番外1221 深魔の森と後始末
「魔物の生命反応はなくなっているようですね。怪我は……大丈夫ですか?」
エスナトゥーラと獅子との戦いの間に、みんなの戦いも概ねケリがついた。まずは状況把握だ。
「押し切ろうとするところを受け切って、減衰していたので軽微です。問題はありません。これぐらいなら傷痕も残らずに再生すると思います」
エスナトゥーラは獅子が完全に動かない事を確認してから、笑って答える。
行動に支障はないと言っているが、怪我はしている、と。
封印解放の状態だと魔人に通常の治癒魔法等は通りにくい。ポーションはまあ、効果があるな。治癒魔法よりそちらを主体にしよう。
封印術を施すのはもう少し待ってからだな。傷の具合を見つつ、封印術を施してから治療する、というのが良いだろう。
「一先ず……封印術は使わず傷を消毒してポーションを使い、包帯を巻いておきましょうか。もし傷痕が残っても、それを無くすこともできます」
「ああ、それはありがとうございます」
エスナトゥーラは笑って頷く。母さんが使っていた方式の治癒術なら、傷痕を消すぐらいは造作もない。
「では、傷の処置は私が。そういった処置はイグナード様やレギーナで慣れていますから」
オルディアが自身の胸のあたりに手をやって申し出てくれる。なるほど……。確かにそういう機会は多そうだ。
「助かります、オルディアさん」
「いえいえ」
『エスナトゥーラさんがご無事でなによりです』
「ありがとうございます」
笑みを向け合うオルディアとエスナトゥーラ。その光景に通信室のみんなも微笑み、そんなやり取りを交わしていた。
というわけで魔法の鞄から消毒液やポーション、包帯を取り出してオルディアに渡すと、茂みの方に向かいエスナトゥーラの傷の処置に移る。
「みんなは?」
「こちらも手傷は負っていない」
「同じく」
戦況は見ていたが、改めて確認するとみんなからも返答がある。空を見上げればリンドブルムやティアーズ達も頷いていた。点呼も問題なし、と。
押し寄せてきた魔物の殆どは倒したし、僅かに残った魔物も先程のエスナトゥーラの大技で、森の奥に逃げたようだ。
分断されて個別に逃げたという印象なので、逆方向にスタンピードが起こる、ということもあるまい。こちらに押し寄せてきた分は大半を討伐したから魔物達の密度の薄い空白地帯になっているだろうし、それぞれ落ち着くところに落ち着くだろう。
やがてオルディアの処置も終わり、変身状態を解いたエスナトゥーラがこちらにやってくる。
「痛みも引いて、大分楽になりました。途中少し危なっかしいところもありましたが、信じて見届けて下さったこと、ありがとうございました」
そんな風に言って一礼してくるエスナトゥーラに、俺も少し笑って頷く。
「魔力反応で戦況を見てはいましたが、心配いらなかったようですね」
「ふふ。あれで押し切られていたら負けでしたが」
均衡が崩れそうならその瞬間に召喚や転移によって逃がすか、時間干渉で割って入るつもりで準備もしていたが……その必要もなかったというわけだ。
結局オズグリーヴの展開した煙のエリアを抜けた魔物はいなかったようだ。
オズグリーヴの煙の切れ目を探して迂回しようとした魔物もいたが……ウィンベルグ、リンドブルムやティアーズ、アピラシアの兵隊蜂といった飛行部隊により、孤立したところを空中から攻撃を仕掛けられて各個撃破といった具合だ。
カドケウスやアピラシアが艦橋に残って、各々から送られてくる情報を受け取っていたからな。上空からの視点を元にウィズが分析。戦況を通信機で知らせたり、みんなに随伴した働き蜂が優先して叩くべき敵の位置を知らせたりしていたので、かなり効率良く対応する事ができた。
その上、煙の内側ではテスディロスやオルディア、カルディアにカストルムと……相当な戦力の面々ばかりだった。戦果は上々と言えよう。
それじゃあ……ゴーレムを使って倒した魔物達の回収と剥ぎ取り等を進めておくか。
もう少ししたら冒険者から報告が行って、人もやって来ると思うので、それまでに諸々どうやって説明するか等、クェンティン達とも相談してスムーズに進むように考えておこう。
カストルムやアピラシアの働き蜂も手伝ってくれたので、魔物の回収と素材の剥ぎ取りは手早く順調に進んだ。
獅子については損壊部分も大きかったので、魔石の抽出を行うのが良いだろう。冒険者達が暴走を引き起こしたわけではないと説明する意味でも、人が来てから説明すればいい、というわけだな。
作業をしながらも中継映像を介してクェンティンやマルブランシュ侯爵と話をする。
『領主に関しては中々の御仁と聞き及んでいます』
『私も面識がありますが、先王の折には部隊を受け入れながらも中央に寄る事をせず、領民を守るために行動をしておりましたからな』
なるほどな。クェンティンとマルブランシュ侯爵の見解としては、ある程度事情を打ち明けても大丈夫だろうと言うわけだ。
地方の領主に関してはまあ、ザナエルクが倒れてベシュメルクが新体制に移行する折に、中央との結びつきについても調べられたらしいからな。その辺の評価は間違いのないものだろう。
地に足を付けた堅実な領地経営を行い、領民の安全を優先する人物、との事だが……そう言った人物なら、魔人絡みの出来事に魔力溜まりを越えてちょっかいを出しに行くような事もあるまい。会合場所に関しても打ち明けて協力を求めた方が信用を得られるかも知れない。広く事情を明かせないから冒険者達には偽名を名乗ったけれどな。
そうしていると、遠くから騎士達が近付いてきているのがシリウス号から見て取る事ができた。
説明に関しては最初に姿を見せていた俺とカストルムで応対すると決めていたので、みんなにはとりあえずシリウス号に戻って休んでいてもらおう。後で領主と話をした時に挨拶等はする、という事で。
「いやはや……これは凄まじい……。まさかこの規模の暴走を既に殲滅しているとは」
と、戦闘の痕跡と魔物達を見て、髭を蓄えた竜騎士はかぶりを振るとそんな風に言った。
「あの魔術師殿も……凄まじい数のゴーレムを制御するものですな」
「大型の物は見た事がありませんが……魔物の群れを壊滅させるのも道理といったところですか」
騎士達はそんな風に語っていた。スノーゴーレム達がまだ魔物を森の中から運搬中であったりするが……まあその辺は見せておくと話がスムーズになるだろうという目論見もあっての事だ。
とりあえず挨拶と自己紹介をしていく。部隊を率いてきたのは――領主であるユルゲン=ラングハイン伯爵という事である。
結構な規模での魔物の暴走が起こったので、開拓村から早馬が飛んで、それから部隊を派遣してきたというわけだ。
部隊編成から派遣まで、初動が早いのは領地内に深魔の森を抱えているからだろう。飛行可能な部隊を用いたのは暴走の規模を見て対応を決める為か。
ともあれ、こちらとしては面識を得るために話を通す手間が省けたのは間違いない。
「彼はカストルムと言います。僕にとっては――そうですね。友人であり、先祖伝来のゴーレムという事になります」
そう紹介すると、カストルムは小気味の良い音を鳴らしてから頷き、騎士達にもお辞儀をして挨拶をして、騎士達も少し表情を緩めていた。
「それから、この獅子が今回の魔物の暴走の原因になったのかなと。抽出で形成される魔石の規模を見て貰えば、分かると思います」
最初から手負いであった事や、人の言葉を解すような変異をした事。獅子について分かっている事やそこからの推察を伝えると、ラングハイン伯爵は顎に手をやって思案していたが、やがて口を開く。
「なるほど。承知しました。マティウス殿が倒した魔物である以上は処理方法や素材等は一任しますし、当人が受け取るのが道理というもの」
では――獅子から魔石抽出をしていこう。それが終わったら、伯爵にも少し人払いをしてもらった上で色々と話をしなければなるまい。俺自身についても聞きたそうにしているし、話を進めればみんなも紹介できるだろう。
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