番外1230 古き監視塔
まずは廃棄場付近にハイダーを配置。足跡の残っている付近に人が来れば分かるようにしておく。後はシリウス号に戻り、足跡の分析だな。
そんなわけでみんなと共に艦橋に戻り、分析を行っていった。
足跡は幾つか複数人のものが重なっていて些か分かりにくかったが、概ね同じ方向から来た事や、その方向に飛び去った事を示している。
「この部分さえ分かるなら……後を追えるかな。会合場所に残っていたのと同一人物の足跡も混ざっているみたいだ」
艦橋のテーブルの上に地図を広げれば、みんなの視線が集まる。両脇から興味深そうに覗き込んでくるリンドブルムとカルディアであるが。
会合場所と廃棄場所。ここから飛び去った方向に向かって線を伸ばしていくと……一点で交差する。徒歩であればかなりの活動範囲だが、魔人である事を考えれば納得ではあるか。勿論、シリウス号ならすぐに到着するだろう。
「では、現地に向かうという事になりますかな」
「ああ。一先ず交差地点付近を調査して、そこに何もなければ会合場所から飛び去った方向を継続して追ってみる方向で動いていこう」
ウィンベルグの言葉に頷き、シリウス号をゆっくりと動かしていく。他にも何かしらの痕跡が見つかるかも知れないからな。
「地図を見ると、意外に街道が近いのですね。街道沿いに移動すればかつての街や開拓地等の集落跡も見つかりそうですが」
「もしかすると、かつて住んでいた住民の道具もそこで調達したりしている……かもね」
オルディアの言葉にそう言って応じる。
交渉等の接触を行う事になった場合は……会合場所から追ってきたと思われるとなんだしな。何か見つけても……山岳地帯西側の、かつて街道があった方向にシリウス号を回り込ませてから動いていくというのが良いだろう。
そうして森の上空を進んで行けば――交差地点に何かがあるのが見える。
「古い砦――いや、もっと小規模な魔力溜まりの監視塔かな? この地図には載っていないけれど……昔に放棄されたか建造中だったって事もある、かな」
経年劣化は否めないが、元々の造りがしっかりしているようで、十分に拠点として活用できると思う。というよりベリオンドーラの軍事拠点として、何かしらの術式がまだ維持されているのか、施設の部分だけ雪を被っていない。これなら寒さを凌ぐのにも使えるか。
それに何か外側の探知を通さない仕掛けがあるようだ。全体がぼんやりと光っていて、生命感知が届かない。外からでは内部の様子が見られないな。
子供の魔人なら流石に覚醒能力でああしているというのは考えにくい、かな。
『ああいった古い施設が放棄されると山賊の根城になるから、ヴェルドガルでもそういった場所が残っていないか注意が必要ね。まあ……ベリオンドーラはその限りではないけれど』
『山賊稼業をするにも相手がいないし環境が過酷だものね。山賊が逃げ込む先の選択肢としては微妙だわ』
と、ローズマリーとステファニアが語り合う。
『まだ確定ではありませんが……代わりに、魔人達が根城にした、という事になりますか』
グレイスがそう言って目を閉じる。
「寒くても魔人達ならば耐えられますが、それでも限度はありますからな」
「同様に、俺達とて悪臭等を好んで嗅ぎたいわけでもない。拠点の温度が保たれているなら、廃棄場所などは別のところにするのは道理だろう」
と、ウィンベルグとテスディロスが言う。
そう、だろうな。快、不快を別にしても、拠点を保全したいなら血の臭い等を周囲に漂わせて魔物を呼び込んでしまうのはデメリットが大きい。それなりに離れた場所に捨てに行き、別の場所を狩場にするという合理的な理由にもなるだろう。
「中の様子が窺い知れないから……上と下からカドケウスとシーカーを送り込んでみるか」
そう言うとみんなも同意する。まずは斥候を出して所在の確認からだ。
本当に監視施設の中にいるのが確認できたら、彼らの事情を調べていきたい。交渉するにしてもある程度の事が分かってからの方が良いだろう。
今回はカドケウスとシーカーを連れていくが……単独行動をさせてもらう。
みんなにはモニターから周囲の警戒を頼む。本当にここを使っているのなら、今こうしている時にもどこからか戻ってくる可能性がある。バロールは船に残しているので隠蔽フィールドの維持は問題ないし、シリウス号側との意思疎通も問題ない。
では――隠蔽フィールドを維持したまま降下していこう。甲板に出て実際に監視施設を目にすると、薄らとフィールドを纏っているのが分かる。
内部の様子を生命反応感知で見られなくするのは……ベリオンドーラなら魔法対策として軍事拠点に施すというのは考えられるか。カストルムがきちんと魔法生物としても機能維持していたように、七賢者に連なるベリオンドーラの魔法技術というのは大したものだ。
降下前に深呼吸を一つ。
『お気をつけて、テオドール様』
『気をつけてね。いってらっしゃい、テオドール君』
そんな風にフォレスタニアの通信室からアシュレイやイルムヒルトが言って。マルレーンも真剣な表情でこくんと大きく頷く。通信室からもシリウス号からも、みんなが応援してくれている。見守ってくれている。
「うん。行ってくる」
そう笑って答えて、空中に身を躍らせた。ゆっくりと降下していく。
監視施設の魔力波長の特徴から言うと保護の類。感知系のフィールド効果はないようだ。生きている機能がそれだけなのか。魔力溜まりの監視施設だから周囲から内部を探知されにくければ目的を達成できるのか。その辺は定かではないが……ああ。魔力溜まりの魔力を変質させる事で、施設の維持を行いつつ、魔力溜まりの魔物を忌避させているのか。色々と効率的な作りだ。月の民や迷宮の技術系統が使われている感じがするな。
フィールドに触れて――内部に突入した瞬間、気温が変わった。
なるほど。確かに外よりも暖かい。雪が降ってもこれなら十分に融けるか。施設の屋根や周囲に溝が掘ってあり、排水口を通して水が溜まって貯水槽に流れ込む構造になっているようだ。雨水や雪から水の確保もできる、と。
「人里離れた寒冷の土地で、独立して暮らしていける施設、か。食糧も魔物を倒す事で確保できるし……魔人達が目を付けるのも分かるかな」
監視塔の屋上に降り立ち、そう言葉を口にする。シーカーは……建材と一体化できるようなので屋上から送り込もう。カドケウスは壁伝いに降りて、窓の位置を確認すると共に入口側から侵入してもらう。
窓の位置が分かっていれば内部構造にも察しがつくし、もしもの時の脱出経路が分かるからな。自分が逃げる時は勿論、中にいる相手が逃亡するのを察知する時。諸々役に立つはずだ。
正門の扉は金属製だ。魔物を相手にするのを想定しているからかなり頑強なようだ。長い年月が経過しているはずだが損傷した部分などはない。その扉の上部にある隙間からカドケウスを滑り込ませる。天井の暗がりを追いかけるように移動させていく。
上部から同化して侵入したシーカーは、オズグリーヴが制御しつつ内部の探索をしてくれている。上下から探索を進めつつ、バロールに立体図を形成してもらおう。
カドケウスの視界と五感リンク。内部構造は……まあ、実用性重視の簡素な造りだ。建物は健在。部屋を覗いて見るが……朽ちた家具類が部屋の隅に乱雑に寄せられていたりして。
建物とは違って、家具類は状態維持をする為の魔法的な処理を施されていないから、か。
そうして比較的大きな部屋を覗くと……そこに彼らはいた。壁に寄りかかるように座っている少年と少女達だ。ああ。この場所を根城にしていた、というわけだな。この部屋に全員がいるとは限らないからな。シーカーからの情報と併せて慎重に調査を進めていこう。