番外1228 足跡の主は
ウィズが分析している間に少し近場に降下。硬くなった雪に水魔法で干渉し、丸ごと剥がすように退かす。表層の土も同様に除けて、その下の土を固めて岩の板を形成。そこに魔石粉で転送魔法陣を描いて固着する。
隠蔽のために護符を仕込んだり、後で役割を終えたと判断した時に証拠隠滅するための呪法も仕込んで……表層の土と雪を元通りに被せてやれば準備も完了だ。
『即席だというのに……見事なものですね。何か仕込んだようには全く見えません』
それを見てエスナトゥーラがモニター越しに感心したように言って、カストルムも頷いていた。
「魔法建築技術の流用ですね。表面や継ぎ目を滑らかにしたりといった事は、他の場所で何度もやっていますから」
エスナトゥーラに答える。そうして作業をしている内にやがて分析も終わったので、シリウス号へと戻った。
ウィズと五感リンク。足跡について分かった事をウィズの予測図で教えてもらうと、脳裏にイメージが流れてくる。
どの方向から雪の上に降りて、どの方向に飛び立ったか、というのが足跡それぞれから分かる。
というわけで……幻術によって岩周辺の地形と人影を幻影として映し出し、着地の瞬間、飛び立つ瞬間をみんなに見てもらう。
「分析の結果どれも同じ靴跡で大きさも同じだから、同一人物なのは間違いないと思う」
『雪の凹み方の違いから、着地した時の身体の向きや姿勢が分かる、というわけですね』
幻影を見て、エレナが納得したように頷く。
「どれも岩が見える位置に降り立っている、というのは足の向きから分かってはおりましたが」
「確かに。こっちの足跡は、身体の向きを変えて岩が見える位置に降り立っているな」
俺の言葉にオズグリーヴとテスディロスが言う。
「そう。陽の当たり方がそれぞれの場所で違うから、雪の状態から時系列を特定するのは難しかったけれどね」
気象情報がデータとしてあればそれも分析できたとは思うのだが。
少なくとも、着地の瞬間と飛び立った時の瞬間までの足の動作は分析から推測できている。
『どれも同じ方向から飛んできてそのまま着地、同じ方向に飛んでいった、という分析結果なわけね』
ローズマリーが顎に手をやって言う。
「色んな角度から見ている事に、理由はあるのでしょうか?」
『ん。誰かが訪れた痕跡がないか、ざっと調べている、とか?』
オルディアが首を傾げて疑問を口にすると、シーラが答える。
「かも知れない。ここまでの情報から分かっている事としては――まずかなり小柄で体重も軽い事。それから、複数回かまでは断定できないけれど、空を飛んで会合場所を調べに来ている事だね。まあ……状況から考えると、十中八九魔人なんだろうとは思う」
推測を口にすると、みんなも頷く。その上で、今後の方針を相談したいと伝える。
「会合の時期とは違うから、何度も確認しにくるのは会合場所が発覚する危険性を高めてしまうと思う。それでも行動している事から推測すると……何かしらの問題が起こって、様子を見に来る必要がある、と見るべきかな。定期的に見に来ているとするなら、監視の目を置いておけばいずれわかる、とは思うんだけれど……」
「小柄、というのが気になるというわけですな」
オズグリーヴの言葉を受けて首肯すると、エスナトゥーラもその言葉に目を閉じていた。
「魔人も色々だから絶対とは言い切れないけれど、子供だったらって可能性やイシュトルムの一件を合わせて考えるとね。ある程度事情が分かる程度には調べておきたいし、その状況次第で方針を変える事も選択肢に入れたい、と思っている」
そう言うとみんなも真剣な表情で応じてくれる。
「異存はない」
「同じく」
と、テスディロスやオルディアが同意してくれる。ウィンベルグは眠っているが、まあ、起きてきたら話をしてみよう。
「仮に干渉するのだとしても、魔人達は氏族同士で情報共有をしていないのでこちらへの危険性は低くなりますな」
「それは確かに。それに今回は会合場所にじゃなくて飛んできた方向に探りを入れたいって考えているわけだからね」
アドリアーナ姫から受け取った旧ベリオンドーラ王国時代の地図を広げて、会合場所に目印、飛んでいった方向に矢印を置く。
「山の方に続いていますな」
「飛んでいった方向に直線を引くと――山頂は指していないから、魔力溜まりの中心からずれていくみたいだけれどね」
空を飛べるなら山越えもそう難しくはない。とりあえず直線上を進んで、何か変わったものがないか調査するところから始めようと思う。
会合場所の様子を暫く監視した後で少し場所を移し、ウィンベルグが目を覚ましてくるまでみんなで少し休憩の時間を取る。魔法生物組の面々に魔力補給をしたり、マジックポーションを飲んだり、少し仮眠をして準備を整えていると、ウィンベルグも起き出してきた。
「――そのような事が……」
「というわけで今後の状況によって、秘密裡に動いている今の方針を、少し変える必要が出てくるかも知れない」
事情を説明すると、ウィンベルグは真剣な表情で思案した後で答える。
「お話は分かりました。そういう事ならば、私もその方針で異存はありません」
「ありがとう」
「礼を言うのはこちらの方です。テオドール殿はしっかり話を通して下さるので、こちらとしても安心できます」
そう言って一礼するウィンベルグである。
「調査しに行くとなると何があるか分からないし、魔力補給をする必要があったからね。監視の時間も長めに確保できて、時間的にも丁度良かったって言うのはあるかな」
俺の言葉にウィンベルグは笑って頷いていた。
『子供が絡んでいるのであれば、私も呼んで頂けたら幸いです』
と、エスナトゥーラも気合の入った表情で申し出てくる。
「分かりました。状況次第ではありますが、また力を貸して頂けると嬉しく思います」
『はい。こちらこそよろしくお願いします』
よし。では調査を始めるとしよう。
シリウス号の高度は少し高め。速度はやや低めだ。山岳の魔力溜まりなので飛行型の魔物に鉢合わせて、フィールド内に突っ込まれるような事になっては困るしな。
偶発的な戦闘を避けるための高度でもあるが……往路で広い範囲を見て、それで何も見つからなければ復路で高度を落として、じっくりと見ていこうと考えている。
そんなわけで会合場所に移動し、そこを基点に足跡の主が飛び立った方向に向かって直線上に移動していく。一先ずは――山岳地帯を越え、海岸線に至るところまでを想定している。移動中に、何か見つかるといいのだがな。
山頂付近に大きな生命反応。名実共に山の主が潜んでいるようだが、大型の魔物ではないのか、それともどこかに潜んでいるのか、直接の姿を見る事はできなかった。
主ではないようだが山岳地帯のあちこちに目立つ生命反応があって……巨大な鷲の魔物が稜線から周囲を見回していたり、洞窟か何かがあるのか、山体の内部に大きな生命反応があったりと、魔力溜まりの強者達の在り様は様々だ。
「中心部からの見通しが良いので山岳と一体化した魔力溜まりは中々に剣呑な場所ですな」
オズグリーヴが眉根を寄せる。
「そうだね。ただ他の魔力溜まり同様、縄張りに入らない限りは積極的に攻撃を仕掛けてくるわけじゃない……らしい。縄張りに入った事そのものが察知されやすいっていうのはあるけれどね」
どこまでを縄張りの範囲と見做すのかは不明だが、高度を取っているし姿も消しているので、一先ずは大丈夫そうだ。広い範囲を見て何か変わった物がないかを見ながら、直線上の近辺は拡大して注意深く見ていくとしよう。