番外1215 ベシュメルクの辺境に
みんなと共に甲板に出て、迷彩フィールドを纏ったままで降下する。
陽光の輝きを受ける海と島々は綺麗なものだが、海中には生命反応の妙に強い魚群がいて……恐らくあれは魚系の魔物だろう。
この会合場所も……魔力溜まりからは外れているが、魔物魚の群生する海域であるらしい。
魔人はいなくても魔物に察知されると危険な事に変わりはないからな。痕跡もなるべくなら残したくはないから、戦闘自体も避けたい。
みんなもそれは分かっているから、緊迫感を以って臨んでくれているようだ。
島の中心部を目掛けて降下し、原生林の上まで来たところで停止する。
「木々が少し密集していますね」
「まあ、これは仕方がないかな。地面の見えているところを探すか……或いは木魔法で木々を少しだけ避けてから設置するか」
オルディアの言葉に答えつつ、ライフディテクションを調整して植物の反応が薄い場所を探す。モニュメントを展開する関係上、スペースはあった方が良い。エインフェウスの場合も、展開する際は雪を除けて展開される事になるので、その時に備えてメダルゴーレムを置いているしな。
「んー。その辺が良さそうだ」
密集度がやや低いところを選んで移動し、木の根を少しだけ木魔法で動かしてモニュメントを地面に埋め込む。偽装部分も周囲に合わせてやれば……これでいい。
「よし……。これで大丈夫だと思う」
「中々に順調ですな」
と、俺の言葉にオズグリーヴが頷く。
「そうだね。ベシュメルクとベリオンドーラの会合場所もこの調子で進んでくれると良いんだけれど」
ベシュメルクは閉鎖性が高かった事や国内がザナエルクのために混乱していたから、魔力溜まりの中心よりもその周囲――浅いエリアの魔物の駆除の状況が不透明というのがある。政治的な混乱は収まったのでクェンティンはそうした事も含めて正常化を目指しているが……そもそも会合場所付近はベシュメルクにとっての辺境に位置する場所だ。警戒が必要だな。
ベリオンドーラは……言うに及ばずか。ヴァルロス達の本拠地でもあったから、集まった魔人達にとっても会合場所として意味を持ってくる場所だ。アルヴェリンデが管理していたのも、グロウフォニカの会合場所とベリオンドーラ南部、という事になる。
モニュメントを設置し終わったところで周囲の動きを探りながら高度を上げて、甲板まで戻ってくる。
俺自身は甲板から周囲の魔力反応を確認、みんなには艦橋の外部モニターから生命反応でおかしな動きはないかを確認してもらう。そうして暫く変化がないか確認していたが……まあ、一先ずは大丈夫だろうか。
「島や周囲も含めて……問題はなさそう、かな」
『こちらも同じく。魔物達の動きにも変化はないようだ』
と、テスディロスが答えてくれる。
では――続いてはベシュメルクへの移動だな。地理的にはベリオンドーラの方が近いのだが、こちらの方針としては一貫している。ベシュメルク、ベリオンドーラへのモニュメント設置に臨む前に休息を入れる時間を作り、万全の体制で臨む、というわけだ。
俺も魔力反応の観測を終えて艦橋に戻る。
「それじゃあ……ベシュメルクに移動していこうか」
そう言うとみんなも頷く。速度を調整して休息の時間も挟む。シリウス号や魔法生物達は昼夜問わず動いてくれているので、こまめに魔力補給をしつつ俺自身もマジックポーションを飲んで魔力回復しつつ身体に馴染ませる、というわけだ。
まずはシリウス号からだな。操船席の水晶球に触れて魔力を送り込めば、アルファがにやりと笑い、心地良さそうに尻尾を振っていた。
ルベレンシアやカストルムは昨日補給してもらったのでまだ大丈夫、との事だ。
夜を徹して周囲の監視と警戒をしていたアピラシアやティアーズ達に補給をしつつ、頃合いを見てマジックポーションを飲み干す。
あまり美味くはないが、その分意識がはっきりするような気がするな。
「マジックポーションは十分にあるから、必要なら飲んで貰って構わないよ」
そう伝えると、艦橋にいる面々も頷いていた。
さて。そうやって移動している内に、ベシュメルクから通信が入り、中継映像が繋がる。水晶板に映ったのはクェンティンとマルブランシュ侯爵だ。侯爵の使い魔の青いカラス――ロジャーも挨拶してくる。
『これからベシュメルク南西部へ向かう予定と伺っております』
『予定を聞いて南西部の情報を集めておりましたのでそれらをお伝えしたく、連絡を取った次第です』
ギリギリまで情報を集めてくれていたようだな。俺達の作戦が隠密行動という事もあり南西部ばかりとなると裏の意図を勘ぐられてしまうので、割と全方位で地方の情報を集めるように偽装して動いてくれたらしいが。
俺からも「ありがとうございます。ロジャーも元気そうで良かった」と礼を言うと、二人も笑って一礼し、ロジャーもこくんと頷いて。それから話を伝えてくれる。
『一先ず、南西の魔力溜まりについては代々危険性を承知していて、魔物の間引きは続けていたようですね。先王の代においては……魔物の素材や魔石を得るためにそれなりの奥地まで部隊を派遣していたようです。流石に……魔力溜まりの主までは手を出してはいないようですが』
『新体制への移行に伴い、そうした部隊の派遣も停止。領主が対応に追われたようですが、冒険者達を国内で動かしやすくなった事もあって、標準的な対応は続けているとの事です』
「なるほど……」
ベシュメルクの場合はとかく秘密主義だったからな。ザナエルクも国力を増強するために魔力溜まりの魔物から得られる素材や魔石を求めていたというわけか。
「会合場所の魔人達に、ザナエルクの派遣した部隊が何らかの形で接触していたような可能性は?」
テスディロスが思案しながら言った。
「どうだろうね。ベシュメルク王国側からだと魔力溜まりの中心部を更に奥へと抜けた先が会合場所になっているからな……」
魔人達との裏での結びつきがあったならともかく、素材や魔石集めにしてもそこまで踏み込む必要はない、はずだ。まあ、普通ならば。
一方でザナエルクのやる事なら何かしらあっても不思議はないとも思う。そういう意味でも危険度を高めに見積もってはいるのだが。
「領主殿と、先王や派遣部隊との関係はどうだったのですかな?」
『そうした後ろ暗い結びつきを示す材料は今のところは出てきておりませんな。部隊は駐留させていましたが例によって秘密主義で……領主からの支援は全面的でなくとも滞在施設と糧食の支援等、ある程度のもので足りる、と。冒険者の代わりに間引きも行い、魔物の討伐の度合いに応じて情報の共有、資源のある程度の供出もする。代わりに内情については不問、と……明文化された契約を交わしていたようです』
オズグリーヴの質問に、資料を見ながら答えるマルブランシュ侯爵である。
なるほどな。魔物の討伐が組織的に行われていて、形は変われど継続していたというのならば人里では心配もいらないだろうが。
そうした事情は気に留めておこう。冒険者達は流石に奥地までは行かず、外縁部での討伐になるので状況は変化しているだろうし。
魔力溜まりは人の手が届かないエリアなので、そうした事情がどう影響しているか予想がつかないところがある。
モニュメント設置の妨害になるような何かに遭遇した時に適切な対応をする意味でも、背景を推察できるような、こうした情報は非常に有用と言えよう。
過去の資料から出現した魔物等についても教えてもらいながら、ベシュメルクを目指してシリウス号は進んでいくのであった。