番外1211 魔法生物達の紋章
「これからは……よろしく頼む」
カストルムの返事を受けて手を差し出す。握手をよく分かっていなかったようなので、仲良くしようという意思表示の意味合いがあるのだと、幻影を交えてやり方を教えるとカストルムも嬉しそうに軽やかな音を鳴らして手を出してきた。
――新しい事を色々教えて貰えて嬉しい。
そんな風に言っているようだ。カストルム側が力加減の必要があるというか掌のサイズがそもそも違うので、俺から差し出されたその手を取るとカストルムは嬉しそうにしていた。
「それから……話の順番が少し前後するけれど、俺達がここに来た理由を話さないとね」
俺の言葉にカストルムはこくんと相槌を打つ。
というわけで、魔人達との和解と共存を最終目標とし、儀式を通して世界に散らばっている魔人達に啓示を行うつもりで動いている事、その儀式の効果を高めるために魔人達の会合場所やその跡地にモニュメントを設置して回っている事を伝える。
「だから、この場所に石碑を設置させてもらえると助かる。魔道具の偽装部分が無害な事は調べてもらって構わないし、制御術式周りで異物を排除しなければいけない使命感があるなら……遺跡から外れた場所でも問題ないと思っているけれど、どうかな」
そう尋ねると、カストルムは思案した後に音を鳴らす。
制御術式に関しては大丈夫、との事だ。きちんと理由があれば行動を変えられると明言していた。
自意識の薄い魔法生物にとって制御術式から来る指示というのは本能に近いものがあるが……カストルムの場合は付喪神化して確固たる意志があり、知識――学習によって行動を合理的に変えられるというわけだな。
同時に、モニュメントも設置しても大丈夫と答えてくれる。
「それじゃあ……魔道具を見てもらうのと一緒に、近くにいる仲間達も紹介するよ。さっきの話に出ていた協力してくれている魔人もいるから、顔を合わせる前に契約魔法を用いるのが良さそうだね」
その辺りの事で嘘をついたら契約魔法を通してカストルムに伝わる、と。そういう内容の術式を組めばいい。そう説明するとカストルムは頷いた。
では――諸々進めていこう。
ローズマリーから借りている魔法の鞄から魔石粉の入った小樽を取り出し、砂漠の上に魔法陣を描く。風で飛んだりしないように固着させて準備完了だ。
契約魔法系の術式はカストルムの知識の中にもあるようで、それを見て納得したように頷き、片方の魔法陣の円の中に入ってくれた。
契約内容の文言は先程カストルムにした話に嘘がある場合、それが伝わるというものだ。またカストルムの制御術式に手を加える場合も、申告した内容以外の事をしないと伝え、そこに嘘がある場合は伝わる、という内容にした。
誓約魔法や契約魔法の締結は何度かしているので、曲解や悪用ができないように契約内容の文言を考えるのはそれなりにノウハウがある。カストルムも契約内容の文言を聞いて納得してくれたようだ。
カストルムが了承するという意味を込めた音を鳴らすと、魔法陣から光が立ち昇り――契約魔法が成立する。
そうしてカストルムは先程交わした会話に嘘がないのを確認したのか、嬉しそうな音を響かせた。
シリウス号にも姿を現してもらい、みんなとカストルムを互いに紹介していく。
隠蔽フィールドを解除すると、カストルムは目を明滅させて驚いている様子だ。
「対魔人を想定していたとの事ですが……これからは同じ目的を持つ仲間という事になりますな」
「よろしく頼む」
ウィンベルグとテスディロスがそう言って、カストルムも応じるようにおずおずと手を伸ばし握手をする。俺達と会うまで魔人達は排除対象であったから……少し困惑しているが話に嘘がない以上、仲良くしたい、というところだな。
「ルベレンシアという。よろしくのう」
同行している面々は自意識を持つ魔法生物も多いので、カストルムを明るく歓迎しているようだ。そうやって歓迎されるカストルムにもそうした気持ちは伝わるのか、戸惑いからも段々と実感が湧いて来たのか、澄んだ音を鳴らして――嬉しそうな反応を見せていた。フォレスタニアのみんなも、そんなやりとりに笑顔を見せる。
『ふふ。上手く説得できて良かったわ』
『初めまして、カストルムさん』
クラウディアが微笑み、アシュレイが挨拶をする。カストルムもモニター越しの言葉に目を明滅させて応じる。鳴らす音は心地良さそうな響きがあって、翻訳の魔法を抜きにしても機嫌がよさそうな印象があった。
そうして互いの自己紹介が終わると、カルディアが少し前に出て、顎を見せて翼を大きく広げる。そのままマジックサークルを展開すると、光る紋章のようなものが顎の裏に浮かんだ。
カストルムはそれを見ると驚いたように目を明滅させて、自身もマジックサークルを展開する。胴体部分に……カルディアと同じ紋章が輝く。
識別用の術式だな。七賢者に関わりがあると初対面でも分かるように組み込んでいる、というわけだ。
七賢者関連かも知れないと推測した折に、交戦状態になったらこれで説得ができるのでは、と提案してきてくれたのだ。
それも信じてもらうための方法ではあったな。作成者が魔人側だったら逆効果だったから、そのあたりを最初に確かめる必要もあったが。
カルディアかオズグリーヴのどちらかが必要に応じて説得にあたるというのは、そういう作戦だったわけだな。
実際は付喪神化していたカストルムと意志疎通が可能だったという事もあり、後から識別紋章を見せ合う形になったが……紋章を確認し合ってカルディアもカストルムも嬉しそうにしているし、これはこれで良いのではないだろうか。
では、モニュメントもカストルムに無害である事を確認してもらってから、砦の上層に設置していくとしよう。
カストルムによるモニュメントの確認はそれほど時間もかからなかった。元より偽装機能を組み込んであるぐらいだしな。ハイダーの配置と監視もきちんと理由があるから問題ないとの事で。寧ろ制御術式絡みで遺跡の様子が離れていても、様子を見る事が出来るので落ち着く、と語ってくれた。
制御術式の関係で精神衛生上落ち着く、落ち着かないというのはあるようなので、遺跡から離れる以上は少し制御術式周りの調整をする必要はあるだろう。
「制御術式を調整するにしても、元の任務に関する部分は過去形にする事で残しておく、と言うのが良いかもね。上書きして消してしまうのもどうかと思うし」
そう伝えるとカストルムはありがとうと、音を鳴らしてそこにお礼の意味を込めていた。
制御術式関連は慎重に調整したいからすぐに、というわけにもいかないが……これまでの事も無意味にはしたくないしな。感傷というよりは、そうした経緯もあってこそ今のカストルムになっているわけだから、制御術式の記述内にきちんと残しておきたい。
そうして今後の方針を思案しながら纏めていると、モニュメントとハイダーの確認を終えたカストルムが頷く。
それから自分が設置してくると申し出てくれた。
「それじゃあ、あの砦の――上の方が良いかな」
希望を伝えるとカストルムは「傷みの少ない場所に置いてくる」と音を鳴らして応じて、大きな掌にモニュメントとハイダーを乗せ、上層に配置して戻ってきてくれる。
「ありがとう。これで一先ず、バハルザード国内のモニュメント設置は完了だね」
カストルムにそう言うと、目を明滅させて応じていた。
「カストルム殿の事は予想外ではありましたが順調ですな」
オズグリーヴが言う。そうだな。今日のところはモニュメント設置の仕事を切り上げ、シリウス号で一泊というところか。カストルムを歓迎しつつ、明日からまた仕事を進めていくためにのんびりとさせてもらうとしよう。