番外1214 魔物と海
そのままシリウス号で待機。しばらく待っても特に何も起こらず、エインフェウスの森は静かなものだった。
「これは大丈夫そう……と判断して良いのでしょうか?」
「そうだね。移動していこうか」
俺がそう返答すると、オルディアは安心したように目を閉じて頷いていた。辺境とは言え、エインフェウスで魔人絡みの土地だからな。
「戦闘等にならなかったというのは喜ばしい事です。イグナード様やレギーナも安心するかなと」
「ん。確かに」
微笑むオルディアの言葉に、俺も頷く。イグナード王やレギーナとしても一安心、といったところだろうか。もう少し時間が経ったらイグナード王には一先ずエインフェウスの会合場所では問題は起こらず、オルディアも安全と連絡を入れておこう。
何かあっても監視の目も残しているから対処しに戻ってくる事もできるしな。
「さて……。それじゃあ動いていこうか」
艦橋のテーブルに地図を広げて言うと、みんなも頷く。続いて俺達が向かうのは……グロウフォニカ王国の北東部だ。
これまたグロウフォニカ王国だけでなく、ガステルム王国や――旧フォルガロ公国、ヴェルドガルやシルヴァトリア、イスタニアといった……複数の国々に跨って行動しやすいような位置に会合場所を置いているな。
「海洋国家各地に散らばっていても比較的集まりやすい位置に会合場所を置いているという方が正しいのかな、これは」
「ふうむ。国の中心から遠く、魔力溜まりに近いというのも踏襲しておるのかの」
ルベレンシアが地図を見ながら口にする。地図の読み方も覚えてきているルベレンシアである。
「そうだね。その辺の特徴も他の会合場所と同じだと思う。ただ、無人島という立地から言うと、誰かがいるかいないかの点が分かりやすいからね。そういう観点から言えば、危険性を確認しやすい場所ではあるかな」
魔力溜まりの位置によって通常の航路から外れた場所にある事から、普段は人の寄り付かない海域ではあるな。島の大きさも然程ではなく……恐らくは生命反応等から、会合場所に魔人がいれば空から察知する事ができるだろうと思われる。
そういう意味で周囲を確認しやすいという観点から危険度を低めに見積もっているが、さて。
『今回は隠密行動をとっているという事ですが……もし魔人と接触の必要が出てきた場合は、私が説得に当たった方が良いかも知れませんね』
水晶板越しにエスナトゥーラが言う。
「と言うと?」
『私であれば、情報が出回っていない、と思いますから。人間側だと構えられずに話を聞いてもらえる、という事はあるかも知れません』
オズグリーヴが尋ねると、エスナトゥーラが答える。
なるほど。その点で言うとテスディロスとウィンベルグあたりは情報が広がっているかも知れない。オルディアは伏せられている事情があるし、オズグリーヴも隠れ里で隠遁生活をしていたが……あちこち俺と行動を共にしているからな。
相手方の情報収集能力にもよるが、エスナトゥーラに関しては確かに、情報がまだ広がっていないというのは間違いない。
「それは……危険性を見ながら、ですね。いずれにしても単身で行動させるような事はしませんので、そこは安心して下さい」
『ありがとうございます』
テスディロスとウィンベルグはヴァルロス達と行動を共にしていたから、俺達の思いもよらないところで顔と名前が一致している可能性があるが、オルディアとオズグリーヴに関して言うならばそうではないはずだしな。
それに……交渉時に何かあれば召喚術でフォローしたり、転移魔法で駆けつけたりといった対応も可能だろう。
まあ……それも交渉を行う必要があれば、の話だ。できるだけ安全に進めたいし、戦いになるような状況は避けたいからな。
そんな話をしながらもシリウス号は設定された座標に向かって直線航路で飛んでいく。エインフェウスの会合場所へのモニュメント設置がスムーズに進んだから、こちらとしても体力、精神面でも消耗していない。ここは迅速に動いていって問題はあるまい。
エインフェウスから南西の方向に向かってシリウス号は進んでいく。高度、速度共に上げているので、現地に到着するのは時差も含めてまだまだ朝早い時間帯になるだろうか。
天気さえ良ければ見通しもよく、動きやすいはずだ。
そうして進んでいくとやがて陸地からも離れ、眼下に広がる景色は青い海となる。
これは凄い、と目を明滅させているカストルムだ。雪を被った山々や平原、森林地帯でも驚いていたが、海を見るのも初めてという事である。
「砂漠地帯は大気の流れの関係で極端に水の少ない地域になりやすいんだ。気候が違えば、水のお陰で植物も育つし雪も降る。そうした水も――海の水が蒸発して雲になって齎されたりするものだからね」
地形によって違いも出るが、赤道直下から少し南北に離れた地帯は大気の流れの関係で乾燥しやすい。星球儀を見てもらいながら簡単に説明するとカストルムはふんふんと感心したように頷いていた。
付喪神化しているが、魔法生物なのでそうした情報の呑み込みは早いし、記憶力も確かなカストルムである。
そうやって青い海を進んでいると――魔力溜まり付近に差し掛かったところで何か……巨大な生命反応が海中を進んでいるのが見えた。
「……これは見物だな」
テスディロスが言う。シルエットとしてはエイだろうか。シリウス号に匹敵する程の大きさであるが、魔力反応からすると相当強力な魔物であるのは間違いないようだ。
「魔力だまりの主か、それに近い実力者かもね」
「おお。中々に強そうじゃな」
モニターを見ながらルベレンシアも声を上げる。
『海の魔物は巨大な個体が多いわね。南極に行った時もアスピドケロンを見る事ができたけれど、すごいものだわ』
ローズマリーが言うとティールも声を上げる。
アスピドケロンは世界の海を周遊する巨大亀の魔物だな。魔力溜まりに居つくわけでもなく、穏やかな性格をしているが……珍しいのは確かだ。
翻ってあのエイの魔物は――魔力溜まり付近である事を考えると、近付かないのが正解だろう。フィールドを展開している状態で行動しているので向こうもこちらには気付かず、ある程度の距離を取りつつモニターで拡大して監視していたが、悠々と深海に向かって消えて行く姿を見て取ることができた。
危険な個体ではあるが、中々良いものを見る事ができたというか。ベシュメルクの魔力溜まりに向かう前に気を引き締める事ができたようにも思う。
やがて……海の向こうに目標としている島が見えてくる。
航路から外れた位置にある無人島だ。それほど大きくはないが島の中心部は原生林が生い茂っていて鬱蒼としている。まあ……これを切り開いてしまっては秘密の会合場所としては台無しになってしまうだろう。
速度と高度を落としながら程よい距離を保ちつつシリウス号を停泊させる。
「生命反応は――気になるものはありませんな。海中は魔物が多いようですが……」
「魔物は……あの島にはいませんが、他の島にはいるようですね」
ライフディテクションから得られる情報に、オズグリーヴが眉根を寄せて、オルディアも分析を口にする。
「他の島にいるのは植物系の魔物か。会合場所の魔物は逆に魔人達に駆逐された、かな?」
植物系の魔物がいるのは魔力溜まりの影響だろうか。この場合、魔人の活動の痕跡を垣間見ることができて、逆に会合場所として確信が持てるというべきだろう。
魔人らしき反応は……視界の中には見えない。モニュメント設置を済ませて来るべきだな。