189 炎熱城砦
盗賊ギルドとのあれこれやシーラの過去。店の準備、開店記念の宴会と皆の宿泊、カード大会と色々あったが……街での活動ばかりというわけにもいかない。
特に、迷宮のラストガーディアンと魔人絡みでは更なる戦力の増強が必要だ。例えば訓練や迷宮探索であったり――母さんの手記の暗号解読であったり。
「魔力を環境から取り込む……ね。ふむ」
「リサ様の手記ですか」
主寝室の机に向かい――母さんの手記で調べ物をしていた俺が漏らした呟きに、お茶を運んできたグレイスが尋ねてくる。
「うん。母さんの体質についても書いてあった」
母さんの体質だが――魔力資質が治癒術士のそれよりも魔力本来の原質に近いものだったらしい。
生命力が魔力に溶け出して衰弱してしまうのが治癒術士ならば、母さんの場合は魔力が自然環境に放散してしまうのではないかと書かれていた。
それが事実であるならば魔力枯渇による衰弱もあるはずだが、母さんはそこまで症状は重くはなかった。そうならないのは特異な魔力資質ゆえに逆に魔力操作で自然環境から魔力を取り込むことが可能だったからのようである。
だが環境魔力を体内に取り込んでから、余分なものを中和する必要がある。魔物はその役割を担うのが体内の魔石。それが無いから頻繁に体調を崩す原因になっていたのではと、手記の中ではそんな仮説が立てられていた。
「そうだったのですか……リサ様は……」
俺の説明に、グレイスは指輪を押さえて少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。
「循環錬気があの頃使えてればって思うけど」
「どうか、ご自分を責めないでください。私は……いいえ。他のみんなだって、テオにたくさんのものを頂いて支えられていますから」
「ん……」
支えられているのは俺も同じだ。グレイスに頷いて笑みを返す。
母さんは……特性封印の呪具でそんな自身の体質を抑え込んではいたようだけれど……魔力の質そのものが変わるわけでもなく、放散が緩やかにはなっても完全に止まることはなかった。グレイスもそうだ。吸血衝動の反動まで消えるわけではなく、帳尻をどこかで合わせる必要がある。指輪は決して完全なものではない。
グレイスの場合は俺が一緒にいることで問題の解決ができるが、母さんは時折指輪を外して、魔力を取り込む作業が不可欠で――言わば息継ぎをしてやる必要があった。どうしても体調不良とは縁が切れなかったわけだ。
仮説を基に――自身の体質改善についての方法も記されていた。
これは研究の途上で、まだ理論が未完成で終わってしまっているが……要するに術式を介して魔力を中和することで周囲の魔力を自由に体内に取り込み、扱うための術式を作れないかというものだ。つまり術式で自身の体質を補強しようと考えていたのだろう。循環錬気ができれば補えるというロゼッタの説もまた正しいけれど、残念なことに今の代では廃れてしまっていたからな。
「……今日はこのへんにしておこうか」
「はい。明日は炎熱城砦でしたね」
「うん。ゆっくり休んで明日に備えよう」
暫く解読を続けて――ティーカップを空にしてから大きく伸びをする。
そして、思う。
……この術式は、俺の手で完成を目指せないだろうかと。
母さんの研究を引き継ぐ形だ。やり残した仕事を完成させる。きっと、俺自身にとっても覚えて損はないものになるはずだから。
明くる日――。迷宮入口の石碑からクラウディアの助力を得て転移すれば、そこは灼熱の世界であった。
巨大な空洞の天井一面に、赤熱した水晶のような鉱石が迫り出している。天井だけではない。石畳のあちこちからも飛び出して、周囲に熱気を振り撒いているのだ。
「これが炎熱城砦――」
アシュレイが遠くにそびえる巨大な建造物を見上げて、呟く。
そう。それは城だ。赤々と照らされる高い石壁と尖塔が立ち並ぶ城砦。迷宮の中でもかなりの深部に位置する場所。敵も強いし地形も危険性が高く、かなり難易度の高い区画である。できる限りの安全マージンを取りつつ、ここでの戦闘経験を積んで更なる戦力の増強を目指す。大腐廃湖の例を考えると、魔人戦の際にこの区画が主戦場になる可能性もある。対応できるよう、経験を積んでおくことは無駄にならない。
「ラヴィーネは大丈夫? みんなは?」
ファイアーラットの毛皮による炎熱への防御。風魔法と水魔法による熱気の遮断と冷却。考えられる対抗手段は取ってきたが、どうだろうか。
「ラヴィーネは……問題ないみたいです」
「私も大丈夫です」
「同じく」
みんなが頷く。マルレーンと視線が合うと、真剣な面持ちで頷いた。
「よし……。それじゃあ、まずはあの城門を突破するところからかな」
石畳の長い坂が延々と続いている。その向こうに巨大な城門が見えているのだが――。厄介なことに、まずあの城壁を攻略しないことには城砦内部に潜入できない。
「あの城壁は、上から飛んでは行けない?」
シーラが問い掛けてくる。
うん。それはBFOでも考えた奴がいた。結果がどうなったかと言えば……まあ、散々なものだった。
「天井の水晶は相当な熱気を放っているし、上空全体に結界が張られてるんだ。多少は大丈夫だけど、あまり高度は上げない方が良い。足止めを食らったところを弓で狙撃される。城の内部に入っても尖塔には窓に類するものが無いから、結局内部を進む必要があったりする」
「なるほど……」
高空は取れないというだけで、空中戦装備があるというのは充分有効に活用できる。特に高所からの落下を心配しなくていいというのは非常に便利だ。
とは言え城門に関しては真正面から突っ込んでいくしかない。
「城門を越えた所に石碑がある。今日は様子見だけど、そこまでは進もう」
「分かりました」
「来ます」
城門へ続く道は一本。見晴らしが良く、坂道の両脇は奈落だ。迂回路もない。俺達を発見したのか、リビングアーマー達が隊列を組んで攻めてくる。坂道のあちこちに詰所があり、そこから攻めてくるというわけだ。
炎熱城砦の城門か。リビングアーマーが軍隊的な動きをするのに苦戦し、初めて来た時は突破にレイドパーティーを組んだりしたものだけど――。
「進め」
ゴーレムで隊列と槍衾を作り、前進させる。但し中身が空洞のリビングアーマーをただ槍で突いても意味はない。だからゴーレムの隊列が手にしているのは刺又である。取り押さえるための道具だ。そしてゴーレム達の素材は土。こちらもまた、向こうの武器は通用しない。
よって、戦術としては矛を交えながらお構いなしの前進をさせるわけである。リビングアーマー達を刺又で押さえつけ、或いは土の身体に鎧を取り込んで動きを封じていく。そして――。
「そこですね」
跳躍したグレイスから、斧が猛烈な速度で投げつけられる。超重量の斧がリビングアーマーの胴体部を紙のように貫通していった。
イルムヒルトの弓矢も有効だ。呪曲を乗せた光の矢をイルムヒルトの肩に乗ったセラフィナが増幅して放つ。それはリビングアーマーにとってはかなり致命的な作用を及ぼすらしく、命中したリビングアーマーは一瞬体を跳ねさせて機能停止する。
回り込んだシーラが空中からリビングアーマーの兜を蹴り飛ばすと、頭を失ったリビングアーマーは泡を食ったように武器を取り落して頭部に手をやる。そこをゴーレムに取り押さえられていた。粘着性の網も非常に有効に機能しているようだ。
高所からの弓兵に対しては、アシュレイとラヴィーネが氷壁、更にマルレーンがソーサーを展開して対応し切って見せる。こちらの陣地を広げるように坂を登っていく。
「岩!」
シーラの警告。
リビングアーマー達が坂の上から、燃え盛る岩玉を転がしてくる。先鋒が不利と見て対応を変えてきたのだろう。本来なら制圧したリビングアーマーの詰所に退避するのが常道なのだろうが――。
「避ける必要はない。そのまま前進」
ゴーレムを飛び越え、ウロボロスに魔力を込めて振り回す。槍を交えていたリビングアーマー達を、坂道脇の奈落の底へと叩き落として、最前列より前に出る。
ウロボロスの歓喜の咆哮。高まる循環魔力のうねり。飛び散る火花と共に、転がってくる大岩に竜杖を突き込む。一点から衝撃を通して岩を粉砕すると同時に、レビテーションと火魔法を併用。爆風によって岩と共に攻めようとしていた後詰のリビングアーマー達へと弾き返す。散弾を浴びたリビングアーマーの隊列が大きく乱れる。
「突っ込むぞ!」
号令一下、グレイス達がシールドを蹴って前に出る。マルレーンもデュラハンと共に高速で駆け上がる。リビングアーマーを蹴散らし、坂道を駆け上がり――城門前の開けた場所まで進む。
「閉鎖!」
「はい!」
仲間が全員駆け込んだところで、アシュレイとラヴィーネが坂道から広場に繋がる道に氷壁を作り出す。後ろの各所にある詰所からリビングアーマーの援軍に来させないためだ。余剰戦力を残して広場で挟撃するといった初見殺しを、平気な顔をしてやってくるのがここの連中である。
難所でもある。アシュレイは魔道具からディフェンスフィールドを構築し、防御陣を形成する。
広場脇の詰所からリビングアーマーの上位種、ヘビーアーマーの一団。正面の門が開かれて、その奥から鎖付の鉄球を持った巨人と、鎧を纏ったフレイムデーモンが現れる。
準ガーディアン級と言われる連中で――特定の場所に配置されている魔物だ。炎熱城砦もまた攻略されることを目的に作られているのか。この連中を片付けることで城門を開くことができる。
「燃えてる方は俺が相手をする」
「では巨人は私が」
グレイスと共に、一歩前へ出る。随分熱烈な歓迎だ。
「何かあったら合図を」
「ん」
撤退にはいつでもクラウディアが応じてくれるから退路の確保はできているが……ここを突破できるようでなくては話にならないだろう。さあ、戦闘開始といこう。




