判断してはいるようだが、その辺を重要視するかどうかは第一世代の者が氏族長かどうかでも多少変わってくる。
ヴァルロスのところに結集した魔人達の人数から考えて、氏族ごとに分けても子供の数がもっと多くてもおかしくはないが……それは人間であればの話だ。
魔人達に寿命はない。精神を摩耗して死に場所を求める魔人もいるから、それが寿命だといえばそうなのかも知れないが。
いずれにしても氏族の戦闘員、全世代の合計があの規模と考えると魔人達の絶対数が少ない、というのがよく分かる。
生態系の頂点に立つ生き物があまり子を作らないのと同じだな。長寿で逸脱した能力を持っているから、子を育てる必要性が薄いというのは魔人にも言える話なのかも知れない。
オズグリーヴの隠れ里はいつも同じ場所で暮らしているから、もっと家族として成立している数も多かったが、それでも人に比べると集落の規模に比して子供の人数はかなり少ない。隠れ里の規模をあまり大きくしたくないという意図もあったらしいから、そうした背景は隠れ里にとって一長一短ではあったようだが。
カドケウスが魔人達の様子を見ている間に、オズグリーヴの操作するシーカーも上から順繰りに施設内部の探索を進めている。
大体の部屋は朽ちた家具があったりするだけだったが、その中にも毛皮や革のなめしをしたのであろう作業部屋があったりと……生活の痕跡が見られた。魔人達なので生活臭というには些か偏っているが。
そんな中で、シーカーが不思議な物を見つける。
『これは――』
誰かが声を漏らす。艦橋と通信室のみんなが驚きと困惑の表情を浮かべる。
水晶のような質感の彫像がそこにあった。手を前に突き出したような格好で、険しい表情で何事か叫んでいる女の彫像だ。脇腹の部分に何か――杭のようなものが突き刺さっている。
杭の先端は女の彫像と同様に水晶のようになっているが、途中から岩のような質感に変質している。杭のような物が刺さった箇所には水晶が盛り上がるように生えていて、浸食しながら広がった痕といった風にも見える。
『単なる彫像……とは思えませんね』
エレナが眉根を寄せて言った。
「石化……いや、結晶化、かな、これは」
カルディアの石化や、ディアボロス族のバジリスクの遅毒ともまた違う形態の石化、だろうか。
彫像のある部屋にあったであろう朽ちた家具などは廊下に運び出されていて、その辺から推測すると元々監視施設にあったものというよりは、後からここに運び込まれたと考えた方がしっくりくる。
そういう点でも下の階にいる魔人達にとってはこの人物は特別な位置付けなのかも知れない。
どういった関係でどういう思考、感情を向けているかまでは分からないが。
生まれたばかりの赤子が情動に乏しいのは間違いないが、戦いや狩りを通して食事を重ねる事で力をつけ、それと共に情動の成長をしていく事が多い、という話だ。
まあ……感性が魔人らしいものになるのは仕方がない。
育っても無感情であったり、戦闘に興味を向けたり、残忍な性格になったりといったケースが多いので、エスナトゥーラにとっては慰めにはならなかったようだが。
氏族長達の強者としての振る舞いも……そういった魔人達を従わせるには必要なものではあるか。
『何かと交戦してこうなった、とか?』
『魔物という事も考えられるし魔人達同士の仲間割れで、というのも有り得るわね』
シーラの言葉に、クラウディアも思案しながら言う。
『確かにどちらの場合でも、こうして魔人達が監視施設を根城に会合場所の確認に動いている事にも繋がりますかな』
と、オズグリーヴが目を閉じる。
「関連があると仮定すると……氏族が残していった防衛の人員に不測の事態が起きて大人達が戻ってくるのを待っているとか。会合時期が分からなかったり、本来なら決まった時期に現れなかったとするなら、ある程度何度も通って様子見をするしかないだろうし」
かといって季節が冬だし、会合場所近くでずっと待機というわけにもいかないか。
こうやって拠点で生活するにあたり、必要に駆られて知識を付けている、と。或いは……結晶化した仲間を助ける為に動いている、というのもあるのだろうか。必要性を感じなければ、わざわざ拠点に運び込んだりはしないだろうし。
では――その理由は? 恩義や好意ではなく、合理だけの判断で動いていたとしても、水晶化の解除が成功すれば自分達に必要な情報を持っているから、とか?
過程が不明だし、彼らの感性、考え方がどういうものか分かりにくいので、些か行動原理の予想を立てにくい。
思案を巡らせていると、ティアーズがモニターを見ながら警告音を鳴らす。
2人――少年達が街道の方向から監視施設に向かって飛んでくるのが見て取れた。痩せていて小柄だが、今施設内にいる者達より少し年長な雰囲気がある。飛行術の洗練具合が中々のものというか。
背中に……何やら毛皮で作った袋を負っているな。何か物資を持ち帰ってきたという事だろうか。
隠蔽フィールドを注意深く展開しつつ、万が一にも接触するような事のない位置取りで動きを追っていたが、俺のいる屋上からではなく、1階の入口の方から正門を開け放ち、施設の中へと入っていった。
動きがあった、と見て良さそうだ。あの少年が帰ってきた事で何かしら会話を交わすだろうから、多少の事情が掴めるかも知れない。