番外1217 森と冒険者
眼下に広がる深魔の森と、そこに散らばる生命反応を見ながら東の方角へと向かって移動する。
生命反応の輝き方で種類等も特定可能だ。この際ある程度の範囲ではあるが、魔物の大凡の分布図を作っておこう。どの辺にどんな魔物がいるのか調べておけば、ベシュメルクとしても何かあった時に対応に動きやすいはずだ。
まあ……縄張りを持つ大物以外は動き回る事も多いと思うので、大雑把な分布図にしかならないとは思うが。
「主は流石に分かりやすいな。魔力溜まりの中心に巨大な反応があって、その周囲の縄張りがきっちり空白地帯になってる」
星球儀で魔力溜まりの位置を調べて地形に重ねると、ぴたりと一致してくる反応がある。主の縄張りの外にも幾つかの大きな反応が見られる。それなりの間隔を持ちながら複数体いるが……これらは主には及ばないまでも他の魔物を寄せ付けない大物がそこにいる事を示している。力を蓄えながら主の座を狙っているような大物、といったところだな。
噴出点の主とそれに次ぐ強者。これらのいる位置は情報として得ていても損はあるまい。冒険者の探索においてはそこまで奥地に入ったりはしないが。
『主やその周囲の大物に関しては、かねてから言われていた通りではあるわね。空から見ると分かりやすくて……貴重だわ』
ローズマリーがそれを見てうんうんと頷く。
「確かに。魔物達がある程度移動するにしても貴重な資料になりそうですな」
「まあ……やっぱり広く周知できない情報ではあるけれどね」
仮眠から起き出してきたウィンベルグと、そんな会話を交わす。
魔力溜まりの主等は動きを見せない限りは不干渉な方が良い。能動的に縄張りから動くことはしないし、討伐しても別の強者がその席に収まろうとするだけなのでイタチごっこになってしまう。
ドラフデニアの悪霊騒動のように魔力溜まりの影響下にある魔物達が操られて外に出てきてしまった場合は例外だが……あの時は強い魔物や弱い魔物も含めて同時に勢力を削られていて、縄張り争いに起因する渡り等は今のところ起こってはいないようだ。
周知できないというのは……俺達は星球儀のお陰で魔力溜まりの中心部が正確に分かっているからだ。正確な位置が知られる事で主や強者に無闇にちょっかいを出されても困る。
そうやって東の方向に向かって進みながら少しだけ範囲を広げて眼下の景色を調べていたが、モニターを監視していたティアーズが大きく手を振ってくる。
そちらを見やれば森の中に気になる反応があった。
「あれは――人か」
テスディロスが言う。
複数の人らしき反応が森の中を移動中。その背後に魔物の反応が多数。追われている、のか? 拡大すると冒険者達が森の小道を外に向かって走っているところだった。
追いかけてくる魔物の方向を見やれば……結構大きな魔物の生命反応があって、それに追われるように小さな魔物達も逃げているのが見える。
これは、少々まずい状況かもしれない。
冒険者達はそれほど深入りしていない。森の中に切り開かれた道を移動中のようであるが、森の外まではまだ時間がかかりそうだし、速度差から言うと複数の魔物に追いつかれてしまいそうにも見える。
これは――渡りが起こっている……という状況か? 冒険者達の移動ペースから考えて、森の奥から逃げてきたとは考えにくい。大物に手出しをしていないなら、異常事態に遭遇して撤退を選んだように見える。
「こっちの正体を隠しつつ救助しに行く」
シリウス号を動かしつつそう言うと、居並ぶ面々が頷く。
「魔人として戦う姿を見られても面倒ですからな。森の中を移動している魔物は我らが受け持ちましょう」
オズグリーヴが言うと、テスディロスやオルディアも頷いた。
「分かった。俺も少し変装して冒険者達の前に出るよ。それとみんな改造ティアーズを連れていくように。中継映像さえ来ていれば、シリウス号の艦橋を通して連係が取れる」
そう言うと、みんなも頷いた。
冒険者達の前に姿を見せておくのは……多少の説明があった方が冒険者や領主も後の対応をしやすいだろうというわけだ。
モニュメント設置は隠密作戦ではあるが……要は会合場所絡みで俺が動いている、というのを魔人達に知られなければ良い。離れた場所での人命救助に関しては完全な隠密行動よりも優先度が高い、というだけの話である。それに……このまま放棄すると開拓村等にも影響が出そうだしな。
『私にも参加させて下さい。森に紛れればいいのなら、問題なく動けると思います』
そう言ってきたのはエスナトゥーラだ。救助作戦でもあるから、動いておきたい、という事なのだろう。人との和解を目指してくれているという事で……その気持ちは汲みたい。
「分かった」
俺も頷き、フィオレットにルクレインを預けたのを見届けてからエスナトゥーラを転送魔法陣でこちらに呼び込む。
そうしている間にもモニターの位置、魔物の移動速度から各々分担を決める。
時間がないので大まかな作戦ではあるが、細かな部分の穴埋めと対応はリンドブルムとアピラシアが行ってくれるとの事だ。バロールが隠蔽フィールドやライフディテクションの維持はしてくれるので、臨機応変に対応できるだろう。
そうして――冒険者達の直上に移動して甲板から一気に分散して降下する。シリウス号は隠蔽フィールドで隠し、みんなも護符で姿を隠しつつ各々の担当場所に降り立った。
俺は変装をした上でカストルムと共に森の道の真上――冒険者達の少し後方に降下する。
「な、なんだぁ!?」
「魔物の新手か!?」
降ってきた俺とカストルムを見て、冒険者達は目を丸くした。変装については変身術式で髪と肌の色を少し変えている。キマイラコートの変形やウロボロスの木の杖としての偽装で、結構印象は変わるはずだ。
「旅の魔術師です。魔物が暴走しているようなので、ゴーレムと一緒に助太刀に来ました」
「そ、それは有難い……! 俺達も――!」
「いえ。問題はありません。開拓地や領主に一刻も早い連絡を」
心配ないと示す意味で――カストルムに道を猛追してくる枯木の魔物の群れに拳を向けてもらう。
サーストエントと言われる、魔力溜まりの影響を受けた凶暴な木の魔物だ。赤く輝く目を光らせながら、尖った枝を振り上げながら突っ込んでくる。
次の瞬間、カストルムの拳が魔物の一団に向かって射出された。
凄まじい速度の拳が魔物の一団を文字通りに粉砕する。俺に対する警告射撃の時とは違い、味方に被害が及ばない距離で風の制御を解放して、衝撃波を撒き散らす事で威力を高めている。着弾した拳が大音響と共に濛々と土煙を巻き上げ――それを見た冒険者達は目を見開いて言葉を失っているようだった。
「というわけです。余人がいると、存分に力を振るえないところがありますので、お気になさらず」
カストルムと一緒に降下したのはこういうわけだ。
俺の言葉を受けて、冒険者達は不承不承ながらも頷いたようだった。危険を知らせるために走る事を選んだようだ。そう。そうだな。危機を知らせるのも大事な仕事だ。仮に兵隊蜂の包囲網を抜けられた場合でも後方で被害が出ないように態勢を整える事ができるし、非戦闘員は避難ができる。
「死ぬなよ! 危なくなったら逃げてくれ!」
「俺はキュレオって言うんだ! あんたは!?」
そんな冒険者達の言葉に少し笑って頷いてから答える。
「マティウスと言います。後でお会いしましょう」
偽名で申し訳ないが。ここは納得してもらおう。一緒に降下した面々も――森のあちこちで魔物達と接敵したようだ。では――戦闘開始といこうか。