番外1226 雪と廃墟
ルクレインが目を覚ましたので、エスナトゥーラをフォレスタニアに送る事になった。
少しぐずっていたが、到着したエスナトゥーラが嬉しそうにルクレインをあやすと割とすぐに機嫌を直して泣き止んでいて……微笑ましい光景である。
『やはり、お母さんがいると安心するのでしょうね』
『母娘の絆ですね』
アシュレイがそれを見て目を細め、フィオレットがうんうんと頷く。
『ふふ。フィオレットさんの気持ちも伝わっていますよ』
『それは……はい。お嬢様に好いてもらえたら嬉しいものですね』
グレイスの言葉に笑って応じるフィオレットである。
『フィオレットが支えてくれるから、私は助かっていますよ』
ルクレインをあやしながらエスナトゥーラも言って、フィオレットは畏まりつつも嬉しそうな様子を見せていた。
エスナトゥーラの声が聞こえるように通信室にルクレインがいたから、女性陣は反応や寝顔を見て和んでいたようだ。ローズマリーもさりげなく布団をかけ直したりしていたから、結構細やかに見てくれている事が分かるな。そんなローズマリーを見てマルレーンやステファニアもにこにこしていたし。
さて。それでは明日に備え、俺達もそろそろ休む準備をしていくことにしよう。今日は戦闘もあったし……疲れを残さないようにしないとな。
俺達が眠っている間にもシリウス号は進んでいき――やがて現地での明け方が近くなった頃合いに、伝声管を通してティアーズの鳴らす音が聞こえた。緊急時以外の連絡用の音だな。目覚まし代わりではあるが、きちんと効果がある。
「ん……おはよう」
伝声管に答えると『おはようございます』というウィンベルグの声。続いてリンドブルムやアルファが喉を鳴らす音が聞こえ、アピラシアやカストルムの返事等……色々な音が目覚めの挨拶として返ってくる。その反応に少し笑うと、寝ぼけた意識もはっきりとしてきた。ん……。体調も魔力の調子も良好だな。
フォレスタニアのみんなの寝顔も見られるようにしてあるが、俺の方が起きるのは早いというのもあり、一緒に起こすと悪いので音声は小さく調整してある。伝声管からの朝の挨拶があってもみんなの寝顔は安らかなものだ。
そうしてみんなの寝顔を堪能させてもらいつつ身支度を整えて艦橋へと向かう。
「ん。おはよう」
艦橋に入ったところで改めて朝の挨拶をすると、ウィンベルグを始め、艦橋にいた面々も再び挨拶を返してくる。
「おはようございます。夜間の移動中、特に大きな問題はありませんでした」
「ああ。ありがとう。計器類等々も問題無し。予定通りの時刻に予定通りの位置を飛行しているね」
夜間飛行中の報告を受け諸々の確認を終えたところで、ウィンベルグが言う。
「夜食も美味しかったです。ありがとうございました」
「口に合ったのなら良かった」
色々な具を入れたおにぎりであるが、ウィンベルグには気に入ってもらえたようだ。
そうしているとテスディロス達も起き出してくる。さてさて。では、厨房でメダルゴーレムも既に動いているはずなので、朝食の用意をするとしよう。
そんなわけでまだ夜は明けていないが朝食の時間である。
白米に大根とキノコの味噌汁。ソーセージに卵焼き。コールスローのサラダにヨーグルトといった内容で、全てゴーレムの手によるものだ。起き出す時間に合わせてメダルゴーレム達も起動して朝食を作っていたというわけだな。
まあ、味見ができないので分量や加熱時間等々、事細かに決めてやる必要があるが……レシピに忠実に作ってくれるので、それさえ正確なら美味しい物を作ってくれる。
火事になった際に消火用の術も搭載しているのが安心な点だろうか。まあ、シリウス号の厨房は延焼しないように造られているが。
そうして腹ごなしをしているとフォレスタニアの面々も起き出してきたようだ。俺達は北西方向に移動中なので、時差としてはヴェルドガルの方が少し早く日も昇る。
『おはようございます』
「うん。おはよう」
グレイス達とも朝の挨拶をする。早めに床に就いたのでたっぷり眠って体調も良いとの事で何よりである。
やがて――海の向こうに陸地が見えてくる。旧ベリオンドーラ王国領という事になるが……シルヴァトリアより全体的に北方寄りに位置しているので、南部と言っても当然のように一面の雪景色だ。ただ、冬場の降雪量はそれほどでもないらしい。
雪を被った針葉樹林帯が広がっていて……ベリオンドーラ南部に関して言うなら亜寒帯のタイガ気候といったところだろうか。もっと北に行くと森林限界に達し……永久凍土の広がるツンドラ気候になるというわけだな。
タイガは寒冷で土壌も痩せていて、イメージ通りに作物等も育ちにくいらしい。地球側――景久の知識でも、ルーンガルドで読んだ書物の記述でも、その辺は一致している。
そんなわけでかつてのベリオンドーラ王国は勿論、シルヴァトリアも作物の育成には魔法を併用するなどしているそうで。その辺は月の民の技術が活かされている部分があるのだろう。
七賢者が建国に際して北方を選んだのも……保有する魔法技術から言えばそうした厳しい環境でも暮らす事ができるからであるし、入植しても周辺の国々との軋轢等が起こりにくいからだったと思われる。
「あれは――町の痕跡でしょうか?」
オズグリーヴが海岸線に雪を被った廃墟を見つけて尋ねてくる。
「そうだね。王都が陥落してから各地の拠点も放棄されたりしたらしいから、各地にああいう廃墟も残っているって話だよ」
元は港町だったのだろうか。町から伸びる街道も――雪景色の中に埋もれてしまっているな。雪が無い季節でも流石に痕跡が残っているかどうかというところだろうが。
とは言え、アドリアーナ姫が資料を手配してくれて、どの廃墟がどのあたりにあるといった情報は把握している。
このまま北西方向に進めば程無くして大きな湖も見えてくるはずだ。目指しているのはその湖から少し進んだ場所で……まあ、やはりというか、魔力溜まりが近い場所ではあるようだな。
「魔力溜まり自体は――山を中心に広がっているという話でしたか」
「そうだね。旧ベリオンドーラ王国内における最高峰を含む地帯で、寒冷地に適応した魔物も多数生息してるらしい」
オルディアの質問に答える。
結構な危険地帯だが、まあ……目指しているのは魔力溜まりそのものではないしな。
その裾野あたりに広がる森が魔人達の会合場所で、俺達の目指している場所という事になる。
「あの山々に関してなら、晴れた時なら廃都からも見る事ができたな」
と、テスディロス。なるほどな。会合場所は知らずとも場所自体は見えていた、と。
「あの頃は特に視界に入っても気にしていなかったが、今思い返してみれば尖った稜線が特徴的な印象だったな」
テスディロスが思い返すように顎に手をやりながら言った。魔力溜まりでもあるとなればまあ……王国民にとっては畏怖の対象だったかも知れないな。
やがて件の山岳地帯も遠くに見えてくる。山頂付近はもう陽の光を受けて、槍のように尖った頂を見せている。
稜線が雪を被って……如何にも険峻な高峰といった雰囲気だ。雪山だというのもあるが、少なくとも気軽に登頂を目指す事ができるような山容をしていないな。
カストルムとしては初めて見るような風景だからか目を明滅させて結構興奮しているようにも見えるな。
湖も視界に入ってきている。生命反応は広い範囲にちらほらと散見されて……野生動物や魔物のもののようだ。視界の範囲内には、今のところ特に不自然なものはない。
「今のところは大丈夫そう……かな? このまま魔道具の設置まで進められたら良いんだけれど」
そう言うとみんなも頷いていた。では――会合場所を目指して進んでいくとしよう。