番外1222 深魔の森にて
砕かれた獅子から魔石を抽出するための術を用いると……かなり大きな魔石が抽出できた。属性は特に乗っていないようだが、大きく、力強い魔力を感じる魔石だな。
「こんな大きな魔石は初めて見ました……」
と、騎士も驚きの表情を見せていた。
「どうもこの獅子は深魔の森の魔力溜まりの主に挑んで、その折に敗れはしたものの変異を起こしたようです。それ以前に食らった魔術師の力を引き出していたらしくて、人語を操り魔術も用いていました」
獅子の語っていた言葉と共に、魔物を狩ることで手傷を癒して力を蓄え、今度こそ魔力溜まりの主になろうとしていたのではないかと、そう伝えるとラングハイン伯爵は目を閉じてかぶりを振っていた。
「魔力溜まりの強者が動く時というのは……ロクな事がない。早期に対応がなされたのが不幸中の幸いか」
そんな風にひとりごちるラングハイン伯爵。それから顔を上げ、尋ねてくる。
「マティウス殿は相当な魔術師殿とお見受けしましたが……何処から参られたのでしょうか?」
やや聞きにくそうに切り出しているが、伯爵や騎士達からしてみれば、そんな魔術師が何故ここに来たのかであるとか、どんな来歴なのか等は把握しておきたいところだろう。
「ああ。その事で僕もお伝えしておきたい事があります。少しばかり込み入った事情がありまして、伯爵にもご挨拶をと思っていたのです」
そう言ってラングハイン伯爵に視線を向けると、静かに頷いて騎士達に視線を向ける。
「ふむ。察するに、あまり広くは知らせたくない話があるご様子ですな。では……お前達、私が話をしている間、上空から周囲の警戒を」
こちらが人払いを欲している事を察したのか、傍にいる騎士達にそう伝える。なるほどな。空から警戒していれば魔物は勿論、俺との間に何かあってもすぐに対応ができるし、人払いの用途として会話の声が届かない状態にもできる。
「ありがとうございます」
「ふふ。礼には及びません。私としても気になっていたのです」
ラングハイン伯爵はそう言って人好きのする笑みを見せる。騎士達からも慕われているようだし、マルブランシュ侯爵から聞いている通りの人物のようだ。
騎士達が上空に移動するのを待って、それから許可を貰って防音のフィールドを作ったところで話を切り出す。因みにカストルムも少し離れて手足を収納し、大人しくしていると、意志表示をしていた。
「まずは偽名ではなく、本当の名前をお伝えしておきます。僕の名はテオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと申します。ヴェルドガル王国から同盟に関わる任務で動いている最中なのです。必要であれば、変装も解きますし、シリウス号もこちらに来ているのでお見せしましょう」
そう伝え、騎士達からは見えない角度で、木の杖の洞を少し大きくしてウロボロスも見せる。ラングハイン伯爵は少し驚いたようだが、それも僅かな間だけの事で、すぐに落ち着いて、寧ろ納得したというように頷いていた。
「なるほど。噂に聞く境界公なら魔物達を殲滅できるのも納得できます。飛行船も来ている、となれば尚更でしょうか。カストルムという魔法生物をお見せになっていたのも、年齢と実力から推測される出自を誤魔化す為、と理解して良いのですかな?」
「意図としてはそうですね。カストルムはカストルムで先程お伝えした事に嘘はありませんし、実際にかなりの力を持っているようなのですが」
俺の言葉に静かに頷くラングハイン伯爵である。冒険者達の証言で……魔術師の連れていたゴーレム――カストルムの初撃が凄まじいものだった、という報告は届いている、との事であった。
「同盟の、今の方針についてはご存じですか?」
「魔人達との和解と共存を目指している、との事でしたな。魔人化を解除し、普通の人間に戻す事でそれを実現しようとしている、という話も聞き及んでいます」
ラングハイン伯爵は魔人達について語る時も冷静に話を進めている様子であった。俺達がやってきた理由についても話をしていけそうだな。
――深魔の森深奥に関しては領主の力の及ぶところでもなく、道の途切れるあたりまでは領地内として扱うものの、それ以上の奥地については、ベシュメルク国内ではあれど領主の管轄外、という話ではある。
それでもザナエルクがいた頃は領の安全の為、部隊の立ち入りを認めて内情を探らず、支援する代わりに奥地に手出しをする事は避けるようにという取り決めをしていたらしい。魔人達の会合場所については……まあ、ラングハイン伯爵領の管理からは外れる場所、という事になるわけだ。
他言無用の話として前置きし、魔人達を解呪するとどうなるのか。氏族、会合場所にメッセージを届け、解呪をするために行動をしている事を説明していく。会合の具体的な場所については明かせない部分があるが、各国の王達に了解を取り、魔人達の会合場所を巡っているという事を伝える。
森での騒動は移動中に空から見かけたので救援に入った、というわけだ。
「なるほど……。魔人達の氏族に、会合場所、ですか」
「一部の魔人達と和解も進んでいて……そこから得られた情報でもありますが。あまり事情を明かせない理由については……会合場所の情報が漏れると、その場所に対して迂闊な出方をする者も出てくると予想されるから、ではあります」
「それは――確かに。今の同盟の方針としても、そういった事態は避けたいというわけですか」
会合場所については結集する時期も決まっているからな。手出しや偵察が行われる事で警戒されて会合場所を放棄されたり、偶発的な戦いが起こるような事態も困る。だからこそ情報が漏れないように秘密裡に動いているのだが。
その辺の事情も話をすると、ラングハイン伯爵は思案しながらも頷いていた。
「事情は分かりました。会合場所についても恐らくは通常の人の手が及ばないようなところにある、のでしょうな」
「はい。伝言を届けるための方式は儀式魔法なので、会合場所に配置した魔道具についても悟られないような運用をするつもりではいます。魔人達の事がなくとも、会合場所に普通の方法で向かう事そのものが、魔力溜まりの奥地に住まう大物を刺激する危険性がありますから」
運用というか、配置すればそれで目的は達成されているところはあるのだが。そう言った諸々を説明し、必要であれば魔法審問に応じる事も伝えると、ラングハイン伯爵は首を横に振る。
「いや、それには及びますまい。かのシリウス号も同行しているという話でしたし、それだけの証拠があるのなら、そちらを見せていただければ十分でしょう。それよりも……そうした作戦中でありながらも、冒険者や領民を守るために動いて下さった、という事に感謝を述べる必要があるものと理解しております」
そう言ってラングハイン伯爵は一礼する。
「それは――こちらこそありがとうございます。そう言って頂けるのは、嬉しく思います」
俺がそう答えるとラングハイン伯爵は目を細めて笑う。
「作戦中という事であれば、あまりお引止めするわけにもいかないでしょうからな。歓迎の宴を行うのが筋ではありますが」
「そう、ですね……。まだ向かわなければならない場所もありますので。それからこの後の事なのですが……差し支えなければ一つだけお願いしても良いでしょうか? 飛行船で待機している者に、見せたい場所があるのです」
「見せたい場所、ですか?」
俺の言葉に、ラングハイン伯爵は目を瞬かせるのであった。